2013年4月の開館以来、人口5万人の街にオープンし、1年で100万人近くが訪れた、佐賀県の武雄市図書館。デザイン性の高い建築とともに、「TSUTAYA」を経営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社に運営委託された初の公立図書館として、オープン当初から注目されています。このプロジェクトを主導した樋渡啓祐市長と、ライフネット生命会長兼CEOの出口治明が、子育てと読書について語り合いました。

■子どもにこそ、「本物」の本を

14102401_1樋渡:僕は子どものころ、本が大嫌いだったんです。小学校5年生の時に、大学を出たての司書さんに夏目漱石の『吾輩は猫である』をすすめられました。読んでみたら面白くて、わからないところがあってもその司書さんが丁寧に教えてくれたんですよ。僕にとっては、小学校5年生で夏目漱石を読破できたということが、すごく自信になりました。

次に教えてもらったのは『平家物語』なんですが、これもまた面白いんですよ。わからないところがあると、その司書さんが、これはこういう意味、これはこう調べた方がいいと教えてくれて、それで僕は読書にのめり込んだんです。この経験から、最初から一流のものを与えて、うまく飛び越えられるようにサポートするのが、僕は司書の役割だと思っています。

出口:僕も『平家物語』は面白くて大好きです。僕は小学校に入った頃に、「太陽は、星に比べると、大きくて熱くて、なんかえらい重そうだ。それなのに、どうして太陽は落ちてこないんだろう」と、ずっと思っていて、親に聞いてみたのですが要領を得ませんでした。しつこく尋ねる私に、親が『なぜだろう、なぜかしら』という1冊の本を買ってくれました。この本には、「重い石に紐を付けてグルグル回しても落ちてこないでしょう」と書いてあって、「あっ、なるほど!」と腑に落ちたのです。それ以来、「本は読んだらおもろいんや」とか「本を読むといろんな事がわかるんや」と思うようになりました。

樋渡:僕は自分の経験から、大人の果たす役割がすごく大きいと気がついていたんですが、本の果たす役割も大きいですね。本といっても、かみ砕いたやつはダメですね。一流のものを乗り越えて楽しさと自信を与えなければいけない。

出口:難しい本を読んで、ちょっと苦労した方がいいですよね。最初から簡単な方に跳びつくと、後がしんどくなると思います。

樋渡:小学校5年生で夏目漱石を読んだ時に、みんながびっくりしたんですよ。そうすると、それがまた自信になって。僕はこの経験から、本をすすめてもらうのは親ではなく、この時の司書さんのように、専門家に任せることが絶対いいと思っています。

出口さんがいろいろなところで、「かみ砕いた入門書ではなく本物を読みなさい」と言っていますが、僕はすごく共感したんです。そして、それはむしろ子どもの時がいい。

出口:夏目漱石を読みなさいと言うのと、マンガでもいいから読みなさいというのでは違いますよね。でも、5年生に夏目漱石を薦めるというのは、その司書さんは、この子は違うってわかっていたんでしょうね(笑)。

■「本物」を声に出して、五感で読む

樋渡:僕は、小学校5年のときに寺子屋のような塾に行って、一番最初に読んだのが漢詩でした。『長恨歌(ちょうごんか)』とかを、意味も分からず、覚えさせられたんです。何で僕が『長恨歌』を読まなきゃいけないんだって思ってました。でも、それが良かったんです。超一流の、白楽天や李白とか杜甫は、リズムがいいんです。良い本には、ちゃんとリズムがある。本当に良いものは、情景が浮かんで、人がそこにいるんです。

出口:僕は年に数回、古典の塾をやっているんですけど、そこでは『貞観政要(じょうがんせいよう)』を読ませるんです。生徒は大人ですが、「声に出して、大きい声で読んでごらん」「コメントをつけてごらん」と言って。僕は足りないところを一言二言コメントするだけなのですが、みんなが「楽しい」と言うんですよ。声に出して読んでみたら、リズムがあって、こんなに面白いと思わなかったと。

樋渡:いい本であればあるほど、声に出して読むというのはいいなと最近また思うようになってきました。声を出すと、頭だけじゃなくて、心にも響いてくるので、全身で読むということになるんでしょうね。

出口:僕も文章を書いていて、何かしっくりこないなと自信がない時は、小さな声を出して読んでみるんです。すると、どこがおかしいか分かるんですよね。読書は目よりも口と耳を使った方がいいかもしれませんね。五感で読むように。

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