岡本圭司さん(プロスノーボーダー、プロスノーボードプロダクションHYWODリーダー、大阪KINGS代表)

岡本圭司さん(プロスノーボーダー、プロスノーボードプロダクションHYWODリーダー、大阪KINGS代表)

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日本を代表するプロスノーボーダーとして活躍すると同時に、プロスノーボードプロダクション「HYWOD」を結成。スノーボードの楽しさを伝え、認知度を上げていく活動に精力的に取り組んでいる岡本圭司さん。2015年、撮影中に脊髄損傷の大怪我を負いながらも、リハビリを経て、もう一度スノーボードができるようになるまで回復を果たしました。岡本さんはなぜ苦しいリハビリを乗り越え、ポジティブに前を向き、走り続けることができるのか。スノーボードに注ぐ情熱と行動力の源泉についてお聞きしました。

■自分がやりたかったのはこれだ!

──岡本さんは20才からスノーボードを始められたとか。ずいぶん遅いスタートのように思えますが、始めたきっかけを教えてください。

岡本:近所に尊敬しているお兄さんがいて、彼が高校や大学在学中、休みになると山にこもってリゾートガイドをやっていたんですね。自分も1回やってみたいと思って長野でバイトをしたときにスノーボードを始めたのが最初です。そこからはまってしまいました。

──もともと、スポーツはいろいろやっていたんですか?

岡本:スピードスケートはジュニアオリンピックに出られるレベルまでやったし、サッカーや野球もやった。中1から高3までは陸上競技で長距離を走っていました。“我慢する系”のスポーツで鍛えられてました(笑)。でも、今にして思えば、あまり楽しくなかった。自分には合ってなかったと思います。

──スノーボードはぴったりご自分に合っていた?

岡本:スノーボードというのは結果を残すというよりも、自分をいかに表現するかというスポーツなんです。この技ができたら何点というんじゃなく、カッコよくできたり、その人らしさが表現できると点数が伸びる。他の人とどれだけ違うことができるかが大事なんです。

スノーボードに出会ったときに、自分がやりたかったのはこれやと感じてからは、朝の8時から夕方の4時までずっと滑ってました。スノーボード自体の歴史がまだ浅いので、どうやったら板がつかめるようになるのか、どうやったら縦回転や高回転ができるようになるのか、教わるよりも、遊びながら試行錯誤してきた。おかげで自分の中で考える能力がつきましたね。スノーボードを通して、僕は本質的にものを考える姿勢を身につけることができたと思います。

■親父との約束はかなわなかったけれど

──大学を出て、就職はされなかったんですか?

岡本:実は3年生のときに普通に就職活動をして、ある会社から内定をもらっていました。でも、親父が1回ぐらい好きなことをやっていいぞと言ってくれたので、就職先の会社に断りを入れて、ニュージーランドに1年行ったんですよ。
向こうで出会ったスノーボードのプロと一緒に滑るようになって、本気でスノーボードで生きていこうと決意を固めました。就職は、好きなことをやるだけやってからでええやん、と思ったんです。

──お父さまはすぐに理解を示された?

岡本:大反対です(笑)。でも一生懸命説得しました。説得の甲斐があって25才までにプロになれなかったら辞めるという条件付きで許してくれました。

──その約束通り、25歳までにプロになれたんですか?

ドイツのフォルクルスノーボードがスポンサーにつき、世界中を撮影して回る岡本さん

岡本:いや、なれてないです(笑)。地区大会では優勝できるのに、全国大会になるといつも運が悪くて、まともに滑れない状況やったんですね。最後の大会も大雨で悲惨な結果になってしまい、滑れない。それで25才までという約束はかなわなかったんですが、ほかの大会では勝ちまくっていたので、スポンサーがつき始めていました。それで親父も認めてくれました。

──ところで、日本にはプロのスノーボーダーはどれくらいいるでしょう?

岡本:定義にもよりますね。JSBA(日本スノーボード協会)に入会して競技者登録をし、全日本選手権で規定順位に入るか、推薦を獲得してPSA ASIA(プロスノーボーダーズ・アソシエーション・アジア)公認のプロトライアルに参加して規定順位以内に入ればプロの資格を得ることはできます。人数でいうと1,000人ぐらいかな。

でも、スノーボーダーだけで生計を立てている人は10人か20人ぐらいしかいません。資格を取っただけでは生活できないんですよ。僕は、フォルクルスノーボードというドイツのブランドから声がかかって、そこのプロのチームに混ざり、海外でシューティング(スノーボードの動画撮影)するようになったので、逆に資格は要らなかった。スノーボードで飯を食っているのがプロというのが僕の定義です。

■コツコツ反復練習し、表現し、みんなで称え合うスノボの魅力

──岡本さんは、スロープスタイル(斜面に設けられたジャンプ台や障害物を滑り、技の難易度や着地の美しさを競い順位を競うショーエンターテイメント性の強い競技)の第一人者だとお聞きしました。

岡本:日本はハーフパイプ(半円の斜面を滑りながら、左右の壁でジャンプを行う競技)が強かったんですが、スロープスタイルは弱かったんですね。僕はひとりでずっとスロープスタイルの大会を回ってて、そのうちだんだんスロープスタイルの評価が高まっていきました。いまではスロープスタイルの人気がかなり高まってますね。

──スノーボードの技はかなりアクロバチックですが、どのようにマスターしていくのか興味があります。

岡本:やはり反復練習です。例えば僕の場合、最初のうち縦回転が怖かったので、まずトランポリンでバック転やバック宙を繰り返しやり、その後、板を履いて縦回転を始め、慣れたところで着地用マットで練習しました。それができたら柔らかいパウダースノーのところでチャレンジします。

──ずいぶんと時間がかかるものなんですね。

岡本:技にもよります。いきなりできることもあれば、何年もできないこともありますよ。僕はフロントサイド(メインスタンスから反時計回りに回る方向)は得意でしたが、バックサイド(メインスタンスから時計回りに回る方向)も極めたいと思って練習を始めました。でも、3年かかりましたね。フロントサイドを突き詰めてやっていたらもっと有名になっていたかもしれません(笑)。ただ、ずっと成績が残せなかった「TOYOTA BIG AIR」の大会で、バックサイドがきれいに決まったことがあったんです。

フロントサイド、バックサイドの体をひねる実演

フロントサイド、バックサイドの体をひねる実演

──猛練習の成果ですね。

岡本:3年間体に覚え込ませていたからか、そのときはどこでやっても転ぶ気がしませんでした。逆にフロントサイドでやっていたら立てていなかったかもしれないです。バックサイドで最後まで行けたのは、国際大会の一番上のランクで入賞したときよりもうれしかったですね。努力は裏切らへんと確信しました。
ただ、スノーボードにおいて技というのは表現なんです。滑りは人を表します。僕の場合は、とにかく楽しそうに滑ると言われますね。多分、そういう人間なんやと思います(笑)。ヒップホップやレゲエが好きな人はそういう風な滑りをするし、ファッションセンスやカルチャーがスタイルに出る。ほかのスポーツとはそこが違います。

──ウインタースポーツの中でも独特ですね。

岡本:ええ。大会に出場したメンバーとの一体感があるのもスノーボードならでは。ジャッジによっても点数が違うし、同じ大会でもコースは毎回違うので、適応能力が問われます。だから、同じ人が勝ち続けるということがない。優勝できないと「今日は俺の日じゃなかった」と言ったりしますね(笑)。そんなに悔しそうじゃないし、逆に優勝したら、みなで胴上げみたいな。笑。

──お話を聞いていると、ジャズセッションのようです。

岡本:そうそう。行く先々でみんなで飲んで移動して、まるで旅行しているみたいな感じ。もっと集中してトレーニングしてメンタルを作り上げて、というスポーツじゃないんですね。ナーバスになると逆に負けることもあります。音楽とも親和性が高くて、音楽もやっているプロスノーボーダーも多いです。アメリカではヒップホップ、ヨーロッパではテクノが普通にスキー場にかかっていますね。だからヨーロッパカルチャーに影響されて僕もテクノを聞きながら滑るようになって、音楽もやるようになった。うちのプロダクションにはDJをやっているメンバーが結構います。スノーボードはスポーツというよりカルチャーなんですよ。

──本当に楽しみながらスノーボードをされていたことが伝わります。でも、2015年には撮影中に大怪我をされました。

岡本:脊髄損傷の怪我でした。事故の後は正直、死にたいと思いました。覚悟を決めてスノーボードで生きてきたのに、それができなくなったらもう生きる意味がない。そう思いました。でも一生車椅子と宣言されながら、立ち直ってなんとか走れるようになった。すごく遅いですけどね(笑)。いまはこの業界で色々面白いことをやっていきたいと意気込んでいます。スノーボード自体も諦めたわけじゃない。もっとやっていきますよ。

──当社では、長期働けなくなった方の収入を保障する就業不能保険を提供しておりますが、以前から、そういったリスクに備えていましたでしょうか?

岡本:僕は幸い、会社を立ち上げて練習場の経営・管理やイベント業務等もしていたので、今回、怪我をしてすぐに収入が途絶えることはなかったのですが、加入していたのは(他社の)生命保険だけでした。僕は日常生活ができる、片足が動かない「障害4級」だったので、その保険の「高度障害」の認定までいかず、結局保険はおりませんでした。

その少し前までは、別の傷害保険にも入っていたのですが、現役を引退したので、もうそこまできついケガは減るなと思って解約していました。今思うと、解約しなければよかったですね(笑)。

(つづく)

<プロフィール>
岡本圭司(おかもと・けいじ)
1982年兵庫県生まれ。20歳からスノーボードを始め、早くから世界基準のTTRの大会に出場。スロープスタイルの第一人者として、ASIAN OPEN7位や、NZ OPEN8位等、好成績をおさめる。世界最高峰の大会「日産X-trail JAM」では日本人最高の5位を獲得したほか、最も会場にインパクトを与えた選手に贈られる「MOST INPRESSIVE RIDER賞」も受賞。プロスノーボードプロダクション「HYWOD」を結成し、若手を育成しているほか、パーク造成、スクール開校、イベント企画も自らがプロデュースしている。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子

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