写真左:岩瀬大輔(ライフネット生命保険 社長)、右:御手洗瑞子さん(気仙沼ニッティング 代表取締役社長)

写真左:岩瀬大輔(ライフネット生命保険 社長)、右:御手洗瑞子さん(気仙沼ニッティング 代表取締役社長)

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宮城県気仙沼市に2013年に誕生した手編み商品を企画・製造・販売を行う「気仙沼ニッティング」。あえて被災地で事業を起こした同社のカーディガンやセーターは、「復興」という言葉に頼らずとも品切れが続くほどの人気ぶりです。ライフネット生命社長の岩瀬大輔が、株式会社気仙沼ニッティング代表取締役社長の御手洗瑞子さんにお話を聞きました。

■1着15万円でなければならなかったワケ

岩瀬:御手洗さんは、2006年頃、僕と出口(ライフネット生命会長兼CEO)が2人でライフネット生命保険の前身の準備会社をしていた時代に、小さな事務所に遊びに来てくれましたよね。

御手洗:大学4年生の時に、友達に誘われて4人くらいでお邪魔しました。覚えていてくださってありがとうございます。

岩瀬:「俺が育てた」みたいなことを言うつもりはないのですが(笑)、ご活躍されていることを聞くと本当に嬉しいです。ダボス会議で一緒になることもありましたけど、御手洗さんが世界を相手にバンバン手を挙げて、大物実業家に面と向かって反対意見を述べる姿がとても印象的で、仲間内では“御手洗伝説”として語り継がれています。

御手洗:そうなんですか?(笑)

岩瀬:それはさておき、御手洗さんは現在「気仙沼ニッティング」という会社を経営されていますが、御社で売っているオーダーメイドのカーディガン「MM01」は、1着の値段が約15万円ということで驚かれる人も多いと思います。その価格設定はどのように決めましたか?

御手洗:服のデザインや編み手さんの技量にもよりますけど、標準的なフィッシャーマンズセーター1着を編むのにおよそ50時間から60時間かかります。編み手さんたちが誇りを持ってその仕事を続けるには、それに見合った対価を払わないといけないと思いました。普通、価格は後から決まるものですが、気仙沼ニッティングはまず事業として成立させることを目指したので、15万円という価格が決まってから、「どうすればその価格に見合うものができるだろう」ということを考えていきました。最高のカーディガンを作るために、毛糸の原料選びからこだわっていますし、編み手さんにも相応の技術を身につけてもらっています。着心地が良いのはもちろん、見栄えも良いものがいいから、人気編み物作家の三國万里子さんにデザインを依頼しました。

岩瀬:「もっと安くしようか」とか「高いからやめようか」とは思いませんでしたか?

御手洗:事業として成立させることを考えると、15万円より下げるという選択肢はありませんでした。歴史のある高級ブランド以外でその価格帯のカーディガンを作っているところがないので、不安がなかったわけではありません。編み手さんたちが何か月も練習しているのに1着も注文が入らなかったらどうしようとは思いましたが、やってみてうまくいかなかったら、駄目だった原因もわかるので、また別の道でリカバーすればいいかな、と考えていました。

高台にある、気仙沼ニッティングのショップ「メモリーズ」。窓からは気仙沼の海と山が見える。右上がカーディガン「MM01」。 写真:操上和美

高台にある、気仙沼ニッティングのショップ「メモリーズ」。窓からは気仙沼の海と山が見える。右上がカーディガン「MM01」。 写真:操上和美

岩瀬:最初はどのくらいの注文が来ましたか?

御手洗:抽選で4着限定だったんですが、95件も応募がありました。その後、抽選方式をやめて注文をすべて受けることにしましたが、編み手さんが1着ずつオーダーメイドで作るため、現在140人待ちという状態です。最後に注文された方の手に届くまで、2年かかると思います。また、「エチュード」というレディーメイド(既製服)のセーターを2サイズ6色 、7万円台で販売していますが、そちらも在庫切れの状況が続いていて、編み手さんたちが一生懸命作っているところです。

岩瀬:すごい人気ですね。御手洗さんは気仙沼ニッティングを始める前にブータン政府に、その前はマッキンゼーに勤めていましたが、「とにかくやってみる」という考えはコンサルタントというより起業家っぽいですね。コンサルタントだったら、「15万円のセーターを買いますか?」というリサーチをして、「買う人は何%しかいないからやめましょう」という結論に達していたと思います。

御手洗:コンサルタントは客観的立場から事業を見なければならないので、個人的な意志を持ちませんが、気仙沼ニッティングにおいて、私には「これをやりたい」という意志があるので、たとえ無理と言われてもやっていたと思います。

■なぜ気仙沼でニッティングなのか

岩瀬:東北の被災地で何かをやろうと思ったのがこの事業の始まりだったということですが、そもそもなぜニッティング会社だったのですか?

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御手洗:沿岸部の被災地は、地震で地盤沈下していて、盛土してかさ上げ工事をしないと建物が建てられない状況でした。今もかさ上げ工事をしているくらいなので、大きい工場を建てないと始められない事業は無理だと思いました。編み物なら、編み針と毛糸があればどこでもできます。少なくともその状況で「始められる」事業でした。震災直後は何がどう転ぶか読めない状況だったので、小さく産んで大きく育てる事業が向いているのではないかと思いました。

気仙沼は昔から遠洋漁業の盛んな街で、漁師さんやその家族が漁網を補修したり、漁に出ている間にセーターを編んだりと、「編む文化」があったのもニッティングに決めた理由のひとつです。よく、「もともと編み物が好きだったんですか?」と聞かれるのですが、そういうわけではないんですね。ニッティング会社を始めてから編み物を勉強して、今ではある程度編めるようになりましたけど。

岩瀬:なるほど。でも気仙沼ニッティングの商品の価格帯を考えると、たくさん売れるものでもないから、大きく育てるのは簡単ではないですよね。

御手洗:大きく育てる、というのは、決してどんどん拡大していこうという意味ではありません。気仙沼ニッティングでは編み手さんを含めて30人強の人が働いていますが、人口7万人弱の気仙沼市内では30〜40人という会社組織は、すでにそこそこ大きな所帯なんです。東北の被災地域といえば広く感じますけど、ひとつひとつの街は数万人程度なので、そこに根付いた事業をすることで地域に与えるインパクトはとても大きくなります。震災後の被災地では、補助金漬けの事業や一時的なチャリティー事業が多く、自立した会社がなかなか育っていませんでした。自分たちの会社が事業として成立することでひとつのモデルとなり、もっといろんな会社が出てきたらいいなと思っています。

岩瀬:被災地特有の問題が生じたことはありますか?

御手洗:事業そのものではないのですが、メディアの取り上げ方に思うことはありました。例年、3月11日が近づくと特別番組を作りたいということで、うちの編み手さんたちにもメディアの取材が増えるんですが、「流された家の前で呆然と立ってください」といったような、悲しいシーンをわざと演出して撮ろうとする局がありました。

被災地の人だってずっと悲しいわけじゃなくて、喜怒哀楽があります。ひとりでいる時に、家族をなくしたことを思い出して悲しい気持ちになることもあれば、みんなで集まってお茶を飲んで楽しい時間もある。気持ちを明るいほうに持っていこうと頑張っているのに、悲しいところだけを撮りたいというメディアの依頼が後を絶ちませんでした。

逆に「行政に頼らず自分たちで頑張るしかない」といった前向きなコメントはカットされてしまう。ようやくそういうことも減ってきましたけど、気仙沼ニッティングは一時的な復興支援ではなく、本当にいいものを作って事業として成立することを目指しているので、改めてメディアとの付き合い方は難しいなと思いました。

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■震災の風化とともに消えるもの、残るもの

岩瀬:気仙沼ニッティングは初年度から黒字ということなので、ここまでは事業として成立していると思います。でもちょっと意地悪な見方をすれば、「復興支援ストーリーがあったおかげじゃないか」と考えることもできます。震災が風化して純粋なクオリティー勝負になった時に、引き続き15万円のものが売れそうだという感覚はありますか?

御手洗:現地では、2013年くらいから風化が一気に進んでいるのを感じていました。「復興支援のために買ってください」と訴える、チャリティーベースで作っているものが売れたのは、震災から2年ぐらいの間だけではないでしょうか。

岩瀬:でも気仙沼ニッティングの商品は売れている。震災の風化とともに消えるものと、風化せずに残るもの。どこに違いがあると思います?

御手洗:「被災したかわいそうな人が作ったので買って下さい」という姿勢で作られた商品は、どうしても風化とともに売れなくなってしまいます。でも私たちは、一切妥協せずお客さまが本当に欲しいと思えるものを作りました。その差だと思います。先日エチュードを買ってくれたある有名海外ブランドのバイヤーさんは、うちの起業ストーリーを知らずに気仙沼ニッティングの商品に興味を持ってくれました。これまで知らなかった産地で価格も高いから「なんだこれ?」と思って、後でネットで調べて、ここまでのストーリーを知ったそうです。

岩瀬:ストーリーを知らずに、本当にそれがいいと思って買っている人がいるというのは、編み手さんにとってもうれしいことですね。しかもすごくオシャレな人にそう思われたというのは。

御手洗:そうですね。被災地発の企業ということで「応援しています」と言ってくださる方は多いですが、購入となるとまた違うと思います。好きじゃないと買わない。使っている人が本当に満足できるものを作らないといけないと思っています。うちのカーディガンやセーターを着る時間がいつもその人にとっての「いい時間」になったらいいなと思いながら、つくっています。

後編に続く

<プロフィール>
御手洗瑞子(みたらい・たまこ)
1985年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年よりブータンで公務員に。初代首相フェローとして1年間勤める。2012年「ほぼ日刊イトイ新聞」の「気仙沼ニッティングプロジェクト」に参加。2013年代表取締役社長に就任。著書に『ブータン、これでいいのだ』、『気仙沼ニッティング物語 いいものを編む会社』(ともに新潮社)。
●気仙沼ニッティング

<クレジット>
取材・文/香川誠
インタビュー写真/村上悦子

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