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新しい年度を迎えた4月。まさにこの春に就職した新社会人の方はもちろん、転職した、新しい部署になったなど、新生活をスタートさせている人も多いのではないでしょうか。

日本における“就活”は、職種というより会社を選ぶ傾向が強く、マッチングがうまくいかないケースもしばしば聞こえてきます。また、企業に総合職で入社すると、ジョブローテーションで複数の業務を経験することも多く、どのような専門性を磨いていくべきかと悩む人も。

では、欧米や他のアジア圏だと、そのような課題はないのでしょうか? また、採用制度や人事制度といった企業の側が改善すべき点は? 金融業界で日本と外資の両方の企業を経験したのち、現在はグローバルに活躍する人材の育成に努める福原正大さんに、日本と欧米の仕事観の違いや、データや人工知能を利用した新しい人事システムの可能性について聞きました。

■日本の“就活”は特殊?

──日本では、今まさに来年度入社の就職活動が始まっています。でも、熱心に活動して内定をもらっても、新入社員の3割が3年以内に離職してしまうというデータもあり、なかなかマッチングがうまくいっているとはいえない状況のようです。そもそも、日本の“就活”のシステムは、世界から見るとかなり特殊だそうですね。

福原:そう思いますね。もちろん、日本のシステムにもメリットはありますが、課題のほうが大きいのではないでしょうか。

──福原さんは慶應義塾大学から東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入社し、パリでMBAを取得した後、外資系の投資会社で活躍してこられました。日本と欧米やアジア圏の就職活動の違いや、日本の問題点をどうご覧になっていますか?

福原:日本のシステムは悪い点にばかり目が行きがちですが、まずメリットを挙げると、“一気に一斉に”就職活動をすることで、よほど選ばない限り、結果として大半の人がいずれかの企業には勤められるという点がありますね。それが日本の失業率の低さを支えていると思います。

一方、デメリットはその裏返しで、“一気に一斉に”さまざまな情報をインプットして、すばやく決断をしないといけないので、自分に「合う」企業かどうかを見極めるのが難しいことです。自分では考え抜いたつもりでも、時間が経つとまた違う情報が出てきて「あれ?」ということになる。

加えて、つい横を見てしまい、自分に合うというより周りから評価される会社かどうか、平たくいえば“名の知れた大企業かどうか”に左右されがちです。これは、周囲の目を気にする日本人の気質が裏目に出ている点かもしれません。

福原正大さん

福原正大さん

■欧米は“就職”、日本は“就社”

──たとえばアメリカだと、自分に合うかどうかを十分吟味して会社を選べるんでしょうか?

福原:まず、そもそも新卒一括採用ではなく、通年採用だという仕組みの違いがあります。自分のペースでじっくり情報収集をしたり、また大学院に行きながらインターンをしたりして、どの職・どの会社でやっていけそうかを自分も考え、企業の側も時間をかけて、その人の特性を見極めるという発想が一般的です。

もうひとつ、深いところでベースになっているのは、仕事観の違いでしょう。日本は就職活動といっても「職」を選ぶ意識で臨んでいる人はあまり多くなく、どちらかというと会社を選ぶ、会社に就くという「就社」の意味合いが強いですよね。総合職で入ると、20代のうちは複数部門を経験することが多いと思います。

一方で世界を見ると、大学でかなりの専門性を身に着けるイギリスやドイツ、どちらかというと大学は教養重視で職選びはインターンなどを経て考えるアメリカ、など国ごとにシステムの差はありますが、「どの職に就くか」という意識を皆が高く持っています。

──なるほど。そのあたりは、先ほどの日本人の気質のように、国民性も影響していそうですね。

福原:そうですね。元々、あなたはどう考えるのか、何がしたいのかという「個」を求められる文化が背景にあることも大きいと思います。

ただし、学生も企業もマッチングを重視するあまり、就職も転職も合うところが見つかるまでに時間がかかり、結果的に失業率が高いというデメリットもあります。どんな仕組みも、いい面と悪い面がありますね。

■人事の暗黙知をデータ化する

──今年1月に発行された著書『人工知能×ビッグデータが「人事」を変える』の中で、福原さんは人事という人を扱う部門でのデータ活用の重要性を提示されています。採用や人事におけるビッグデータの活用、それも人工知能を使ってというアイデアは非常に目新しく感じたのですが、マッチングがうまくいかないのは企業の人事部の側にも問題があるとお考えですか?

福原:残念ながら、そうですね。これもメリット・デメリット両面ありますが、日本は非常に人事部の地位が高く、経営と一体になって動きやすいのはいい点です。経営と人事が呼応し、全体最適をつくり得る可能性はある。同時に、ずっと人事を務めている人がいれば、そこに暗黙知も蓄積されていきます。

でも逆に、その人が異動したら、困ってしまいますよね。長く終身雇用の仕組みが続いた日本はそのあたりの危機感が薄いですが、欧米だと人事部長などのポストであっても、常に人が入れ替わる可能性があるのが前提なので、そういうときに備えていちばん重要な、人材の情報がデータ化されています。日本は特にこの点で遅れていて、あらゆる情報が属人的なんです。

──たしかに人事異動を考えても、なぜこの部署に異動するのかといった理由が働く側にはとても分かりづらかったりします。

福原:そう、その説明責任も、日本の人事はうやむやですね。僕ももちろん、データ化すればすべてが解決できるとは思っていませんが、少なくとも人事の暗黙知における可能な部分は形式知にして、個人の適性や個人と企業とのマッチングを科学的に見極めたり、採用時点の情報とその後の人材育成における情報をつなげて異動を検討したりすることには、大きな意義があると思います。

『人工知能×ビッグデータが「人事」を変える』(朝日新聞出版)福原正大、徳岡晃一郎(著)

『人工知能×ビッグデータが「人事」を変える』(朝日新聞出版)福原正大、徳岡晃一郎(著)

■行動特性をシステムで客観的に把握

──人事部の持つ情報をデータ化して分析すれば、個人と企業のマッチングの科学的な見極めや、採用時とその後の情報をつなげて異動を検討することなどができる、というお話がありました。これらは具体的に、どのように実現できるのでしょうか?

福原:たとえば僕の会社、IGSでは2015年に「GROW」という人材マッチングシステムを構築しました。「GROW」では大学生を対象に、他者からの評価に限定して、25種類のコンピテンシーをチェックします。コンピテンシーとは行動特性と訳され、実行力や問題設定・解決力、クリティカル・シンキング力などが代表的ですね。これらのデータと企業に関するデータを人工知能を活用して分析することで、人による判断だと一見「この学生はうちの会社には合わないな」と思う人が実は非常にマッチングが高い、あるいはその逆、といった示唆を得ることができます。

──そのあたりが暗黙知だけで進められていると、個人が活躍する可能性を狭める結果になってしまいそうですね。

福原:そうなんです。採用時とその後、というのも同様です。現状、日本企業では採用チームと入社後の人材育成チームが分断されていることが多いので、その人が継続的にどう成長しているかを科学的に把握できているとは言いがたい。

特に大手企業だと、採用時のABCDランクの評価だけで、その後出世コースに乗れるかそうでないかが決まることも珍しくないですね。実際には、採用時のランクがDでも、その後の環境や上司との相性などによって大きく能力を伸ばす人もたくさんいるので、その手がかりをデータから得られるわけです。

(後編につづく)

<プロフィール>
福原正大(ふくはら・まさひろ)
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、バークレイズ・グローバル・インベスターズを経て、2010年、グローバルリーダーを育成するInstitution for a Global Society(IGS)設立。2015年からはグローバルな人材を育成し企業に紹介する大学生向け事業「GROW」を朝日新聞社と提携して展開。近著に『人工知能×ビックデータが「人事」を変える』(福原正大/徳岡晃一郎 共著)。

<クレジット>
取材・文/高島知子
撮影/村上悦子