岡田武史さん(株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長)

岡田武史さん(株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長)

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サッカー日本代表監督として、1998年のW杯フランス大会では初出場を、2010年のアフリカ大会ではベスト16入りを成し遂げ、Jリーグの監督としても、J1、J2それぞれのカテゴリーで優勝経験がある岡田武史さん(60歳)。この日本サッカー界のレジェンドが、いま、四国地域リーグ「FC今治」のオーナーとして日々“経営”と格闘しています。なぜ、監督から経営者に転身したのでしょうか。なぜ、還暦を目前にしてもなお、さまざまなことにチャレンジし続けられるのでしょうか。岡田さんに、その胸のうちを伺う、インタビュー企画の後編です。(前編はこちら)

■これが、複合型スマートスタジアム構想だ

──今後ますます予算が増えていくことと思いますが(J1クラブの平均予算は50億円)、スポンサー集めに奔走するだけでは限界があると思います。J1の規定で、15,000人収容できるスタジアムも必要になります。このあたりはどのように対処しようとお考えなのでしょう?

岡田:私たちの夢は、サッカーだけの力でどうにかなるものではありません。スポーツの力を結集し、いろんなアイデアを付加して新しい価値を育んで、今治市の交流人口を増やして今治市そのものが元気にならないとFC今治も元気ではいられない。

そのために、いま、7年後に15,000人収容の複合型のスマートスタジアムをつくる構想が進んでいます。都市公園法に引っかからない範囲で、スタジアム、ホテル、アスリートのトレーニング施設が集まった複合型施設です。この複合施設でサッカーの試合はもちろん、EXILEのダンス教室をやったり、松岡修造さんのテニス教室をやったり、元ヤクルト・スワローズの古田敦也さんと元ラグビー日本代表の平尾誠二さんと私とでリーダーシップ講座をやったりすれば人が集まるんじゃないかと。国も地域再生のモデル事業として注目し始めているので、実現する可能性は充分あるんじゃないかと思うんです。

──なぜ、そんなにもアイデアがぽんぽんと生まれてくるんですか?

岡田:2つあって、ひとつは、人のアイデアのいいとこ取りがうまいこと。もうひとつは、妄想家だから(笑)。監督時代からそうなんだけど、私、誰にでも話を聞きに行けるんですよ。たとえば、Jリーグの試合で面白いプレーをした若者がいると「どうしたら、ああいうプレーができるんだ?」って電話で直接聞いちゃう。プライドがあって聞けない人もいるそうなんだけど、自分は平気。で、「使える」と思ったらどんどん採り入れてしまう。

それと、こういう風になったらいいなあという妄想を語っていると、妄想が妄想を呼んで次々とアイデアが生まれてくることもあるんです。今治市長には「今治を環境先進都市にしましょう!」とかいろいろと妄想を語って迷惑をかけています(笑)。

来年、複合型のスマートスタジアムに先駆けて観客収容人数5,000人の新スタジアムができあがります。場所は、再開発された今治新都市地区です。この間、同エリアにイオンモールができたんですが、私はすぐにイオンモールの本社に行って、「一緒になって集客しませんか?」という話をして、手を組むことが決まりました。サッカーの試合だけを観て帰る場所じゃなく、サッカーも観られるし、買い物もできるし、食事もできる、家族や友達同士で半日過ごせる場所にしたいと思っています。

■南アフリカW杯では、ドイツと決勝戦を戦う予定だった

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──経営者の妄想とビジョンは紙一重ですね。

岡田:妄想癖は監督をしている頃からあったんですよ。私の妄想では、2010年のW杯南アフリカ大会で、決勝に勝ち進んでドイツと戦っていました。試合は、終了間際に岡崎(慎司)のダイビングヘッドで日本代表が追いついて延長戦に入るんだけど、延長戦早々、PKを取られてしまうんです。私から見たら全然PKを取られるプレーじゃないから、審判に文句を言ったんだけど、オーストリア人の審判はどうせ日本人には分からないだろうと思ったのか、ドイツ語で「お前ら極東の人間は黙ってろ!」と言うんです。

私はドイツ語が分かるから、ドイツ語で反論をしたら審判は血相変えて弁明して……でもケンカになりそうになって、選手たちに抑えられて。結局PKは決められて、そのあともう一度同点にするんだけど、最終的に負けちゃうという。

──松下幸之助は「経営はロマンとそろばんだ」と言いましたが、岡田さんの場合は「妄想とリアリズム」ですね。妄想はサッカーチームの選手起用にも活かされるんですか?

岡田:いや、妄想で選手を決めることはありません。論理的にトコトン考えて、最後は座禅で言う「無心」に近い状態になった上で、直感で決めるんです。私の経験からすると、論理と直感どちらを選ぶかということではなくて、どのような状態で決断するかということの方が大事だと思っています。いま、自分はどのような状態なのか、決断できる状態なのか。それを見極めてから、決断をする。難しいことなんだけど、経験を積み重ねていくと、少しずつできるようになるんです。

松下幸之助さんの「ロマンとそろばん」で言うと、もちろん経営にはロマンもそろばんも必要で、要はバランスですよね。ただ私は、ロマンはそろばんを上回らないといけないと思っています。そろばんのためにロマンをやめたら終わりでしょう。

■「型」を習得して初めて「型破り」になれる

──それにしても、一般人であれば老後を考え始める還暦を迎えて、岡田さんを「チャレンジ」へと駆り立てるものは、一体何なのでしょうか?

岡田:このプロジェクトにワクワクしているんですよ。とにかく楽しい。口では「大変だ、大変だ」と言っているけど、面白いから続けられるんです。

──今回のインタビューは、ライフネット生命のウェブメディアで紹介されるのですが、ライフネット生命は国内の保険業界で初めて、生命保険の手数料部分「付加保険料」と原価部分「純保険料」の比率を全面開示した生命保険業界のチャレンジャーとも言えます。いま、日本国民が「保守化」し、挑戦する心を失いかけているように思えるのですが、岡田さんのような「チャレンジスピリット」を持つためにはどのようにしたらいいのでしょう?

岡田:「チャレンジスピリット」を持つ持たないなんて考えずに、とにかく、気になることがあったらやってみろ、としか言えません(笑)。私だって、いま、大きな夢を掲げて事業経営をしているけど、2014年のW杯ブラジル大会の大会期間中、ある有名なスペイン人のコーチと話しをすることがなかったら「チャレンジ」はしていなかっただろうから。

──何を話したんですか?

岡田:そのコーチは「スペインのサッカーにはプレーモデルがあるんだけど日本にはないのか?」と言うんですよ。「どういうことだ?」と思って詳しく話を聞いたら、スペインにはプレーの共通認識に近い「型」があって、それらをキッチリ整理した上で16歳までのプレーヤーに落とし込んでいることが分かった。で、16歳を過ぎたら自由にプレーさせているんです。

ところが、日本は逆です。子どもの頃は自由にサッカーをさせて、16歳くらいから戦術を教える。脳が発達してから「理屈」を教えてしまうものだから、「感覚的な反応」がサッカーは大切なのに、頭で考えてプレーをしてしまうようになるんです。だから日本のサッカー選手は、言われたことはできるけど、驚くような発想がないと言われてしまう。私は以前から日本のサッカーの指導法に疑問を持っていたから、スペイン人コーチの話を聞いて「これだ!」と思って(笑)。世界に通用する「岡田メソッド」をつくって、16歳までに落とし込んで、16歳以降は自由にプレーさせるようなクラブチームをつくろうと思ったんです。そうしたら、チャレンジがもう止まらない(笑)。

■サッカー協会会長は、100%やらない

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──岡田メソッドは、どこまで進んでいるんですか?

岡田:まだ完成してないから公開はできないんだけど、この間、会社の役員会でできたところまで見せたらみんな驚いていましたよ。自分でも面白いと思っています。

たとえば、いま、用語を整理しているんです。「サイドバックって、なんでサイドにいないといけないんだ?」という議論に始まり、「それはサイドバックと呼ぶからじゃないか」ということになり、「じゃあ、サイドバックと呼ぶのをやめよう」となった。サッカーは、言葉がプレーのイメージをつくってしまうことが多いんですよ。ちなみに日本には「縦パス」という言葉は1つしかないけど、スペインには何種類もあるんです。

──結局「サイドバック」は、どういう呼称になったんですか?

岡田:「サイドボランチ」か「アウトサイドボランチ」。どちらかにしようかと話しています。

──現在日本サッカー協会の副会長職にも就かれていますが、会長に就任する可能性はありますか?

岡田:それは、ありません。私には、いま、FC今治を投げ出すことは到底できないから。私がこの事業を始めるにあたり、夢や理念に共感してついてきてくれた人やお金を出してくれた人など、協力してくれた人がたくさんいます。このような人たちを裏切ったら人間ではないし、「売り上げなど目に見える資本ではなく、人と人との信頼や関連性など目に見えない資本で経済が動いていく社会をつくる」というクラブの理念そのものを反故にすることになる。だから、絶対にありません。そのことはサッカー協会にも伝えてあります。

「岡田さんは、サッカー界に恩返ししなくてよいんですか?」と言うサッカー関係者がいます。冗談じゃあない。私は、サッカー界に貸しはあるけど借りがあるとは思いません。1回目は加茂周監督更迭の後を受けて、2回目はイビチャ・オシムが病気で倒れたのを受けて、日本代表が苦しいときに2回も監督を引き受けてワールドカップに出場したんです。マスコミにたたかれまくりながら(笑)。私は恩を返す必要はないから君たちが返しなさい、と言いたいですね。

──この先の目標はありますか?

岡田:クラブの株式の上場を真剣に考え始めました。創業時の社員を含めてFC今治の立ち上げに協力してくれた人たちに恩返しをできないかって思っているんです。上場させて、キャピタルゲインを手にしてもらって、みんなに喜んでもらいたい。そのためには企業価値を100億円くらいまで高めないといけません。やはり「岡田メソッド」の海外展開がキモになるでしょうね。

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<プロフィール>
岡田武史(おかだ・たけし)
1956年、大阪府生まれ。大阪府立天王寺高校、早稲田大学でサッカー部に所属。同大学卒業後は古河電気工業に入社してサッカーを続け、サッカー日本代表に選出される。97年に日本代表監督となり、史上初のW杯出場を果たす。その後、Jリーグ横浜・Fマリノスなどで監督を務め、2007年から再び日本代表監督に就任。10年のW杯南アフリカ大会ではベスト16に導く。12年、中国サッカー・スーパーリーグの監督に就任、14年から「FC今治」のオーナーを務める。16年3月、日本サッカー協会(JFA)副会長に就任。

<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
撮影/松本昇大

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