岡本圭司さん(プロスノーボーダー、プロスノーボードプロダクションHYWODリーダー、大阪KINGS代表)

岡本圭司さん(プロスノーボーダー、プロスノーボードプロダクションHYWODリーダー、大阪KINGS代表)[写真:Kensuke Itahara]

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自分はこれで生きていく──。人生の目標を見つけ、プロスノーボーダーとして活躍していた岡本圭司さんは、2015年、大きな事故に見舞われました。脊髄損傷の大怪我を負い、手術を経て、激痛に苦しめられながらもリハビリを続行。不可能と思われていた足が動き始めました。手術後のつらい時期に彼を支えた周囲の人々、そしてスノーボード業界に対する思い。熱いお話が続きます。(前編はこちら

■大怪我、手術、そしてリハビリ

──2015年に大怪我をされた当時の状況を聞かせてください。

岡本:小さな怪我はこれまでもたくさん経験しています。脱臼骨折や複雑骨折、膝の内側靭帯の損傷など、過去には7回手術を受けました。でも、今回は状況がまったく違いましたね。落ちて腰をぶつけたその瞬間に、もう一生歩けなくなると思った。現場にはカメラマンが2人いましたが、錯乱して彼らに泣き叫んでいたことを覚えています。その後、ヘリが飛んできて、病院に運ばれ、すぐに手術を受けました。

──大変な事態だったんですね。手術の後はいかがでしたか?

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岡本:先生からは一生車椅子生活になると言われましたが、手術をした後、左足だけかすかに動いたんです。ただ、15箇所ぐらい骨折していたので、とにかく痛みがひどかった。背中も痛いし、眠れなくてうなされていたし、睡眠薬があっても眠れないほどでした。そんな中でも、自分としては左足が少し動いたので、絶対動かせるようになるはずだと、ベッドで寝ている間、ずっと動くイメージを持ち続けた。
動かそうとしても動かないので、奥さんにもんでもらったりして、足が動く感覚を得る練習をひたすらやった。そうしたら、怪我をしてから1か月後に、足の親指が反応したんです。先生に「動いてますか?」と聞いたら、「めっちゃ動いている」と言われた(笑)。

──どれほどつらいリハビリだったのか、想像もつきません。

岡本:超能力でコップを動かすみたいな練習です(笑)。動かないものを動かす練習なので、すごくしんどい。トレーニングとは全然違いますね。動かないまま半年が過ぎると症状が固定したとして障害者手帳が発行されます。だから、半年の間にちょっとでも自分の足が動くようにトレーニングして良い状態に持って行こうと考えました。結局、傷ついている部分は動かないので、いまでも足首はもちろん、右足はほぼ動かせません。でも、普通の生活には困らないようにはなりました。

──驚異的な回復ですね。お医者さんは何とおっしゃいましたか?

岡本:「がんばっとんね」と(笑)。それから、「左足が元気なのはラッキーやったな」と言われています。相当練習したので、歩き方もずいぶんとうまくなりました。多少変ですが、ちょっと捻挫した人ぐらいの歩き方にはなった。50メートルのタイムも測っているんですよ。

──走っているんですか?

岡本:最初は50メートル走るのに30秒ぐらいかかりましたが、今日、3か月ぶりに走ったら12.5秒でした。幼稚園か小学校1年生ぐらいの速さにはなった(笑)。どこかでタイムは頭打ちするかもしれませんが、もっとがんばりたいですね。

■周囲の言葉に支えられた

──なぜ、岡本さんはそんなにも前向きにがんばれるのでしょう?

岡本:決意と覚悟かな。みな、勉強しようとかダイエットしようとか決意は簡単にしても、覚悟がないことが多いと思うんですよ。僕は本気でスノーボードで生きていくと覚悟しているので、怪我したからやめようと考えたことはないです。自分が一生打ち込めることに出会えるって、そうはないと思いますから。

──決意を現実のものにするのには覚悟が必要なんですね。

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岡本:そう思います。ただ、正直に言えば、リハビリ中、前向きになれない時期もありました。何回もアップダウンを繰り返してようやく気持ちが安定してきたんです。一時は本当に死にたいと絶望していましたから。これで生きていこうと思えるものを見つけたのに、それができなくなった。生きていても仕方がないと思いました。

でも、家族と仲間が支えてくれたんです。僕のプロスノーボードプロダクションの「HYWOD」にいる若い子がこう言ってくれたんですよ。「ゼロになったから意味がないというのは違うでしょ。もし次雪の上に戻ってもスピードもパワーもないターンかもやけど、これを乗り越えたターンは人生で一番格好いいターンやと思うよ」って。これを聞いたときには心からがんばろうと思いました。

──力強い応援の言葉ですね。

岡本:まだあります。角野友基*がUSオープンの前に電話をかけてきて、「俺、勝ってくるから。勝ったら、ケイジ君の足も動くから見とってや」と言うんですよ。それでね、あいつは本当に優勝したんです。誰もやったことのない技をやって圧倒的に優勝した。勝つでと言って本当に勝った。すごいやつやな、そんなことができるんやと思ったら、くじけている自分はいったい何なんだと、リハビリをがんばろうと思いました。自分はいつも周りの人たちに支えてもらっています。

*「HYWOD」の一員で、ソチ五輪では8位入賞を果たしたプロスノーボーダー。USオープンでは「RIDE FOR KEIJI 」と書きこまれたボードで挑み大会に優勝している

──2016年3月には怪我から1年ぶりに雪上に復帰し、ライディングをされています。感慨深かったのでは?

岡本:そうですね。でも正直言うと、涙が出るような感動じゃなかった。うれしかったのは確かですが、僕の中ではスノーボードは自分の思っていることを表現すること。もっとやりたいのに全然できへん。ちょっとターンできるぐらいじゃ、自分のイメージの中のスノーボードじゃないので、退屈でした(笑)。ただ、仲間といっしょに滑った時には、ああ、戻ってきたなとしんみりしました。

■スノボ業界のIT化を進め、底上げを図りたい

──岡本さんの今後の活動について聞かせてください。

岡本:めっちゃ目標がありますよ。大げさに言うとスノーボードを通じて世の中を変えたいぐらいの気持ちでいます。スノーボード人口は頭打ちで、ピーク時に2,000万人いたのが、いまは700万人程度。落ち込んでいるこの業界を活性化していきたいんですよ。そのために、ほんまもんのプロが集まる大会やツアーを開催してテレビやWebで中継したり、レッスンの質を上げていきたいと思っています。
2016年11月には自分が監修したアプリもリリースしますよ。ゴルフやランニングではけっこうアプリが活用されていますが、スノーボードにはないですからね。

──確かに、ゴルフなら自分のフォームをチェックするアプリがありますし、ランニングでは今日走った距離をシェアしたりする人も多いですね。

岡本:そう。この業界はIT化が少し遅れてる気がするんです。それでは若い子が入ってきてくれない。そこで、GPSを使って居場所を確認して、仲間がどこでどれぐらい滑ったのかチェックできたり、陣取りゲームやスタンプラリーみたいなゲームもできるアプリをリリースする計画です。アプリは、スノボ業界IT化の一環ですね。

■心を鍛えてカッコいい「じいちゃん」に

──業界全体の底上げを考えての行動なんですね。

岡本:他を蹴落とすとかではなく、業界全体を良くして、先頭を走りながら自分たちも利益を得る方法を模索していきたいです。でも、自分自身スノーボードを諦めたわけではないですよ。もっとやりたい。いまからめっちゃ練習したら、下手なプロぐらいの滑りができるんちゃうかなって。
もしこの体でそれができたらカッコいいやないですか。

自分は、スノーボードで人間的に成長できたと思っていましたが、肉体的にパワーアップしていただけで、いざ体がダメージを受けたときには死にたいとまで考えた。体じゃなくて、心を鍛えないとあかん。そういう心境にたどりつきました。
だから、いま心を鍛えているところです。年をとって体が弱くなっても、心がめっちゃ図太くて元気なじいちゃんっていますよね。目指すはその領域です(笑)。

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<プロフィール>
岡本圭司(おかもと・けいじ)
1982年兵庫県生まれ。20歳からスノーボードを始め、早くから世界基準のTTRの大会に出場。スロープスタイルの第一人者として、ASIAN OPEN7位や、NZ OPEN8位等、好成績をおさめる。世界最高峰の大会「日産X-trail JAM」では日本人最高の5位を獲得したほか、最も会場にインパクトを与えた選手に贈られる「MOST INPRESSIVE RIDER賞」も受賞。プロスノーボードプロダクション「HYWOD」を結成し、若手を育成しているほか、パーク造成、スクール開校、イベント企画も自らがプロデュースしている。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子