■「内向型」が直面する窮屈な人生

140603_3こうした輝かしい先人の実績の通り、「内向型」の人々は創造性に溢れています。しかし、先に紹介したような「外向型」の価値観が主流を占める現代において、窮屈な場面に直面することが少なくありません。

スーザン・ケインは、自書『内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力』の中で、

「外向型のふりをして生きてきた人たちは、数多い。隠れ内向型は、学校の運動場や高校のロッカールームや大企業の廊下に、気づかれずに生息している」

「大人になればなったで、私たちの多くはチームで働くことを推奨する組織に入り、壁のないオープンなオフィスで、“対人スキル”をなによりも重要視する上司の元で働く。」

といった表現で、この状況を指摘します。

この点について、京都大学で教育心理を専攻し、現在はライフネット生命でお申し込みサポート部の部長を務める吉見隆史は、自身を「内向型」であると認めながら、このような体験を話します。

例えばですが、子どもの頃に、みんなが“レクリエーション会”に集まって、楽しくワイワイとしているときに、そこで盛り上がりきれない自分、【違和感】を感じる自分がいたりしましたね。

同僚と飲みに行く、とかは仕事の延長線上というところもあっていいんですが、休日に同僚とバーベキュー大会があって、それに参加するのが当たり前だよね、そこで楽しめないといけないよね、という空気感があると、めんどくささを感じたり、「なんでそんなに盛り上がってるの?」というちょっとした【孤独感】を感じたりもしますよね(笑)

この、吉見が指摘するような、ちょっとした【違和感】【孤独感】を感じるのが、現代で生きる「内向性」の高い人の日々直面する窮屈さなのかもしれません。

■「内向型」が力を存分に発揮できる環境を

古地図と古い鍵ここまで見てきたように、「外向型」の価値観をベースとして設計された仕事の方法を窮屈に感じ、「外向型」に育つことを良しとする教育に窮屈で辛い想いをしている人は、数多く存在するはずです。

この状況を解放し、本来「内向型」に適切な刺激量を調整することができれば、多くの人の才能がより輝き、その集中し熱中し、何かを創りだすという力が、いかんなく発揮されるとともに、一人ひとりの人生を、遥かに楽しめるようになる可能性があります。

スーザン・ケインはこの点について、

「最上位のプログラマーたちは、従業員にプライバシーや個人的スペースを十分に与え、物理的環境の管理を自由にさせ、邪魔されない状況に置いている会社で働いている率が、圧倒的に高かった。」

「オープンオフィスは生産性を減少させ、記憶力を損なうことがわかっている」

「誰もがみんな人目につかないで隠れられる場所を必要としている」

といった指摘をします。大手通信系システム会社でのマネジメント、ライフネット生命システム部長も経験している前出の吉見は、

内向性の高いメンバーには、私のような内向性の高いマネージャーが向いているかもしれません。
外向性の高い人から“これをやれ!あれを推進しろ!”という風にワーっと指示をされるよりも、自分のペースでじっくりと取り組んでやる方が、高いパフォーマンスが出ることを、お互いに解るんですよね。見た目は地味で、会議で活発に何かを言うわけではないですが、しっかり進めてる、みたいな。

と、内向性の高さを活かす働き方について触れています。
世の中には、2つのタイプの人がいます。

「人と積極的に交わり、社交的で活発な時間を楽しむ」
「ひとりの時間を大切にし、じっくり何かに集中する時間を楽しむ」

このうち、特に「ひとりの時間を大切にする」という価値観が、より世の中に拡がり、認められるようになると、多くの才能が解放され、そして日々の人生をより楽しめるようになるのではないでしょうか?

ライフネットジャーナル オンラインでは、今後この「内向性」という観点に着目し、世の中の才気あふれる内向性高き才能、その活かし方、そして教育に関する観点などをフューチャーしていきたいと考えています。記事へのご意見、フィードバックなど、ぜひともお寄せください。

<*出典>
内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力/スーザン・ケイン(著)、古草秀子(翻訳)

<クレジット>
文/ライフネットジャーナル オンライン編集部