●働きたい! 人としての尊厳を自らつくったのが「カフェ」という形

「ろう者は、実は働かなくても生活保護と同じものが受けられて、暮らしていけます。でも僕は働きたいんです。なぜなら人間としての幸せを求めたいから。

これまでの自分の就労経験で、ろう者が普通に仕事をしていく大変さを痛感してきました。だから、無いものは自分で作ろうと、

・当事者による当事者雇用の創出
・当事者による当事者の職域開発
・当事者による当事者ロールモデルの発信

この3つの柱を達成できるビジネスモデルを必死で考え、たどり着いたのが当店なんです」

詳しくは柳さんの著書「Sign with Me」(学研)にまとめられています

詳しくは柳さんの著書「Sign with Me」(学研)にまとめられています

●店名「Sign with Me」の名の由来、お店が本郷三丁目にある理由

手だけでなく、口や目の動きなど、表情も原語の一部である“手話”。だから、お店の名前には「手話」ではなく「Sign」を使っています。
「Me」には、「私」という意味のほか、耳の変わりに「目」を使うコミュニケーション、「見る」「魅せる」の「み」など、いろいろな意味が込められています。

柳さんは、家庭では、ろう者と聴者のお子さんたちをいずれも「手話者」として育てています。そして、お店を本郷三丁目、医学部を擁する日本の最高学府のお膝元に構えた理由を教えてくれました。

「うちの息子たちが成人するころ、いまの東大の医学部の学生さんたちは、働き盛りの医師や研究者になっているはずです。彼らがいまのうちから手話に触れて、将来偉くなったときに『手話が必要』とちょっとでも言ってくれたら、社会が変わるきっかけになります。それを見越してここに出店したんです」

●「ありがとう」、障害者だって、言うばかりでなく言われたい

このカフェの運営会社の名前は、「ありがとうの種」。その「誰もが『ありがとう』をもらえる社会を目指す」というコンセプトにも、柳さんの強い思いが込められています。

「働くとしても、『障害者雇用率制度』の言い訳として、簡単な雑務しかまかせてもらえず、能力を発揮する場がなかったり、“配慮”の名のもとに隅に追いやられてしまったり。それでは働くことで尊厳を得られないですよね。不自由な面を周りの人にサポートしてもらって、障害者は『ありがとう』を言うことはあっても、言われることは少ない。これを、まともな仕事を通じて実現させたいんです」

●いよいよキッチンへ!

ここまでさまざまなお話をうかがった後は、いよいよキッチンで、夜の繁忙時間に向けて、下ごしらえを手伝います。

ベーコンを12ミリ幅に切ります。
「このくらいでいいですか?」
 (切ったベーコンを見せて、口をパクパク)
「うーん、ちょっと太いかな(笑)。」
 (ザンネン、という苦笑い。おっしゃること、わかります!)
「このくらいでは?」
「OK!」
 (人差し指と親指でマルをつくるOKのジェスチャーは、手話も同じなのか……)

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ピーマンとタマネギを4ミリ幅に切って、先ほどのベーコンと3点それぞれ所定の重さを計り、小皿に分けてラップします。ケチャップと調味料も、小皿に取り分けて、落としてもこぼれないくらいにぴったりとラップ。冷蔵庫にあったサンプルと同じように作ります。

「できました!」
「(どれどれ……)どのお皿が元々冷蔵庫にあったものですか?」
 (当方手話がわからないので、筆談していただく)
「これです。」
 (指をさして口をパクパク)
「OK!」
 (表情とOKジェスチャーで)

そうこうするうちに、あっという間に時間終了です。

●「申し訳ない」というストレス

「いかがでしたか?」ニコニコと今日の振り返りに入る柳さん。

「こちらが手話を分からないので、忙しいなかわざわざ紙とペンで筆談してくださるのが申し訳ない気持ちになりました」

「そうなんです。一緒に働いている人に『申し訳ない』と思う気持ち。これこそ、いつも私たちろう者が日常的に感じているストレスなんですよ」

そう言われてハッとしました。

「今はもう、厚かましくなって(笑)、『人に迷惑をかけるのは人として当たり前なので、その分人の役に立つことを考えよう』と開きなおっています」と話す柳さんの笑顔が心にしみました。頭では理解しているつもりでも、実際にその立場になってみないと、人の気持ちはなかなかわからないものです。

今日1日、いろいろとお話をうかがって、わずかな時間だけれど一緒にキッチンに立って気づかされることの“腹落ち感”。これが仕事旅行の醍醐味なのかもしれません。

<旅行先>
Social Café「Sign with Me」 東京都文京区本郷5-23-11野上ビル2F

<クレジット>
取材・文・撮影/ライフネットジャーナル オンライン編集部
協力/仕事旅行社