株式会社ペイシェントフッド代表 宿野部武志さん

株式会社ペイシェントフッド代表 宿野部武志さん

長く人工透析患者という立場で「医療」に関わってきた宿野部武志さんが、「患者であること」の新しいあり方を創造し、医療業界への貢献を目指すペイシェントフッドを起業した背景とは…? ライフネット生命の勉強会でその原動力を語ってくれました。

■18歳から始まった人工透析生活

2010年、英語で「患者であること」を意味する「ペイシェントフッド」という名称の会社が誕生しました。目標は「慢性腎臓病や透析患者や家族、医療者の双方をサポートすること」。患者とその家族の交流の場として、疾患知識や最新情報の発信などを行うウェブサイト「じんラボ」や、透析治療を受けている患者が検査数値の記録、自己管理などを行えるウェブサービス「とうせきくん」など、ペイシェントフッドが運営しているサービスはどれも、自らも「患者」の一人である代表の宿野部武志さんの経験や長年の思いを踏まえて実現しました。

「3歳で慢性腎炎にかかり、以後、毎月欠かさず大学病院に通ってきました。腎臓病というのは基本的に完治はしません。腎機能がどんどん失われていく病気で、私が人工透析を導入したのは、大学受験を控えた18才のときです。なんとか受験だけはさせてもらったんですが、学力の問題ですべて落ちた(笑)。結局、1年浪人をして大学に入学しましたが、予備校時代も大学生活もずっと人工透析とともにありました」

腎臓病の患者数は1,330万人。成人の8人に1人がかかっている新たな国民病とも言われ、国もさまざまな対策を講じていますが、一般の人々の間で腎臓病に関する知識はじゅうぶんとはいえません。そもそも腎臓病とは何なのか、どのような症状に陥ったら人工透析を導入しなければならないのか、知っている人は少数派でないでしょうか。

「腎臓病というのは、なんらかの疾患や薬などで腎臓に障害が起きて蛋白尿、高血圧、むくみなどの症状が出る腎臓の疾患のことです。難しいのは自覚症状が現れにくいこと。疲れやすいとかむくみは体のサインなんですが、これだけで病院に行く人は少ない。血液検査や尿検査で病院に行くようにと言われてもなかなか足を運ばず、ようやくいったら透析と言われる人も少なくありません」

いったん腎不全に進行すると、人工的に血液の浄化を行う人工透析の導入または腎移植以外に治療法はありません。国内の人工透析患者数は年々増加し、2011年に30万人を突破し、現在、31万4,000人。これは日本人の約400人に1人にあたる数字です。

■知られざる人工透析の実態

では、治療の現場で人工透析はどのように進められているのでしょう。過剰な塩分・水分や老廃物を取り去って体の血液を浄化する人工透析には、機械に血液を通して濾過する血液透析と、患者のお腹の膜を濾過装置として使う腹膜透析の2種類があります。血液透析の1回あたりの所要時間は4時間〜5時間。透析患者はこれを週に2回〜3回行わなければなりません。

透析のためシャント手術をしてある腕を見せてくれた宿野部さん

透析のためシャント手術をしてある腕を見せてくれた宿野部さん

「私は1回5時間の血液透析を週に3回行っています。読書もできるしメールや動画も見られるし、電話はかかってこない貴重な時間ですが、透析をするためには事前に血管の手術をする必要があります。というのも、毎回腕に刺す2本の針がけっこう太い。1.8ミリ、つまり爪楊枝ぐらいの太さなので、静脈だと血が取れません。そのため、動脈と静脈をつなぎあわせて静脈を太く丈夫にした「シャント」を手術で主に上腕に作ります。

シャントがある腕は傷つけてはまずいので、利き手の反対に作り、そこから血液を取って、ダイアライザーという血液をろ過する機械に戻すんですが、透析患者にとってはこのシャントが命。朝、起きたらスリル(振動)があるかを必ず確認します。シャントが閉塞してしまうと、もう一度作りなおすか、血管を開くかの手術をしなくてはならないんですよ。私の場合、シャントが20年ぐらい持っているので、血管に関しては恵まれていました(笑)」

人工透析の時間的な制限は透析患者の肩に重くのしかかります。宿野部さんも例外ではありません。大学を卒業後、ソニーに入社し、人事グループに配属され、人事・労務に係わる仕事を幅広く行いながら、夕方の5時に会社を出て午後10時までかかる人工透析を週に3回続けました。

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