さとう桜子さん(美容ライフアドバイザー・エステティシャン、がん患者向けビューティサロンセレナイト運営)

さとう桜子さん(美容ライフアドバイザー・エステティシャン、がん患者向けビューティサロンセレナイト運営)

美容のプロとして培ってきた豊富な知識と経験、がん患者ならではの視点と配慮。がん患者に特化したビューティサロン「セレナイト」を運営するさとう桜子さんが目指すものは何なのか。お話が続きます。(前編はこちら)

■人生の最後の瞬間まで美しく自分らしくありたい

「心のトリートメント」も、「セレナイト」が担う重要な役割です。さとうさんは、カウンセリングをした後、施術に移り、その後もう一度カウンセリングを実施しています。目的は、心の中を思う存分、吐き出してもらうことにほかなりません。

「生活習慣や心の闇を吐き出すのもトリートメントのひとつ。1時間以上肌を触られる機会は大人になってからはなかなかありませんが、それだけに施術を通じて心を開いてもらえるんですね。美容のプロとして、同じがんの経験者として、そして赤の他人として、心の中のもやもやした部分を吐き出すお手伝いをしたいと思っています」

当初、さとうさんは「セレナイト」を利用してある程度元気になったら、通常の社会生活に戻ってほしいと考えていたといいます。しかし、現実にはもう通院する必要がなくなり、社会復帰を果たした後もサロンに足を運ぶ女性が後を絶ちません。戻っても家族や友人に話すのはつらい、心を開く場がほしいと考える女性たちにとって、「セレナイト」は貴重な受け皿なのです。

「余命が長くないことを自覚し、最後にサロンを利用される方もいました。女性として最後に綺麗でいたい、メイクをしてキレイになりたいという気持ちからなんですね。こちらも当初は想定していませんでした」

自分の生涯を締めくくる最後の瞬間に少しでも美しく自分らしくありたい。「セレナイト」は女性の切なる願いに応えています。

■社会復帰後の時間短縮勤務や配属には改善の余地あり

がん闘病を通して、さとうさんは保険の重要性を痛感したといいます。

「治療費はもちろんですが、それ以外でもお金はかかる。お金は切実な悩みです。病院の会計の場所で泣き崩れている男性を2度ほど見かけました。その気持ちはよくわかります。私は保険に入っていましたが、支払いが5日目の入院からだったので、それでも大変でしたから。がんと診断されたら一括で保険金がおりる保険にしておけばよかったと心から後悔しました」

医療用かつらの価格は既成品で1万円〜10万円程度、オーダーメイドならメーカーにもよりますが30万円程度。そのほか、帽子やむくみ対策用のストッキング、通院のためのタクシー代などを含めると、費用はかさむ一方です。いかにがん治療にはお金がかかるか。
復帰したさとうさんが職場で力説すると、その場にいた全員ががん保険に入ったとか。経験者でなければわからないお金の問題はもっと多くの人に知らせる必要があるでしょう。

がん保険に対して、さとうさんはこんな提案もしています。

「転移が見つかったらまたお金がかかってしまうから、がん保険に入っていない人は継続的に検査を受けないと聞くこともあります。それはとても悲しい話ですよね。いったんがんになってしまうとその後、がん保険には入れませんが、可能であれば見直しをして、多少高くなってもいいから後からでも加入できる保険があればどんなにいいだろうと思います」

職場復帰後の勤務体系や職場についても改善の余地がありそうです。いまやがん患者の多くは通院で治療を受けています。しかし、抗がん剤や放射線治療を終えた後、午前中のちょっと遅い時間に出勤したり、朝から午後4時まで仕事をして治療に行った場合でも、すぐに半休扱いにされるケースが多いのです。

「こんなに仕事をしたのに半休になるのか、それだったら最初から1日休んだ方が良かったという声をたびたび聞きます。時間短縮勤務についてはぜひ見直しをしてほしい。復帰後に自分のキャリアとはまったく関係のない部署に配属になり、心が折れてしまったというケースも問題だと感じています。抗がん剤や放射線治療の影響もあって、すぐには前のように働けないという方は多いのですが、聞き取りや面談を経て、個々の回復具合や環境を理解してもらい、仕事のふりかたや部署を考えてもらうと、患者のひとりとしてはうれしいですね」

■第2、第3の「セレナイト」誕生へ──

がん患者が心から安心できるビューティーサロン、セレナイト

がん患者が心から安心できるビューティサロン、セレナイト(2020年4月に目黒へ移転、写真は移転前のもの)

2016年に3年目を迎える「セレナイト」。この春から、さとうさんの知識や技術を継承し、美容の基礎から、がん患者への接し方、エステ、メイク実技を学ぶことのできる「セレナイトクラス」がスタートします。

「昨夏からプレクラスを始めていましたが、いよいよ本格的に実現の運びになりました。対象はがん患者とその家族。そうでないと患者の気持ちを理解できないと考えるからです。すでにお申し込みをいただいていて、マンツーマンで教えていきます」

がん患者を美容の領域でサポートするさとうさんの後継者が着実に広がり、より多くのがん患者が元気づけられていく。そんな未来が少しずつ近づいています。そのほかにも、さとうさんの頭のなかには新しい計画が盛りだくさん。ひとつは、がん患者の美容や生活に関する情報やヒントを発信した「がん美容手帳」です。患者のみならず、看護師など医療関係者にも参考になる内容にしたいと、出版を目指し、いま動いている最中です。

病気で苦しんでいるのはがん患者だけではない。がん以外の患者にも目を向けていきたいと、さとうさんは「ソシオエステティック」(さまざまな困難を抱えている人を対象とした医療や福祉の知識に基づいて行う総合的なエステティックサロン)としての活動も進めています。

「例えば、大腸の病気を患い、ストーマ(人口排泄口)を利用している方々。臭いや音が気になって、ほかのサロンには通えないという方が多いんです。がん患者に優しいサロンであれば、他の病気の患者さんにも優しいサロンになる。美容のプロとして対応していければと考えています」

■わたしの心の重荷はどう癒す?

もっと「セレナイト」の存在を知ってもらい、病気でつらい思いをしている女性を綺麗にしていきたい。そう未来を語るさとうさんに、最後にこんな質問を投げかけてみました。サロンでがん患者に心のうちを話してもらい、いわば心の重荷を受け止める立場にあるさとうさんは、どのようにその重荷を消化しているのでしょうか。

「ボランティアで高齢者施設に出向き、『元女子会』と称して女性にマッサージやメイクを提供していますが、その場で80代、90代のおばあちゃんたちが『よくやっているねえ』と頭をなでてくれるんです。彼女たちは私を20代の女の子だと思っているのかも(笑)。そうした場所が私の支えですね」

自身の病気を経て、がんと闘う女性たちを応援したいと、女性を美しくするための活動を精力的に続けるさとうさん。その彼女の受け皿となり、優しくエールを送る人生の先輩たち。人には必ずサポートし、受け止めてくれる存在や場所が必要であることを、さとうさんの活動は物語っています。

<プロフィール>
さとう桜子(さとう・さくらこ)
美容学校卒業後、ヘアーメイクアップアーチストを経て化粧品業界へ転向し、フランスのブランド・オルラーヌでエステの技術を習得。その後ソニアリキエル新宿伊勢丹チーフ、カバーマーク、ケサランパサランのマネージメント、トレーニング担当を経て、2009年からエステダムジャパン設立メンバーとして大手エステブランドや百貨店、代理店の教育、企画運営を手掛ける。2013年6月からはがん患者向けビューティサロン「セレナイト」をオープン。ビューティアドバイザー兼エステティシャンとしてサロンの運営に力を注ぎつつ、化粧品ブランドでのトレーナーとしても活躍中。
●セレナイト

<クレジット>
取材・撮影/ライフネットジャーナル 編集部
文/三田村蕗子