速水健朗さん(編集者、ライター)

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IT技術が発達し、今後は「場所に縛られない働き方」が主流になるとノマドやテレワークがもてはやされたものの、日本の企業にはまだまだ普及していません。それどころか大手のIT企業の中には、在宅勤務の禁止を決めるところが出てきています。

一方で広がっているのが、会社の近所に住む社員に家賃補助を与える仕組みです。サイバーエージェントやスタートトゥデイ、freeeなど、IT企業が昔の町工場のような「職住近接」を推奨しているのです。それはなぜか?

数々のフィールドワークやデータ分析をもとに、都心の住まい選びの現状を論じた『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』(朝日新書)の著者・速水健朗さんに、都市暮らしの最新事情について聞いたインタビューの後編です。

>前編はこちら

■東京「内」一極集中が進んでいる

──この本の中で、速水さんは「実際に進んでいるのは東京一極集中ではなく、東京『内』一極集中である」と書かれています。

速水:よく地方創生の議論の中で、東京一極集中の問題が指摘されますよね。でも、みんな勘違いしているのは、東京一極集中は戦前から一貫して続いてきたことなんですよ。今、実際に起こっているのは、高度成長期に郊外で増えた人口が、都心の中心に向かって移動しているということ。つまり、都市内での人口移動なんです。しかも、これは先進国に共通する世界的なトレンドです。

僕は本の中で、都心を「皇居から5㎞以内」と定義しています。そう考えて東京を見てみると、池袋や恵比寿も郊外になります。かなり意外に感じるかもしれませんが、そのぐらい見方を変えないと、世界の都市で起こっている変化というのは理解できません。

都市の中心から5㎞という定義は、マンハッタンやパリの規模を参考にしています。これらの街は、ほぼ中心から5㎞圏内という狭いところに住宅も商業施設も集積している。そして、そんな狭いエリアの家賃がものすごく高騰しているんです。

同じことはサンフランシスコにも言えます。もともとはシリコンバレーに代表されるように、都市の周辺に企業が集まって、中心にサンフランシスコがあるというように、アメリカにおけるモータリゼーションの広まりとともに郊外化が進んだ都市でした。

しかし、今のサンフランシスコは中心部の家賃が世界一高い都市になった。自動車によって広がった都市機能が、ぎゅっと中心に向けて収縮しているわけです。この世界的な変化が、東京にも起こっています。

──それが東京「内」での人口移動?

速水:そうです。もともと東京は高度経済成長期に都市機能を外へ分散させながら発展してきました。例えば中心から5㎞圏外の郊外にある西新宿は「副都心」として開発され、同じく5㎞圏外にある品川は「郊外に新幹線が止まるエリア」として開発された。そして、そこから広がる沿線に住宅地が開発されてきたわけです。

しかし、現在の東京では中心部への人口移動が急速に進んでいます。2030年までに人口増加が見込まれる地域のベスト5は中央区、港区、江東区、文京区、千代田区であり、うち江東区以外は5㎞圏内に収まります。東京一極集中と言われているものの、人口減少率でいえば、外周にあたる区は地方自治体の水準とはさほど変わらないというのが実態です(※)。

(※「2012年・東京都区市町村別人口予測」より)

■東京に復活する職住近接

──そうした現象を解き明かすキーワードとして、速水さんは働く場所と住む場所が近くなる「職住近接」を挙げています。

速水:昔の東京の街って、町工場と住宅が隣接していたわけですよ。戦争でほとんどの街がスクラップ・アンド・ビルドされたから、郊外化が進んだのです。一方、戦争でも残った街にはそのまま職住近接の人たちが暮らしていたので、開発ができなかった。それが東京の東側です。

その結果、東京は西高東低の街になり、左半分の地価は新しい街ということで上がって、右半分は古臭いダサい場所と思われ続けてきた。東京が外へ外へと西側に広がったことで「通勤ラッシュ」も生まれました。

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しかし今は、多少家賃が高くても、通勤に時間がかからない都心に住む人が増えています。それはなぜかというと、基本的には都心の地価が安くなったからです。バブルの頃は都心にマンションを作っても投機対象にしかなりませんでした。都心の開発に規制があったことで、たださえ高いマンションが誰も買えない価格になり、東京の人口がドーナツ化したのです。

その反省を踏まえて、東京都は1998年頃から都心部への住宅供給を始めました。そうすることで需要と供給のバランスが取られ、適正な価格に落ち着いた。

もちろん、未だに一般的には高いですが、サンフランシスコやマンハッタンなんかと比べたら、東京は価格上昇がかなり抑えられています。しかも湾岸にタワーマンションをガンガン建てたことで、都心に住みたい人をわりとすんなり吸収することができました。それが職住近接を生んだきっかけですね。

■実は改善されつつある満員電車と渋滞

──長い時間をかけて満員電車に乗るくらいなら、多少は家賃が高くても職場の近くに住みたいという意識の変化も関係していたりするんでしょうか?

速水:もともと満員電車を好きな人なんていないと思いますよ。あくまでも職住近接が進んできたのは、都心住宅の需要と供給の適正なバランスを保てるようになってきたからだと思います。

ところで面白いのは、今の東京は満員電車や渋滞率が劇的に改善されてきています。僕は都心を車で移動することが多いんですが、滅多に遅刻せずにたどり着ける。むしろ電車のほうが思わぬ事故やトラブルで遅れることがあるくらい。

多くの人が勘違いしていますが、都心は人口が増えているのに、通勤の混雑率は反比例するように改善されているんです。かつては朝のラッシュ時は乗車率200%が当たり前でしたが、今はごく一部の路線を除けば、そんなケースはほとんどありません。

──企業の側もフレックス制を導入するなど、通勤ラッシュの解消に取り組んできました。その影響は?

速水:実は社会の側の意識変化がもっとも大きいと思います。みんなが9時に出社するという高度経済成長期のルールを辞める企業が増えたことで、かなり混雑は分散されました。そこに都心への人口移動が重なり、通勤ラッシュが緩和されてきたのだと思います。

■優秀な人材は給料で引き止められない

──会社の近所に住む社員に家賃補助を与える仕組みを導入する企業も増えています。例えば、会社から◯駅以内に住むと家賃補助が出るといった制度が有名ですが、これも通勤ラッシュのストレスを軽減するために始まったと言われています。

速水:当初の目的はそうだったのですが、この仕組みが特にIT企業に広がったのは、通勤以外の理由があります。IT企業といえばノマドや在宅勤務を推奨するイメージがありますが、実際は禁止するケースが増えている。それはテレワークによっていつでもどこでも仕事ができるようにするよりも、オフィスで顔を突き合わせて仕事をしたほうが、社内のコミュニケーションが活性化して、結果として生産性が上がるからだと言われます。

でも身も蓋もないことを言えば、IT系の優秀な人たちって流動性が高いので、会社に引き止めることが難しいんですよ。ましてやノマドなんて推奨したら、会社に愛着を持てないから、いいオファーがあったら他社に行ってしまう。これはアメリカのほうが顕著で、それを防ぐためには「友達がいる企業」にするしかないって結論になったのです。

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どんなに高い給料を提示しても、優秀な人にはさらに高い金額を提示する企業が現れる。そこで引き止める一番の方法は「友達の存在」。会社を辞める理由のほとんどは人間関係なので、会社と仲が良ければ辞めないでしょうという理屈です。

例えば、以前取材したとあるIT企業は、週末に社員が会社で遊んでいます。そのためにみんな会社の近くに住む。仕事と遊びと生活がすべて会社にあるんだから、そりゃ辞めるわけない。優秀な人材を辞めさせないためのわかりやすい方法が、会社の近くに住んでもらうことなんです。

■「女性がひとりで飲める」という街選びの新基準

──さまざまな背景がある中で、職住近接が都心での住まい選びの新基準として広まったわけですね。ちなみに、速水さんから見て注目エリアはどこですか?

速水:谷中・根津・千駄木といった「谷根千」などの山手線の内側、ほかには蔵前人形町といった個性的な飲食店がある東京の東側は面白いですね。若い人にも人気ですし、これからますます人口が増えていくと思います。

僕は「どこがいい街か」を示す新しい指標を考えたいと思っているのですが、そのひとつに、「女性がひとりで飲める街」というのがあると思うんです。

谷根千も人形町も、若者に人気の都心エリアの飲食店を取材してみると、若い女性がひとりでけっこう飲んでいるんですよ。その光景にショックを受けて、都市論のフィールドワークを始めたくらいです。「なんで今どきの女の子は都心の飲み屋でひとりで飲んでいるのか?」ということを探ってみたかった。

──その答えが職住近接であり、インタビュー前編で言及した食住近接の広がりだと。

速水:働くところも住むところも飲みに行くところも、生活圏に収めたい。そういう住まい選びを実現できる環境が整ってきたことで、フットワークの軽い若い人たちが都心に移住し始めた。「都心でひとりで飲んでいる女の子」は、その表れだったと思います。

僕はいい街とは「新陳代謝がある街」だと思います。若い人を惹きつける要素がない街は転入が停滞して、どんどん衰退していく。だから女性がひとりで飲んでいる率を統計的に数えることができたら、おそらく相当に精度の高い、住むべき街を測る指標ができると思っています。

 『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』(朝日新書)


『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』(朝日新書)

<プロフィール>
速水健朗(はやみず・けんろう)
1973年生まれ。ライター、編集者。石川県出身で、コンピューター誌の編集を経て、現在はフリーランスとして活動中。専門分野は都市論、メディア論、ショッピングモール研究、団地研究など。

<クレジット>
取材・文/小山田裕哉
撮影/小島マサヒロ

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