宮治勇輔さん(株式会社みやじ豚代表取締役社長)

宮治勇輔さん(株式会社みやじ豚代表取締役社長)

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ふわりと柔らかく、臭みがなくてジューシー。シンプルに焼いて塩胡椒をふっただけで、肉が苦手な人ですら脂身までぺろりと食べてしまうという「みやじ豚」。その希少なブランド豚をつくっている株式会社みやじ豚代表取締役社長の宮治勇輔さんは、養豚農家の長男に生まれ、弟さんとともに実家の養豚農家継ぎ、みやじ豚のブランドを躍進させてきました。

宮治さんは、今でこそ、若手農業経営者の旗手として注目される存在ですが、意外なことに、子どものころから「親父の仕事は継がない」と断言し、一般企業に就職したという、異色のキャリアをもっています。その宮治さんに、果たしてどのように家業の豚を一流ブランドに育ててきたのか、お話をうかがいました。

■毎朝4〜5時台に起きて勉強を続けたサラリーマン時代

男たるもの、いつかは天下を取りたい。憧れは、『三国志』の劉備玄徳──そんな歴史好きな青年だった宮治さんは、天下をとること=社長になることから転じて、起業家になりたいと夢見ていました。大学卒業後は、大手人材会社に就職し、社会人生活をスタートします。そこでさまざまなビジネスの経験を積みながらも、いつかは起業するという思いに向け、ある行動を貫きます。

「普通に会社生活を送るだけでは、いつまでたっても起業できないだろうなと思ったんです。だから月曜から金曜までは、毎朝4時半とか5時半に起きて、カフェでひたすらビジネス書を読んだり、手帳に将来の自分の仕事や家族やプライベートのことを書き込んで考えたりしていました。その自分と向き合った時間が、いまにつながっていると思います」

“ひとり朝活”をコツコツと続けていくなかで、農業に関する本も読み、次第に自分の進むべき方向性が見えてきました。

「農業関係の本を何冊か読んで、自分の興味関心が農業に傾いていき、仕組みを変えないと自分を含め若者が後を継ぎたいと思えないなと考えました。そのうち農業の問題点が自分なりにまとまってきて、歴史小説好きな僕は『小さな養豚農家に自分が生まれてきたのは、日本の農業界を変えろ、という天命なのかな』と勘違い(笑)していきました」

■定めたビジョンは「一次産業を、かっこよくて、感動があって、稼げる3Kに」

そしてとうとう、その“天命を背負った”宮治さんの考えが、ひとつのフレーズに集約されます。

「当時は、農業といえば『きつい・汚い・かっこ悪い』だけでなく、『くさい・稼げない・結婚できない』まで含めた6K産業でした。都会でスーツを着ていた自分が、毎日豚のフンを掃除できるのか、と逡巡したこともありました。けれども、『一次産業を、かっこよくて、感動があって、稼げる3K産業にする』というビジョンがひらめいたときに、会社をやめて実家に帰り、家業の養豚で起業しようと決心しました。

ところが、ちょうどぼくが実家に帰る2か月前に、弟が養豚業を継ぐために実家に帰っていたんです。うちの養豚場の規模では、ひとりで現場の人手は足ります。だから、弟が養豚の生産現場を担当し、ぼくはプロデュースに集中することにしました」

■なぜうちの豚はうまいのか? まずは親父に「ヒアリング」

同じ母豚から生まれたきょうだいだけの部屋でのびのび育つ豚たち

同じ母豚から生まれたきょうだいだけの部屋でのびのび育つ豚たち

確かに、うちの豚はおいしい。自分と弟2人を大学にも行かせてくれた。家の養豚業がきちんと成り立っていたのは、それなりにわけがあるに違いない──。宮治さんは、これまでに学んできた経営分析のフレームを頭に入れつつ、お父さまにヒアリングをしていきます。

「いろいろと話を聞いてみると、親父は体系だって研究していたわけではないのですが、無意識のうちに取り入れてきた強みが3つありました。ひとつは血統。うちの豚はごく普通の品種の豚ですが、三世代にわたる掛け合わせによる三元豚です。もうひとつはえさ。一般的にはトウモロコシが使われますが、うちでは麦類、イモ類、こうりゃんを特別配合しています。

最後に、育て方。普通は効率よく育てるために、狭いスペースに豚を“ギュウギュウ”(笑)詰めています。うちの豚は『腹飼い』といって、同じ母豚から生まれたきょうだいだけを同じ部屋に入れ、それぞれ広々飼っているので、ストレスフリーでのびのび育つんです」

この手間のかけ方だと、月に100頭しか出荷できませんし、大規模経営には適しません。それゆえ、確かな品質をもってブランドとしての付加価値を上げることは必須だったわけです。宮治家ですくすく育った豚は、ジューシーで臭みがなく、脂までおいしい。その豚のブランド名は迷わず「みやじ豚」に決定しました。

宮治家の豚の「強み」がわかったところで、お父さまの反応はまだ懐疑的でした。

「はじめは、地道に豚を育ててきた親父には、『一次産業を新しい3Kに』とか、『生産から流通、消費までをプロデュース』と言っても、理解の範囲を超えた話ですから、『おめぇの言っていることは地に足が着いてねぇ』と言われていました。もっとも、売上を大きく伸ばして1年もしたころには『もう、おめぇ次第だからよぉ』に変わっていきましたが(笑)」

■「みやじ豚」が食べられる販路をつくる

宮治さんの心には、学生時代に友達から言われたあることが、ずっと引っかかっていました。家で育った豚をバーベキューでふるまった折、そのおいしさに感激した友達に「おまえのうちの豚、どこで買えるの?」ときかれたのです。

基本的に豚を含め農産物は、地域の生産者のものが一緒くたに出荷されるため、その先にどのような販路を経て、どこで売られ、誰が買うのか、農家には何もわからないのが当たり前でした。

当時返す言葉の無かった宮治さんは、ほかの豚とは違う「宮治家が育てた豚」を届けるために奔走します。

農協に一括して出荷する仕組みがあると、農家は生産だけに集中することができ、営業開拓などの労が要りません。そのかわり、価格はすべてコントロールされてしまい、利幅を上げることは難しくなります。また、最終的にどこで誰が食べるのかもわからないため、生産者が消費者と直接コミュニケーションをとることもできません。

地域の名前を冠したブランド肉や作物なら、育てた人と食べた人がわかるだろう、と思うと、そうではありません。地域ブランドの生産物は、地域の複数の農家から農協に納められたものをまとめて、ブランド名を一律にかぶせて出荷されるため、スーパーなどで売られているブランド肉やブランド野菜は、生産者によって品質や特性が違い、同じブランド内でも味のばらつきがあるのが普通です。

そうした地域ブランドでほかの豚にまぎれてしまうことなく、「みやじ豚」をちゃんと識別して味わってもらいたい。そう考えた宮治さんは、ほかの豚肉と混ざることなく「みやじ豚」を味わってもらえる独自の直販ルートを開拓することにしました。一度農協に納めた豚を、特定の精肉問屋に預け、受注に応じて都度出荷できる体制を整えたのです。

■月収3万円からのスタート。始まりはバーベキュー

みやじ豚のバーベキュー。炭火で焼くみやじ豚は、塩胡椒だけでとびきりの美味

みやじ豚のバーベキュー。炭火で焼くみやじ豚は、塩胡椒だけでとびきりの美味

さて、養豚農家のプロデュースという前代未聞の職を立ち上げた宮治さんには、そうはいっても最初から販路などありません。お金もなく人も他にいないなか、自分でできることはないかと考えた末に「バーベキューマーケティング」を始めました。

「起業といっても、分厚い事業計画書をもって資本と人材を集めるなんてことは、小さな家族経営の養豚業にはできないし、合いません。親父と弟は毎日現場で忙しい。となると、ひとりでできることは何かと考えた結果が、バーベキューです。友人、知人のアドレス約850件にメールマガジンを送って、ぼくが実家の養豚業で起業したことや、その思いとともに、湘南の果樹園で開催するバーベキューをお知らせしたんです。
それに対する応援メッセージが大量に届いたときは本当にうれしかったですね」

初回のバーベキューには20人が参加しました。炭火で焼かれたみやじ豚のおいしさは口コミで広がり、参加者は3か月で3倍になりました。みやじ豚のファンになった人が購入できる直販ルートも稼働しましたが、バーベキューからさらに販路が広がります。

「そこに来たお客さんが、さらに友だちを連れてきてくれたり、いいレストランを知っているから紹介するよ、と言われたり、取材が増えたり。お客さんがどんどん営業してくれたんです」

バーベキューの売上は人数×4,000円。そこから諸経費をひいた残り3万円が、宮治さんの最初の月収でした。1年後には、なんとこのバーベキューだけで年商350万円に成長。このタイミングで満を持して会社化し、さらなる成長をとげてきました。

■うちだけが良くなっても、一次産業は「3K」になれない

なぜ、みやじ豚は最初から多くの人に受け入れられたのでしょうか。

「それは、品質が良いということはもちろんですが、農業をかっこよくて・感動があって・稼げる3K産業にしたい、という理念に共感してもらえたことも大きかったと思います」

宮治さんは、社会人としての経験を生かしながら、自社ブランドを育てて売上も5倍に伸ばし、いまの飼育体制でできる限りの高度な安定経営を築いてきました。しかし、宮治さんの活動は止まるどころか、ますます加速を始めます。2008年10月、都会で働く農家の子どもたちに、実家の農業を継ぐよう促すことで、一次産業を早く理想の「3K」にする、NPO法人農家のこせがれネットワークを立ち上げたのです。

(後編につづく)

<プロフィール>
宮治勇輔(みやじ・ゆうすけ)
株式会社みやじ豚代表取締役社長。1978年生まれ、2001年慶應義塾大学総合政策学部卒。株式会社パソナにて営業・企画・新規プロジェクトの立ち上げなどを経て2005年に退職。実家の養豚業を継ぎ、2006年に株式会社みやじ豚を設立。生産は弟、自身はプロデュースを担当し、兄弟の二人三脚と独自のバーベキューマーケティングにより2年で神奈川県のトップブランドに押し上げ、「みやじ豚」は2008年農林水産大臣賞受賞。日本の農業の現状に強い危機意識を持ち、最短最速で日本の農業変革を目指す「NPO法人農家のこせがれネットワーク」を設立。一次産業をかっこよくて・感動があって・稼げる3K産業にするため、農業プロデューサーとして、数々の事業を企画・プロデュース、講演や研修も多数行う。著書に『湘南の風に吹かれて豚を売る』(かんき出版、2009年)。2010年、地域づくり総務大臣表彰個人表彰を受賞。
●みやじ豚

<クレジット>
文・撮影/ライフネットジャーナルオンライン編集部

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