■惜しい負けほど次につながる。ギリギリまで粘れ

どんなかたちでも、負けは負け。仕事に「惜しい」はない――。そんな考えが間違いだと植田さんは指摘します。

「1回の負けですべてが終わってしまうことなど滅多にないのですから、できるだけ傷口が浅くなるように、負けが必至の情勢でも『惜しい』というところまでもっていく。そうすると、そこで積み重ねたものが次の機会に生きてきます」

そして、いつでも「もう遅い、手遅れ」ということはないとも。

「その点では、アメリカ人の姿勢に学ぶことは多いんです。彼らはどこからでも逆転のチャンスはあると思って仕事をしている。実際、アメリカンフットボールなど、国民的なスポーツはホイッスルが鳴る瞬間までワンチャンスで逆転できるものばかりです」

人生も仕事も、諦めないからこそ次のチャンスを呼びこむことができるのでしょう。

■とはいえ、仕事では信じられないことも起こり得る

これは金融市場で長年仕事をしてきたからこそ実感しているそうです。例えばバブル期と現在の日経平均や為替相場を比べただけでも、いかに世の中には信じられないことが起こり得るのかわかるでしょう。

しかし、変化をまったく予測できないわけではありません。

「実は、世の中に起こる変化というのはすべて予兆があるのです。景気であれば、それは数字に表れている。景気を測る数値に統計指標があって、これには経済成長に先駆けて動く先行指標というものがあります」

「先行指標」とは、住宅着工や機械受注など、もっとも景況感が表れやすい分野の統計です。その次に「同時指標」というものがあり、これは小売りや輸入を指しています。そして最後が「遅行指標」で、金利や雇用のことです。

「昔の『男はつらいよ』に、とらやのおじちゃんがそこに居候している寅さんを指して、『うちにも一人余剰人員がいるな』と語る場面があった。つまり、こういった大衆娯楽映画にさえ「雇用の問題」がセリフに出て来ていることをみれば、「遅行指標の悪化極まれり」で、景気の谷が近いことがわかります。」

このような循環を経ながらも、バブル期まで続いた高度経済成長は終息していったのです。

■世の中の変化を察知するには「日経新聞と東スポ」

こうした変化を察知するには、まず日経新聞の景気指標など、「数字」の部分を読み込む癖をつけるべきと植田さん。ほかにも、『男はつらいよ』の例のように、意外なところにも世の中の変化は表れているのです。

「デパートに行ったときに客が増えたなとか、なんだか近所で工事が増えているぞとか、そういったところにもちゃんと変化は見てとれます。感受性を豊かにして、変化に敏感になることが大切なんです。私はバブル期に電車に乗ったら、目の前のおじさんが読んでいた東京スポーツに『1ドル270円時代に突入!』とあって、東スポが書き始めたら、いよいよドルも終わりなんじゃないかと思ったほどです(笑)」

その観点でいくと、果たして今は好景気の前触れなのか、それとも景気の谷を間近に控えているのか。ひとりひとりが情報を集め、自分の頭で考えることが、何よりの仕事力の向上につながっているのです。

 

植田兼司(うえだ・けんじ)
1974年、関西学院大学経済学部を首席で卒業。東京海上火災保険(当時)に入社後、国内外の資産運用業務に携わる。99年にリップルウッド・ジャパンに移り、マネージング・ディレクター、代表取締役として数々のM&Aを手がける。08年にいわかぜキャピタルを設立、11年にいわかぜパートナーズを設立し、現在に至る。著書に『一流の決断力』など

取材・文/小山田裕哉
撮影/松下類