今年の春に引っ越した事務所の一室が、子どもたちの教室になっている

今年の春に引っ越した事務所の一室が、子どもたちの教室になっている

渡辺:タダゼミがメディアに取り上げられて、最初の年は50人ぐらい来たでしょうか。中には、自宅から1時間以上かけて通ってきた子どももいました。交通費がそれなりにかかったはずですが、「塾には行けないし、勉強がわからないので教えてほしい」と言うんですね。こんなにニーズがあるんだなと痛感しました。タダゼミはいま、毎週日曜日に開いています。

──タダゼミ以外にも学習支援プログラムはありますか。

渡辺:夏期講習や冬期講習も開いています。普通の塾よりもよほど手厚いですよ(笑)。登録時には親子面談もして、休む場合には必ず連絡をしてもらうように言っています。というのは、学習習慣がついてないというかソーシャルスキル全般が欠けている子が多いんですね。低所得の家庭は孤立していて、地域の集まりやお稽古にも行ったことがなく、話をする大人は親や先生だけという子が珍しくない。
2時間つきっきりでやっても一言もしゃべれない子もいます。ただ、通っているうちにソーシャルスキルが身についてくる。お母さんから「学習会の様子を楽しそうに話すようになりました」と報告を受けることも多いです。

──通っているのはシングルマザーの子どもたちが多いですか。

渡辺:7割〜8割はシングルマザー世帯で、次に多いのが兄弟が多い家庭です。この少子化の時代に一番優遇されるべき家庭が一番苦しい。あとは保護者が病気だとか低所得の家庭です。大学生たちから見れば、ほとんどが勉強する気がない子ばかり。九九も怪しかったりしますしね。「オール1って本当にあるんだな」と漏らした大学生ボランティアもいました(笑)。でも接しているうちに、住環境が悪くて机もないとか、弟の面倒をみないといけないといった複雑な家庭環境が見えてくる。ただ怠けているわけではないことがわかってきます。

■ボランティアの学生教師たちの実績は、高校合格率100%

──指導しているのはどんな大学生でしょうか。

渡辺:3つのタイプがあって、1つは先生になりたいという子ですね。一定の層がいます。2つめは、日本の子どもたちの経済格差や教育格差を知って、自分にも何かできるのではないかと思って来てくれる子たちです。3つめが当事者の子どもたち。自分は母子家庭で育ちながらもなんとか進学できたから、同じ境遇の子を支援したいとか、勉強ができたのに貧しくて大学に行けなかったという友だちがいたとか、何らかの原体験を持っている子たち。どのタイプの子も本当に一生懸命やってくれます。勉強の内容だけでなく、指導する学生たちの熱意が学習会に通ってくる子どもたちを動かす面もありますね。

──子どもたちに学習指導をする上で重視している点はありますか。

渡辺:ボランティアの学生には必ずガイダンスを実施していますが、そこでは個別の教え方というよりも貧困問題への理解に重点を置いています。可哀想な子だから支援するというスタンスで接すると子どもたちも来づらくなるからです。あとは、貧困の連鎖に落ちてしまうかもしれない子どもたちを高校受験で落とさないようにしてほしいと強調しています。高校に行けないとなると、将来の職業選択が厳しくなります。勉強を教えるというよりも、とにかく高校に入れるのが使命ですね。そのおかげで、タダゼミは合格率100%なんですよ。

──教えている学生さんたちの力はすごいですね。

渡辺:本当に学生はすごいなと思います。教材も自分で徹夜して作ったり、みな熱心ですよ。キッズドアに活動に来ることでいろいろな学びが本人にもあるようで、社会的視野が広がると言っています。いろいろな大学から集まってくるので、コミュニケーション、チームワークも学びながらやってくれるのがうれしいですね。

──今後の計画について教えてください。

渡辺:来年はタダゼミをもう1クラス増やそうと思っています。キャリア教育も課題ですね。これからはITや英語が大切になってくる。英語だけの学習やITのワークショップを始めてはいますが、さらにそこをカバーして、キャリア教育を強化していきたいと思います。

<プロフィール>
渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
千葉大学工学部出身。大手百貨店の販促事業部で販促の仕事に従事。出版社を経て、フリーランスのマーケティングプランナーとして活躍。 2000年から2001年にかけて、家族でイギリスに移住し、「社会全体で子どもを育てる」ことを体験。準備期間を経て、2007年任意団体キッズドアを立ち上げ、2009年に内閣府の認証を受け、特定非営利活動法人キッズドアを設立する。「日本の全ての子どもが夢と希望を持てる社会」を目指し、活動を広げている。
●NPO法人キッズドア

<クレジット>
取材・撮影/ライフネットジャーナル オンライン編集部
文/三田村蕗子