「ある程度手応えのある試作が出来上がってくると、普段あまり参加しないような社外のイベントや勉強会に出かけていき、終ったあとの飲み会で、参加者をちょこちょこと掴まえては、テーブルにPCを拡げて、『これってどう?』と試してもらったりするんですよね」

そして、コツコツと内向的に作業する間に蓄積された情熱は、時に縣さんを、より積極的な行動へと駆り立てます。

■「内向性」の壁が突如はずれるとき

「今でも、人前で発表するのは好きじゃないんですよ。普段はよく、発表が得意な同僚に新サービスのプレゼンテーションをやってもらうんですけどね。でも『Cacoo』のときのように、「使ってもらいたい、使ってもらいたい」、という気持ちが本当に強いときは、なぜか違ってくるんです。あのときは、TechCrunchの東京Campという大きなイベントがあり、すでに登壇の登録締切は過ぎていたんですが、“1分でもいいから、発表させてほしい”と主催者に頼み込みました。これは、僕の普段の内向的な生活では、あり得ない行動です」

このように、縣さんは、自分が情熱を注いできたサービスが形になりつつあり、その手応えを社内で掴むと、そこからは「内向性」の壁を破り、より大きな仕掛けをするようになります。

「自分が考えたものを他の人に見せて、それで喜んでもらえるのが嬉しいんです。『Backlog』がすごいから、『Cacoo』がすごいから見てほしいというよりも、便利に使えてもらえて、それが僕らの仕事やビジネスにも直結してくれればなおハッピーという感覚かもしれません」
と、縣さんは続けます。

■「内向性」の高い人たちが集まるチームが、きめ細かいサービスを育て上げる

こうして『Backlog』や『Cacoo』のような新しいサービスは、縣さんが最初に試作サービスをつくる段階で「内向性」の特質を活かして開発され、徐々に人を巻き込んで製品化され、世の中に出て行きました。ヌーラボ社では、縣さんのほかにも「内向性」の高い面々が、同じように活躍しています。

前出の山本さん(現:「Backlog」責任者)は、そのチームによる「Backlog」の進化について、次のように語ります。

「例えば『Backlog』の中で、他のメンバーからの投稿を“読んだ”か“読んでない”かが分かる機能があります。外向的で細かいことを気にしない人であれば、こうしたときに“別にこういう機能があってもいいじゃないか”と流してしまいそうですが、内向性が高い面々だと、“読んだのに返信しないというのが気になるかもしれないよね”ということに気付き、そこからチームで議論が始まり、機能をよりよい方向に決めることができたりします」

このように、内向性が高い面々は、コミュニケーションの場面で受け手が気にするであろうちょっとした刺激や変化も逃さず捉えることができるため、それが「Backlog」に代表される、きめ細かなサービスの進化へとつながるのかもしれません。

「『Backlog』では、ある人の投稿やアウトプットに対して★マークが付けられるんです。よくやったね、いいね、という意味です。その★がついたよという通知を、1日に2〜3回、★をもらった人へ送っているのですが、その通知は全員に送るということは敢えてせず、その当人にだけ送って、当人がひっそりと嬉しくなるようになっています。そういうところへのコダワリは、とても高いですね」

■製品の次なる進化へ、内向的な思考と行動で情熱を蓄積する

「既存の製品に関しては、改善していったり、新しい要素を加えていったりすると思うんですが、どこかでブレークスルーするものを投入しなければいけないと、いつも感じます」

製品がデビューし、改善を繰り返しつつ、売上が伸びていく中での心境を、縣さんはこのように語ります。

「現状の問題や制約条件をよく分かった上で、こころざしの高いものを作り続けるには、既存製品を修正するだけでは難しいという局面がいずれ訪れます。
完全に新しいものを作りたい、という欲求は内面から湧き出てくるんですよね。
僕らの中でも、すでに新しい『Backlog』の妄想は存在していて、そのためのヒントを貯めこんでいるところです」

そして、その内面に湧いてくる情熱について、縣さんはこう続けます。

「どこかで、新しい『Backlog』への生まれ変わりをドカンと打ち出そうという話になるかもしれません。ただ、沸点を超えるまでは、内なる情熱を少しずつ蓄積しているような状態です。次の進化を起こすには、これをこうしたい、という気持ちを積み上げていく時間が必要なのでしょうね」

■「Backlog」開発に学ぶ「内向性」の活かし方

以上のような「Backlog」の開発物語ですが、いかがでしたでしょうか。このヌーラボ社では、ご紹介した縣さんだけではなく、若手の吉澤さんが「TypeTalk」というツールを自分でつくり、それを他のメンバーが育て上げるなど、スタッフがもつ「内向性」の強みを活かす働き方が、組織として根付いています。

こうしたヌーラボ社の例からは、内向型の人が活躍するプロセスとして、3つのポイントを学ぶことができます。これらはプログラミングに限らず、ほかの多くの仕事でも、同じように人の「内向性」を活かすための参考になるかもしれません。

①実現したいアイデアの熟成 「内向型」の人は、外的に大きな刺激を避けることで、1人で篭ってじっくりと何かに取り組むことが得意です。自分が実現したいアイデアや考えに対して、まずはそれをある程度の形にする時間を取り、その情熱で考えに形を与えることが有効です。
②最初の賛同者を1人見つける 「内向型」の人にとって、いきなり多くの人を巻き込むのは、大変なパワーを要します。もしも否定されてしまったら、と考えると気が進みません。ですが、自分のアイデアに賛同し、一緒に手を動かしてくれる人を1人見つけることで、アイデアや思考が前に大きく動き出します。
③作品の“巻込み力”で同僚を巻き込む 賛同者を得て、アイデアや作品の形がシャープになってきたら、それが持つ力を信じ、数人の同僚へと公開します。その場で華麗な発表はできないかもしれませんが、ここまでのプロセスで注ぎ込んだ情熱が、製品に力を与えており、その製品が世の中に求められるものであれば、多くの人の賛同を得られます。この賛同が「内向型」の人に勇気を与え、ときには本人も驚くような外交的な行動に出ることもあります。

いかがでしたでしょうか?
仕事をする上で、100のチームがあれば、100通りの進め方があるでしょう。そんな中で、今回ご紹介した「Backlog」の開発における「内向性」の活かし方には、何か日常の仕事におけるヒントとなるものがあるのではないでしょうか。

<クレジット>
文/ライフネットジャーナル オンライン編集部

※1
Backlogはチームメンバー間のコミュニケーションにフォーカスしたプロジェクト管理ツールです。タスクやTODOの管理、Wikiによる文書共有、ファイル共有、バージョン管理
といった機能を、明るく使いやすいユーザーインターフェイスで提供します。25万人を超えるユーザーが利用し、13万件以上のプロジェクト進行の管理が行われています。

※2
Cacooは、Web上で様々な図を簡単に作成し、共有することができるドローツールです。Cacooを使うと複数人が同時にひとつの図を編集することができ、離れた場所にいるチームメンバーでリアルタイムにコラボレーションをおこなうことできます。全世界150万を超えるユーザー(2015年1月時点)にご利用いただき、フローチャートや概念図、サイトマップ、ワイヤーフレーム、ネットワーク図など多種多様な図が作られています。