福田:例えば、マグロのエサはアジが一般的だけど、そこをサバにするだけで肉質はかなり変わります。われわれが育てた稚魚がお客さんのもとで成魚になるまで、3年はかかるんですよ。だから、エサひとつでもかなりの違いが出るんですよね。

――では同じ完全養殖クロマグロでも、牛肉の世界のように育て方の工夫で「ブランドもの」が登場してくる可能性もありますね。

福田:もちろん、旬の天然マグロ、特に冬場の大間マグロに養殖が味で勝てることはないでしょう。ただ一方で、安定的に供給できる、安全・安心な養殖もおいしいよね、というレベルまでにはもっていけると思っています。完全養殖クロマグロは、何を食べて育ったのかもわからない海外ものに比べれば、管理がしっかりしているので安心・安全というブランドの打ち出し方もあるはずです。

■うまいマグロの見分け方とは?

――変な質問ですが、それほどクロマグロの完全養殖にのめり込んだ福田さんなら、「マグロの食べ比べ」もかなりやったのではないですか?

福田:それはもうめちゃくちゃやりましたよ。つい一週間前もやったばかりです。スーパーで赤身の刺し身を買ってきて、ブランドものや養殖ものをいろいろ食べ比べるんです。ただ、それが育った背景などが頭に浮かんできてしまうので、単純においしく食べられなくなったのは寂しいですね(笑)。

――では、うまいマグロの見分け方もわかったり……。

福田:それはもう見たらすぐわかります。まずおいしいマグロは、スジとスジの間が大きい。これはそもそもマグロ自体が大きいってことなんですね。それで、マグロは大きければ大きいほど味が濃くておいしいんです。あとは赤い色がものすごく濃いこと。献血のときの血の色のようになっていたら、それは良いマグロです。薄いのはあまりおいしくない。

――ちなみに、福田さんの好みは?

福田:僕が好きなのは、やっぱり赤身ですね。トロって、実はあんまり差が出ないんです。だから養殖も、赤身がおいしいマグロをつくろうと思っています。

■「失敗したらどうしよう」と考えていたら新規事業はできない

――しかし、素人の社員の提案を通した会社もすごいですよね。

福田:豊田通商としても、社内から新しいアイデアが必要だと感じていたんだと思います。やっぱり当時の悩みは、新規事業がなかなか提案されない。育成塾というイノベーションを募集する制度はあるけども、積極的にリスクをとろうとするケースは珍しかった。しかし、自分で立ち上げたプランが通った例があれば、ほかの社員にも火が点いて、後に続く人も出るのではないか。そういう狙いもおそらくあったのではと思っています。

――そんな福田さんから見て、新規事業に挑戦したいと思っている人へのアドバイスはありますか?

福田:う~ん、私も後輩から相談を受けることはありますけど、あえて上から目線で言うと甘いし、覚悟が足りないと思うことがほとんどですね。だって、真剣に新規事業を考えている人ほど、相談なんてしないですよ。前例がないことに挑戦するわけで、それなのにアドバイスを求めてどうするんだと。

――「失敗したらどうしよう」とは考えない?

福田:自分を振り返っても、そこは考えていなかったですね。ダメならダメでいいと思っていたわけではありませんが、「失敗したらサラリーマンとしてのキャリアが……」なんて考えていたら、そもそも挑戦していないでしょう。やっている最中はとにかく夢中で、そんなことに考えが及ばないです。

――考えるヒマがなかったということでしょうか?

福田:ヒマというか、そういう思考回路にならないんですよ。「この事業はどうやったらうまくいくのだろう?」ってことばかり考えていました。それだけクロマグロの完全養殖を成功させたいと思っていたし、そのために動き続けていました。

――そういう思いが、周囲を動かしていったのでしょうね。

福田:確かに、ダメだったら経理に戻ればいいと思ったことはありません。事業がダメになって会社に損害を与えたら、クビになっても仕方ないと覚悟していました。嫁さんにも、いざとなったら会社を辞めると伝えていましたね。

――お話を聞いていて、「いかに人を巻き込んでいったか」というよりも、そうやってなりふり構わず動き続ける福田さんの姿を見て、周囲が「あいつは手伝ってあげないと、どうなるかわからないぞ」という気持ちになったのかもと思いました(笑)。

福田:ああ、それはあるかもしれませんね。社内でもよく言われますもの。「お前はブレーキをかけることを覚えろ」って(笑)。

――では最後に、現時点での事業の目標は?

福田:数字的なものはあります。ただ、今はそれより、マグロの食文化を継承していくためには「ツナドリーム五島」が不可欠だと言われるようにならないと話にならないと思っています。まずは完全養殖クロマグロの質を上げて、食卓に普及させる。そうしたら、収益は後からついて来るくらいの気持ちでやっていますね。
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<プロフィール>
福田泰三(ふくた・たいぞう)
1997年、豊田通商入社。経理・財務でキャリアを重ねていたが、2008年に社内の新規事業公募で「完全養殖クロマグロ」の事業化を提案。以後は同事業の立ち上げに奔走し、2010年に「ツナドリーム五島」を長崎県五島市に設立する。現在はツナドリーム五島の取締役であり、豊田通商の水産養殖チームでチームリーダーを務める

<クレジット>
聞き手/岩田慎一(ライフネットジャーナル オンライン編集長)
取材・文/小山田裕哉
撮影/小島マサヒロ