突然ですが、あなたにとって「いい街」の定義とはいったい何でしょう。コンビニやスーパーがたくさんあること? それとも、学校や病院が充実していること? いい街の定義は、街に何を期待するか次第ですし、客観的に「いい街」を定義するのは、なかなか難しそうです。

HOME’S総研所長の島原万丈さんは、まったく新しい街選びの指標を『Sensuous City[官能都市]』という研究レポートにまとめました。そこで重視したのは、単純な便利さやインフラの充実度だけではない、もっと身体が「暮らしていて気持ちいい」と感じる官能性。そこから見えてくる、新しい街選びの基準とは何か? 島原さんに聞きました。

■横丁ブームの一方、古い街の取り壊しが進むジレンマ

──この『Sensuous City』という研究レポートは2015年に発表されました。「官能」という新しい指標によって全国の街の魅力を比べたものですが、どうしてこのような研究を始めたのですか?

『Sensuous City [官能都市] 』ホームページで全文がダウンロード可能

『Sensuous City [官能都市] 』ホームページで全文がダウンロード可能

島原:私たちはずっと、「いい街」とは何か考えてきました。「この街は魅力的だよね」と語るとき、いったい、人々はどのような点に注目して「魅力的だ」と言っているのか。それを客観的な指標にしようとしたのです。

これまでも都市を評価するランキングはいくつもありました。例えば、ある雑誌は毎年、全国の統計データをまとめた「住み良さランキング」という指標を出しています。公的な統計をもとに、それぞれの市が持つ魅力を、「安心度」「利便度」「快適度」「富裕度」「住居水準充実度」の5つの観点に分類して、「いい街」をランキング化しています。

そこで5年連続で1位になっているのが、千葉県印西市です。千葉ニュータウンがあるところですね。これって、かなり意外な結果に感じませんか?

──わかります。ほかの「住みたい街ランキング」では絶対に出てこない街というか。

島原:私はかなり偏っている結果だと思います。というのも、このランキングではいろんな指標が人口との比較で評価されています。人口に対して病院や保育所がどのくらい充実しているかを「安心度」として評価して、「利便度」は人口に対してスーパーなどの面積がどのくらいあるか、「快適度」は公園の面積や新築住宅の比率……というように、要するに、「人口に対して広大な土地と新築住宅がたくさんあって、生活インフラも充実しているのが『いい街』ですよ」と言っているんです。

千葉ニュータウンにケチをつけるつもりはまったくないですが、これでは「安心・安全に暮らせれば人は満足する」と断言しているようで、私は街の魅力を一面からしか見ていないのではないかと感じていました。

──よくニュースになる「住みたい街ランキング」はどうですか? 恵比寿や吉祥寺が1位になるランキングです。

島原:あれは客観的な指標ではなく、人気投票のようなものなので、知名度の大きい街に票が集まりやすいんですよ。私たちが目指したかったのは、人気投票でも、インフラの充実度だけで評価するのでもない、もっと暮らしている人々の“実感”を反映させることができる指標です。

例えば、この研究を始める動機のひとつとなった出来事に、武蔵小山の「暗黒街」という横丁の再開発がありました。駅前にある、小さい店が密集した飲み屋街です。研究レポートの冒頭にも書きましたが、歴史ある横丁で、街の人々の交流のハブにもなっていた。ここが好きだから、武蔵小山に住んでいるという人も多かった場所です。

しかし、この場所は昨年の12月に駅前の再開発によって全店閉店しました。このあとは、複合施設をそなえたタワーマンションが建てられるそうです。街の歴史ある景観がなくなり、利便性ばかりを追求した景色に変わっていく。こうした再開発は今、東京のいたるところでも起こっています。多くの人で賑わう三軒茶屋の「三角地帯」も、取り壊しが決まっているんですよ。

■「実際に暮らしてみてどうか?」を指標に

──巷では「横丁ブーム」と言われているくらいなのに、取り壊すんですか?

島原:そうです。結局、「横丁がなくなるのは嫌だ」と訴えても、「建物が老朽化しているし、地震や火事が起きたらどうするんだ」と言われたら黙るしかない。でも、ちょっと待ってくれと。確かに安心・安全に暮らせる街づくりは大切ですが、そのために横丁をすべてタワーマンションにする必要があるのかと疑問に思うわけです。もっと街の歴史的な資産や住民の実感を大切にした再開発が検討されてもいいはず。でも、そういう議論にはならない。

それはなぜかというと、「横丁がある街の魅力」を客観的に評価する指標がなかったからです。「なんだか寂しい風景だね」と再開発プランに疑問を呈しても、「それはお前の主観的な評価だろう」と言われてしまう。そこで都市の魅力を計る、新しい指標を考えられないものかというのが、この研究の出発点になりました。

──そこで新たな指標としたのが「官能(Sensuous)」という概念ですね。

島原:私たちが目指したのは、街を「動詞」で評価することです。インフラの充実度で評価されるランキングでは、「その街に何がどのくらいあるか」という名詞や数字しか出てこない。でも、住民が「この街はいい街だな」と感じるのは、何か具体的な行動や経験が伴ったときではないでしょうか。

例えば、「ここに引っ越してきたら友人ができた」とか「外食が楽しくなった」といったことがあると、「いい街だな」と感じる。つまり、五感で街を評価しているはず。そこで私たちは、日常生活における関係性と身体性に関わるアクティビティが豊かに経験できる都市を「官能都市」と設定することで、魅力的な都市の条件をあぶり出していくことにしました。

具体的には、「共同体に帰属している」「匿名性がある」「ロマンスがある」「機会がある」「食文化が豊か」「街を感じる」「自然を感じる」「歩ける」の8指標32項目で評価していきました。

──各項目がユニークですよね。例えば、「匿名性がある」の項目には、「平日の昼間から外で酒を飲んだ」といったものがありますし、ほかにも、恋人との出会いや仕事の紹介を評価する項目まであったりします。街の評価指標としては、かなり独特です。

島原:項目はかなり試行錯誤しましたね。ひとつに、都市の魅力というのは、不特定多数の人々が集まって一緒に住むところにあるのではないかと考えました。すると、「そこで暮らす人々の間でどのような関係が生まれているか」という関係性に着目した評価軸が浮かんできます。

もうひとつは、五感での経験ですね。美味しいものが食べられるとか、歩いていて気持ちがいい公園があるとか、そういった「身体性」も街の魅力として考えました。

この「関係性」と「身体性」の両方が充実した街を、私たちは「官能都市」として評価していきました。ざっくりまとめると、いろいろな出会いがあり、五感を満足させてくれる街が、住民の幸福度が高くなる街なのではないかと考えたのです。

■1位が文京区、2位が大阪市北区になった

──その結果として見えてきたのが、研究レポートで報告されている「センシュアス・シティ・ランキング」ですね。

島原:このランキングの最大の特徴は、住んでいる人々に実際に質問しているところにあると思います。各地の住民の人々に、どのくらい満足しているか、幸福に感じているかと聞いているんですね。すると、やはり「官能度」が高い街(身体性と関係性が充実した街)は、住民の幸福度も高いことがわかりました。

『Sensuous City [官能都市] 』(HOME’S総研、2015年)より

『Sensuous City [官能都市] 』(HOME’S総研、2015年)より

──1位・東京都文京区、2位・大阪市北区、3位・武蔵野区……既存のランキングとはかなり違っていますね。

島原:ランキング上位の街は、匿名性や出会いの充実といった「夜の魅力」と、街にコミュニティがあるとか自然が豊かだといった「昼の魅力」の両方を兼ねそなえています。でも、それが現実に暮らしている人々の実感に近いのではないでしょうか。昼間便利に暮らせるだけでは物足りず、夜の街が充実しているだけでも暮らしづらい。昼と夜のどちらの時間でも「いい街」だと感じられる多様性が、都市の魅力ではないかと思います。

■子育て世代は「都心の中古住宅」に注目を

──病院や学校の充実度で街の魅力を計る既存の「住みやすい街ランキング」を活用していたのは、何よりも子育て世代だと思います。子どもがいて、マイホームの購入を検討するような世代の人々は、このセンシュアス・シティ・ランキングをどのように活用すればいいでしょうか?

島原:子育て世代の街選びは、安全性や健全性を重視する傾向があると思います。小さい子どもが事故に遭わないように、あやしい人が近づかないように……といったことをまず考える。でも、そこを重視するあまり、管理が厳しすぎる均質化した街にしてしまうようでは、結果的に子育てにも悪影響なのではないでしょうか。

それよりも、陰影や雑味のある街のほうがより人間的ですし、多様な出会いがある街のほうが、将来の選択が増え、良い結果をもたらすのではないかと思います。そのうえで、私がおすすめしたいのは、このランキング上位にあるような都市で、中古の住宅を探してみることですね。

──しかし、ランキング上位には人気の街もかなりあります。都心の住宅は手が出ないという人は多いのでは?

島原:だから「都心の中古」なのです。都心の空き家問題が議論になっているように、最近はかなりリノベーションの住宅が増えてきています。しかも、今の子育て世代は「何が何でも新築じゃなければ」という感覚も薄れてきている。

新築を前提に家探しをすると、「いくらなら買えるか」という“予算”が基準になって、新築が供給されている地域の中から買える街を探すことになります。でも、最近は若い人であるほど、「どこに暮らしたいか」という“場所”ありきで家探しをする価値観が目立ってきている。リノベーションへの抵抗感も薄れてきていますから、まず住みたい場所の検討をつけて、そこで中古を視野に入れて探してみると、かなり選択の幅は広がりますよ。

──それだけリノベーションは増えていますか?

島原:これから増えることはあっても、減ることはないでしょうね。人口がどんどん都心の中心部に集中してきているのも、中古住宅のリノベーションがそれを促進させている面はあるでしょう。タワーマンションには手が届かないという人も、中古まで視野を広げれば、意外な場所に手頃な物件があるものです。

また、今後はますます夫婦共働きがスタンダードになっていきます。そうなると、郊外のニュータウンから通勤しながらの子育ては現実的に難しくなっていく。職住近接というニーズにも、リノベーションの住宅は応えてくれます。

さらに、これは意外かもしれませんが、都心で中古の住宅は資産価値としても値下がりしづらい。新築というのは築20年くらいまで資産価値が下がる傾向があります。逆に、築20年の中古に15年住んで築35年で売っても、あまり値下がりしないので、さほど損はしないのです。

このように、リノベーション住宅は、資産という観点からも悪くはないのです。ぜひ、子育て世代に検討してほしいですね。

──最後に今、個人的に注目している街を教えてください。

島原:五反田ですね。品川区全体もランキング9位と上位ですが、五反田はこれからもっと伸びる可能性があります。水商売とB級グルメの街といった印象を持っている人も多いでしょうが、それは限られたごく一部で、最近は新しい企業も次々と進出し、個性的な飲食店が増えています。駅前を少し離れれば高級住宅街が広がっています。利便性と居住性と官能性のバランスがいい。“次の目黒”になるのではないかと注目しています。

島原万丈さん

島原万丈さん

<プロフィール>
島原万丈(しまはら・まんじょう)
1989年株式会社リクルート入社、株式会社リクルートリサーチ出向配属。以降、クライアント企業のマーケティングリサーチおよびマーケティング戦略のプランニングに携わる。2004年、結婚情報誌「ゼクシィ」シリーズのマーケティング担当を経て、2005年よりリクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社ネクストHOME’S総研所長に就任。ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活動に従事。2014年『STOCK & RENOVATION 2014』、2015年『Sensuous City [官能都市] 』を発表。

『Sensuous City [官能都市] 』

<クレジット>
取材・文/小山田裕哉