岡田武史さん(株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長)

岡田武史さん(株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長)

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サッカー日本代表監督として、1998年のW杯フランス大会では初出場を、2010年のアフリカ大会ではベスト16入りを成し遂げ、Jリーグの監督としても、J1、J2それぞれのカテゴリーで優勝経験がある岡田武史さん(60歳)。この日本サッカー界のレジェンドが、いま、四国地域リーグ「FC今治」のオーナーとして日々“経営”と格闘しています。なぜ、監督から経営者に転身したのでしょうか。なぜ、還暦を迎えてもなお、さまざまなことにチャレンジし続けられるのでしょうか。岡田さんに、その胸のうちを伺ってきました。

■監督時代、お客さまに心から感謝をしたことはなかった

──「理想の上司」ランキングに挙げられることが多いことからも分かるように、プロスポーツ監督の仕事の仕方を参考にするビジネスパーソンは多いようです。岡田さんは実際に「監督」から「ビジネスパーソン」に転身されたわけですが、サッカーの監督とクラブの経営者では、仕事の中身は違いますか?

岡田:全然違いますね。サッカーの監督はどこか賞金稼ぎのようなところがあって、うまくいかないことがあったらスパッと辞めればよかったし、自分と自分の家族と数名のコーチの面倒を見ることさえできれば、どんどん働く環境を変えられた。選手に対しても、調子が悪ければレギュラーから外して、新しい選手を起用すればよかった。

ところが、経営者(FC今治の運営会社『今治. 夢スポーツ』の代表取締役会長)となったいまは、そういうわけにはいきません。自分の会社=FC今治から給料をもらって生活している従業員は50人いて、従業員には家族がいる。そんな状況下で無責任に「辞めた」というわけにはいかないし、従業員をクビにするわけにもいかないんです。

監督時代は、すごく重い鉛が背中に乗っていて、それをひとりで支えているような感覚があったけど、経営者になった今は、真綿でジワジワと首を絞められている感覚です。従業員の名前が書かれたアドバルーンが私の首に紐でつなげられていて、それらが一つひとつ上空に上がっていく夢を見たことがあります(笑)。

──先日、岡田さんを追いかけたNHKのドキュメンタリー番組「NEXT 未来のために『岡田監督が社長になった』」を観ました。その番組の中でFC今治の試合を観戦に来たサポーター一人ひとりに「ありがとうございました」と深々と頭を下げる岡田さんの姿が映し出されていて、強く印象に残っています。

岡田:正直言うと、監督時代はお客さんに心から感謝をしたことがなかったんですよ。強いチームをつくって良い試合をする。それが、自分の役割のすべてだと思ってたから。ところが、FC今治を運営する側になって、入場者をひとり増やすことがいかに大変か。お客さんに試合を観戦いただくことがいかにありがたいことかが分かった。

今年の勝負どころの1戦は、さまざまな取り組みをしたこともあって2,300人(開幕戦は1,500人)お客さんが入ったんですけど、満員のスタジアムを見て感動しちゃって(笑)。このとき生まれて初めて、お客さんに心からありがとうと言えました。「お客さんあってのサッカーなんだ」とこの歳にして初めて気付いたんですよ。

──肩書ではなく、心が経営者になった。

岡田:企業って、よく「お客さま、お客さま」と言うじゃない? あれはわざとらしいなと思ってたんだけど、「お客さま」と言う気持ちがよく分かりました。

■J1での優勝がゴールじゃない。社会を変えることが、ゴールだ

元は専門学校だった校舎がFC今治の拠点に。

元は専門学校だった校舎がFC今治の拠点に。

──“経営者”の岡田さんに人のマネジメントについて伺います。サッカー選手であれば「サッカーが好きだ」とか「サッカーがもっと上手くなりたい」という働く上での最低限の動機付けはされている状態です。選手をまとめるのと、動機付けされている人、されていない人がバラバラのビジネスパーソンをまとめるのとでは違いはありませんか?

岡田:幸いFC今治の場合は、私の夢や企業の理念に共感してくれた人たちが働いてくれているから、動機付けは充分されています。ただ、夢には、こういうことを成し遂げたいという「志の夢」と、夢に見合った報酬が欲しいという「モノの夢」があって、前者だけを見せていても、いずれその効力は薄れてしまう。だから、キチンと会社が利益を上げて、「モノの夢」も見せられるようにしたいんです。年収1,000万円以上の従業員がゴロゴロいるようなクラブにしたいし、スポーツビジネスをドリームジョブにしたい。

──「志の夢」と「モノの夢」の両立が、これから今治で実現しようとしていることなんですね。

岡田:育成世代からトップチームまで同じ哲学、同じプレーモデル、同じトレーニング手法(これらノウハウを『岡田メソッド』というパッケージにして今後共有したり、販売したりもする)で運営するクラブ=FC今治をつくり、そこから日本代表選手を輩出することで日本のサッカーそのものを変え、日本代表をワールドカップの常勝チームにすることを目指しています。

現在、今治市内の幼稚園や小学校、高等学校に指導者を派遣・巡回させています。今治市のサッカーの競技人口を増やすのと、今治のサッカーに岡田メソッドを落とし込んでいくことが目的です。そうすることで、FC今治を頂点とした今治市のサッカーのピラミッド構造=今治モデルを完成させようとしています。

私たちのこれらの活動が、FC今治の理念である「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」ことにつながれば、と思っているんです。

──岡田さんはライフワークで環境保護活動や野外体験教育活動に関わっていらっしゃいますが、今治での活動と、すべてがつながっているようです。

岡田:私は、平和で経済的に豊かな時代を生き、3人の子どもを授かった。それで、これから自分の子どもたちにどのような社会を残せるのかと考えてみたら、目の前にあったのは、1,000兆円の財政赤字に年金危機に隣国との緊張関係に環境破壊……負の遺産にまみれた社会。ひとりの父親として、これでいいのだろうか? という思いがあるんです。

ネイティブ・アメリカンの言葉に「地球は子孫から借りているもの」というものがあります。地球はご先祖様じゃなく、未来を生きる子どもたちから借りているものなんだから、壊したり、汚したり、傷つけてはいけないということ。こんな地球を残しちゃいけないと思う。これらのことが、すべての自分の行動の原点なんです。

FC今治の理念にある「物の豊かさより心の豊かさを大切にする」社会とは、GDP(国内総生産)や売り上げなど目に見える資本ではなく、人と人との信頼や関連性など目に見えない資本で経済が動いていく社会。こういう社会をつくるため、そして、未来の子どもたちに良い状態の地球をお返しするために、FC今治の活動も行っているんです。このクラブのスタッフやコーチも、10年後にJ1で優勝するなどというスケールの小さいことではなくて、本気で社会を変えようと思って集まってくれているんです。

■岡田流、従業員の活かし方

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──夢を実現させる場所が、なぜ、今治なのでしょう?

岡田:FC今治には私の先輩がいたということと、経営の自由度が高いということが決め手になりました。実を言うと、Jリーグの中にも「岡田に全権を渡す」と言ってくれたクラブはありました。ただ、同じ哲学、同じプレーモデル、同じトレーニング手法で運営するには、このやり方に合わない実績や経験のあるクラブの指導者やスタッフを外さなくてはならないことも考えられる。そうであれば、10年かかっても1からやれるところが良いと考えてFC今治にしました。覚悟を決めるためと経営の自由度を確保するため、議決権のある株式の過半数を私が取得しています。

──夢の実現のためにも、まずは、FC今治の経営を軌道に乗せる必要があります。ヒト・モノ・カネの経営資源をフル稼働させていらっしゃることと思いますが、それぞれどのようなスタンスで活用されているのでしょう。

岡田:ライフネット生命保険の出口治明会長が「スタートアップ企業の9割は、創業3年以内に倒産する。でも、だからといってチャレンジする人がいなくなったら世の中何も変わらないんだ」と言っていたことがあって、その言葉にすごく感動し、同時に、恐怖心を覚えたんです。このことを話したら、カミさんから「(会社が潰れたときのために)自宅所有者の名義人、半分は私にしてください」と言われました(笑)。

冗談はさておき、それくらい、危機感を持っています。実際スポンサーの維持に失敗したら、いつ潰れてもおかしくありません。ただ、従業員はというと、まだまだ危機感が足りないかな……。正直、いまのFC今治にある“価値”は、岡田武史というネームバリューとクレジットだけで、それらを切り売りしている状態です。現状スポンサー(デロイト、LDH、三菱商事など)も、私しか取ってこられない。だから、従業員は「最後は岡田が何とかするだろう」という意識になってしまっている部分があって、危機意識が薄いんです。

でも、このようなやり方はいつまでも続きません。「俺のクレジットの賞味期限は2年だと思っている。君たちの仕事は、チームを認知してもらって、愛してもらって、チケットやグッズを買ってもらって、それをリピートしてもらうこと。そういうブランドをつくることだ」と伝えています。

──従業員の意識は変わってきましたか?

岡田:最初は、従業員に仕事を任せきれなくて、何でもかんでも私がやろうとしていたところがあって、朝の5時から夜中まで働いていました。でも、それでは身体が持たない。それで私は、代表権のある会長になって、社長を元ゴールドマンサックスの矢野将文に譲ったのです。いまは、週に一度会議を開いて仕事の状況をチェックするくらいで、ある程度、従業員に任せています。少しずつですが、意識が変わってきたという手応えがあります。

■サッカーを劇的に変える「岡田メソッド」とは?

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──ヒトの次は、経営資源のモノについて伺います。FC今治の生産財と言えば、「チーム」と「岡田メソッド」になると思います。双方の魅力のあるなしが、FC今治というクラブの成功には不可欠です。

岡田:1年間経営者をやってきて、モノというのは、値付けと売り出すタイミングがすごく重要だということに気が付きました。もちろん、いま、「岡田メソッド」を売り出したらコアなサッカー人は飛びついてくると思いますよ。ただし、爆発的には売れないでしょう。それは、FC今治のトップチームの魅力がまだまだ足りないからです。もちろん、U-17サッカー日本代表前監督の吉武(博文)が率いるトップチームは、充分結果を出してきています。だけど、もっともっと上を目指して、強くなって、「FC今治のサッカーって凄いよね」って言われるようにならないと、「岡田メソッド」の市場価値は上がらない。だから、そうなるまでは市場に出さないつもりです。

「岡田メソッド」のユーザーは、地域のサッカーチームの指導者をやっているような人、そして、プロのサッカークラブを想定しています。前者には、年会費1万円でタブレットを貸し出してメソッドを閲覧できるようにして、後者にはそれなりの金額で契約していただいて、その代わり指導者を派遣するなどして丁寧にケアします。実際、すでに中国サッカー・スーパーリーグのクラブとは契約していて、それなりのお金はいただいています。スペインのクラブチームとも、契約するかも知れません。そのチームが強くなれば、一気に欧州に広まるでしょう。

──3つ目のカネについて伺います。お金のやりくりは、どうしているんですか?

岡田:月に一度会計事務所が「P/L」と「B/S」を提出してくれるんで、それらの確認と、資金繰りの確認をします。私たちは特異な業態で、入場料を取っていないから春のシーズン開幕前に集めたスポンサーの総額が、そのまま企業の総収入に直結するんです。だから最初、自己資本比率はめちゃくちゃ高い(笑)。というわけで、私はスポンサー集めに奔走し、毎日毎日会食しているんです。

(後編「名監督は、名経営者になれるのでしょうか」につづく )

<プロフィール>
岡田武史(おかだ・たけし)
1956年、大阪府生まれ。大阪府立天王寺高校、早稲田大学でサッカー部に所属。同大学卒業後は古河電気工業に入社してサッカーを続け、サッカー日本代表に選出される。97年に日本代表監督となり、史上初のW杯出場を果たす。その後、Jリーグ横浜・Fマリノスなどで監督を務め、2007年から再び日本代表監督に就任。10年のW杯南アフリカ大会ではベスト16に導く。12年、中国サッカー・スーパーリーグの監督に就任、14年から「FC今治」のオーナーを務める。16年3月、日本サッカー協会(JFA)副会長に就任。

<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
撮影/松本昇大

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