■制限を受けながらも会社員生活を満喫、やがてある思いが……

人工透析以外にも、患者はさまざまな制限を受けます。その一つが水分です。透析に至る腎不全という症状が進行すると、尿がまったく出なくなります。そのため、水分の摂取、そして、その前提として塩分にもじゅうぶんに気をつけなければなりません。果物にも注意が必要です。果物にはカリウムという成分が多く含まれているため、果物を食べ過ぎると高カリウム血症を引き起こし、心停止に至ってしまうからです。

「果物を取り過ぎて亡くなる方が毎年何人もいます。タンパク質とリンの摂取にも注意を払わなければなりませんが、幸い、良い薬が出ているので、透析をしっかりして薬をちゃんと服用すればなんとかなりますね。最近は、低カリウムの野菜も開発されましたが、かなり高い。低カリウムレタスは3倍ぐらいの値段がします。結局、食べ過ぎ飲み過ぎには要注意なんですよ。成分を考えつつ食事をして自己管理しなければなりません。

でも、おしっこが出ないということはトイレの心配がいらないということ。ドライブに行って、高速が渋滞してトイレが大混雑していても心配無用です(笑)」

時間、食べ物、水分。いくつもの制限を受けながら、宿野部さんはソニーでハードな仕事をこなしつつ、歓迎会や飲み会にも積極的に参加しました。絶対に欠かすことのできない透析日と社内イベントをどのように調整していたのでしょう。キーワードは、「自主開催」です。

15012701_3

「私としては日頃のコミュニケーションの中で自分の病気を知ってもらたかったし、病気だからという理由で気を使ってほしくなかったんですね。それに、もともと楽しいことが大好きなので、自分が参加できるよう自分で主催したわけです。最初の乾杯はビールですが、その後は水分量が少ない日本酒に切り替えると、その場に気を使わせることなく飲めるんですよ。

ここだけの話ですが、二日酔いになっても透析をすると30分で治ります。あれほど気持ち悪かったのに透析をしたら、さっきまでの二日酔いは何だったのかと思うほどクリアになる。『二日酔いって透析で治るんですね』と看護師さんに言ったら、『そのために透析があるんじゃないから』とたしなめられましたが(笑)」

上司や仕事にも恵まれ、ソニーで充実した時間を送る宿野部さんの中にやがて、ある思いが芽生えていきます。自分の経験を踏まえて社会に貢献したい、医療に関する仕事に就きたい──。この思いが宿野部さんを後押しし、ペイシェントフッド設立へと導いたのです。
(後編につづく)

<プロフィール>
宿野部武志(しゅくのべ・たけし) 1968年、埼玉県川越市生まれ。3才で慢性腎炎となり、18才で人工透析を開始。大学卒業後、ソニーに就職し、人事グループにて14年間勤務した後、2006年に退職して福祉の専門学校へ入学。卒業後、社会福祉士の資格を取得し、2010年に株式会社ペイシェントフッドを設立した。腎臓病の闘病、透析を受ける当事者としての経験を腎臓病・透析患者・家族、そして医療の現場に還元すべく、透析患者の生活相談サポートや透析クリニックのためのコンサルティング、企業での講演など幅広い事業を展開している。

<クレジット>
文/三田村蕗子
撮影/鈴木慎平