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お金のことを考えると何だか後ろめたい気がする。面と向かってお金の話をするのは恥ずかしい。日本人はとかくお金に対してネガティブな発想を抱きがちです。それは「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰する糸井重里氏も同じなのだそうです。

お金が怖い、お金を扱うことについては、避けて通れるものなら通りたい。そんな糸井氏がお金についてそろそろちゃんと考えたいと、「お金の神様」である作家・邱永漢氏と対談した内容をまとめたのが、『お金をちゃんと考えることから逃げ回っていたぼくらへ』。2人の話は、お金の話をとっかかりに多方面に広がっていきます。

■ハウツーではなく、お金の哲学論であり人生訓

本書には、単純なお金の儲け方や貯め方、増やし方といったハウツーは登場しません。小手先の技術を期待した人は拍子抜けするでしょう。

その代わり、2人の話題は単純なお金の話にとどまることなく、多くの人がもやもやと抱えている疑問や問題意識に迫っていきます。仕事、商売、人とのつきあい方、インターネットの可能性、そして人生や生き方について。本書は、2人の言葉で彩られたお金の哲学論であり、商売訓・人生訓なのです。

糸井氏はお金に対する自らのスタンスをこう告白します。

「ぼくは実は欲張りで、お金が欲しくてたまらないから、そのワナにはまってしまうのが怖くなったんだろうなあ、と自分を振りかえれます」
「欲が深すぎるから考えたくなくなる、というようなことがあるんじゃないかと思います」

これに対して、邱永漢氏は次のように返します。

「それはちょうど、恋愛をする人が失恋を怖がるようなもんでね」

お金も恋愛も仕事も人生も、失敗を恐れていては始まらない──。邱永漢氏の主張は一貫しています。成功している人に共通するのは「思ったことはすぐやる」ということ。まず、やってみよう。人の話を聞いて納得をしたら、その瞬間に聞いたことは自分の血や肉として、実行に移そう。やっていくうちに自分でもいろいろと知恵がつく。徐々に直していけばいい。そのうち自分が何をうまく使えるかがわかってくると提言します。

■お金に対する日本人のサムライ的発想とは

なぜ日本人はお金を汚いと見なし、お金の話をしないことを美徳と考えるのか。日本人のお金の哲学についての興味深い考察も紹介されます。邱永漢氏がルーツとして挙げるのは、徳川時代のサムライです。

「五◯◯◯石といっても額面通りもらえていた藩なんて、日本国じゅうでも四つしかなかったそうですから」
「そういう中で生きることになったら、まあ考えたらみじめな話ですけど、金はいらんというか、『金のためにやっているんじゃない』というプライドでもないと生きがいがないでしょうね」

日本の歴史の中でもお金に対するサムライ的発想が蔓延したのは、ここ300〜400年のこと。長い歴史の中でみれば短い期間に過ぎません。いまこそここから脱する必要がありそうです。 

子どもとお金に関するユニークな子育て論も飛び出します。邱永漢氏は、アメリカに留学した息子に対して、独特の方法で仕送りをしました。

「でもぼくはね、(子どものお金の使い方について)干渉してはいかんという考えなんです。自分で覚えろと」
「ふつうだったら、サラリーマンをやっている親は、毎月仕送りをしますよね。『あるお金の範囲内』で暮らせというように。でも私は、一年分のお金をあげましたよ」
「もし一年分を早くに使ってしまったとしたら、あとの残りを生きられないですから」

自然に自分でお金をコントロールできるようになってほしい。この邱永漢氏の選択が意味するのは、考えるチャンスを与えることの重要性です。そう、お金とつきあう上でもっとも大切なのは、自分が求めているものを見つめ、それを得るためには何をなすべきなのかを考え、判断し、行動することなのです。

■未来を曇らせるのは過去への固執

率直で鋭い糸井氏の質問を受けて、邱永漢氏が結婚を決めた経緯や株式上場に対する考え、ある日突然大金持ちになったエピソード、両親についてなど、人間・邱永漢に迫る裏話が数多く披露されているのも、本書の読みどころでしょう。何より、示唆に富んだ言葉が満載です。

「みんなお金が欲しいというけど、でもお金よりは、面白いと感じることがいちばん大切だと思います。麻雀の好きな人を見ていると、徹夜してやっていますものね」
「事業は果樹園のようなものです。いくら整備して、木を植えてということをやっても、そこからの時間がかかる。コメは一年でできてしまうけれども、果樹園はもっと時間がかかる」

本書を締めくくる最後の2人のやりとりも心に残ります。未来を曇らせるものは何か──。糸井氏の問いに邱永漢氏はこう答えるのです。

「過去に固執しすぎることだと思います。過去から続いている人間の常識なんていうものは、経験のもたらしたものに過ぎないんです」

未来を明るく感じながら本書を閉じたとき、自分が何のためにお金を必要とするのか、お金を得て何をしたいのか。いま一度考えたくなるはずです。

『お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ』(PHP文庫)糸井重里、邱永漢(著)

『お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ』(PHP文庫)糸井重里、邱永漢(著)

<クレジット>
文/三田村蕗子