■アイディアは秘めておかず、まずは世に問いかける

──「絵本ナビ」の特徴のひとつとして、全ページ試し読みができる点がありますね。

金柿:当初は表紙の画像を掲載するだけでも許可をとるのに苦労しました。ただAmazonの「なか見!検索」機能、Googleブックスなどが始まり、インターネットに載せる情報の範囲について徐々に注目されていた時だったんです。出版社・著者の方からも「そんなことをしたら本が売れなくなるかもしれない」と心配されていたのですが、絵本だからこそできるのだ、と仮説を立ててお話をしていきました。

『絵本ナビ』では、1300冊以上の絵本を全ページ試し読みできる。部分的に試し読みが可能なものを含めるとその数は6000冊以上。

『絵本ナビ』では、1300冊以上の絵本を全ページ試し読みできる。部分的に試し読みが可能なものを含めるとその数は6000冊以上。

──仮説、というのは?

金柿:普通の書店で絵本を選ぶときは中身を見ますよね。それに絵本は何度も読み返すもの。「読んでしまったから買わない」とはならないのでは、と思いました。それで、まずはトライアルで1か月やってみたんです。31作品について1度だけ、全ページ試し読みができるようにしました。結果として、それらの絵本の販売実数が平均で4倍、最高で13倍になったんです。

──13倍ですか!

金柿:ユーザーさんからも「またやってほしい」との声が1000通以上届きました。このトライアルで得られた反応や、全ページ読めても「本が売れる」という”結果”は、その後のプロジェクトにはずみをつけてくれたと思います。ある臨界点を越えると、逆に出版社さんや著者さんから「試し読みを」と声をかけていただけるようになったので。

──企画を実行に移すまでのスピードは大事ですね。

金柿:ウェブサイトは時間をかければどこまでも凝ることができて限りがありません。それでも終わりが見えないまま企画を進めることはできない。まずは小さくはじめてみて、ユーザーさんの反応を見て徐々に変化させていきました。

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──そうすると取捨選択が必要になると思うのですが。

金柿:コアの部分から離れないことを心がけています。つまり「そのサービスでどんなユーザーさんに何を喜んでもらえるか」というところですね。「常識では難しいことにどう挑戦するか」がベンチャーの使命ですから、アイディアを思いついたらすぐに発信したい。長い時間をかけて失敗するよりも早めに世に問うて、改善していくほうがずっといいと思うんです。

■未来の「当たり前」をつくる

――金柿さん自らいろいろなアイディアを出されるとのことですが、どのような時に思いつくのでしょう?

金柿:不思議なことに、集中して机に向かっている時よりも、お皿を洗っているときや「パパ’s絵本プロジェクト」* で子どもたちと遊んでいるときに思い浮かびます。現場にヒントがあるんでしょうね。インターネットの中だけでも頭でっかちになるし、現場だけでも現実的なことばかりになるし、バランスが大事だと。

未来から振り返ったとき「なんでこういうものが無かったんだっけ」と思うようなものを生み出すことは、ベンチャーのひとつの役割ですので、やはり現場を大事にしていきたいですね。その点では、全ページの試し読みやレビュー機能などが「当たり前」のものになってくれているように感じるので、次のプロジェクトへのモチベーションも高まっています。

(後編につづく)

*「パパ’s絵本プロジェクト」…「パパももっと、子どもと絵本で楽しもう!」をコンセプトに全国各地で絵本の読み聞かせと弾き語りを行っているグループ。今年で結成12年目を迎える。

<プロフィール>
金柿秀幸(かながき・ひでゆき)
株式会社絵本ナビ代表取締役社長。1968年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、大手シンクタンクにて民間企業の業務改革と情報システム構築を推進。その後経営企画に従事する。2001年愛娘の誕生に合わせて退職。約半年間子育てに専念した後、株式会社絵本ナビを設立。「パパ’s絵本プロジェクト」の一員として全国各地でおはなし会も開催。雑誌など各メディアにて絵本紹介、講演など多数。NPO法人ファザーリング・ジャパン初代理事。
●絵本ナビ

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン編集部
文/高橋沙織
撮影/鈴木慎平