14110701_1TVで見せる辛口批評の姿で、お茶の間でも注目を集めた料理人・青山有紀さん。東京・中目黒で料理店を営んでおり、京おばんざいと韓国の薬膳料理を提供しています。この京おばんざいと韓国の薬膳料理の意外な組み合わせの背景には、青山さんの波乱に満ちた半生がありました。

■もともと料理人になるつもりはなかった

――京おばんざいの「青家」は今年で10年目、京甘味の「青家のとなり」は4年目になるそうですね。

青山:本当にあっという間でしたね。

――今では料理人としてメディアにも引っ張りだこですが、もともとは料理の勉強をしていたわけではなかったとか。

青山:大学を卒業したあとは化粧品メーカーに就職しました。そのあともファッション業界にいたりして、まさか自分でも料理を仕事にするとは思っていませんでした。

――でも、ご実家は京都で飲食店を経営されていますよね?

青山:だからこそです。苦労する両親の姿を見ていたので、飲食業の厳しさというのもよくわかっていました。起きている間はずっと働いて、しかも努力したからといって結果がついてくるとも限らない。自分には無理だな、と正直思っていましたよ。

それが27歳のときに、お姉ちゃんから「お店をやりたいから、手伝ってほしい」と頼まれたんです。二人三脚で必死に働きました。それこそ、当時の記憶が曖昧になるくらいに忙しかった。

――最初のオーナーはお姉さんだったと。

青山:そうです。売り上げも順調でしたが、あるとき、お姉ちゃんが倒れてしまったんです。病院に行ったら末期がんであることがわかって、もう明日からお店に立つことは無理だと。ただ、お姉ちゃんが病気でもお店は何としても続けたい。お店がなくなったら私たちは生きていけない。それで、私が切り盛りすることになったんです。

それまでは自分で料理をすることに興味はなかったんですけど、いざ自分がやるとなったら、不思議なもので、子供の頃に食べていた家庭料理がぱっと思い出されたんですよね。

――それが京おばんざいだった。

14110701_2青山:ええ。母が作ってくれた味を身体が覚えていて、その記憶をもとに手探りでレシピを考えました。あとは以前の仕事だったメイクと料理が似ていたんですよ。素材があって、人がいて、あるイメージを具体化する作業という意味で共通している。

そのほかのことは火事場のクソ力というか、今から振り返っても何でできたのかわからないくらい、お姉ちゃんに生きる力を与えたいという一心で頑張りました。

■「お姉ちゃんが毎日食べられるものをお店で」

――「青家」では京おばんざいだけでなく、韓国の薬膳料理も提供していますよね。その発想はどこから?

青山:うちはおじいちゃんが韓国人で、薬膳や漢方というものが身近にあったんです。小さい頃には、親が忙しくておじいちゃんのところに預けられていた時期もあったので、京おばんざいと同じようにカラダに染み付いています。

――つまり、「青家」は青山さんの思春期の家庭料理がミックスされたものだと。

青山:京おばんざいも、韓国薬膳も、日々の食を通じて健康を保つという意味では同じなんですよ。「薬膳料理」というと、苦い漢方薬などが入っているものを考えがちですけど、これは「食療」という。食べ物で病気を治すための薬膳ですね。

薬膳料理にはもうひとつ大切な考え方があって、それは「食養」です。生薬、つまり漢方薬が入ってなくても、季節のお野菜を使ったり、体質に合わせた食材を選んだりすることで、体調を整えていく。特に日本は食材が豊かですから、季節ごとの食材を大切にする京おばんざいとすごく合っているんです。

――冬にはカラダが温まるものを食べる、という単純なことでも、広い意味での「薬膳(食養)」に当たるんですね。

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