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(前回から読む)

「人・本・旅」──人間が賢くなるために必要なのはこの3つだと僕は思います。

たくさん人と会い、たくさん本を読み、たくさん旅をする(≒現場に行く)ことで人生が豊かになる。大切なお金はそういうことに優先的に使いたいと思います。

J-CAST「ライフネット生命保険 会長 出口治明さんと考える『幸せなお金の使い方』」(2016年8月18日配信)を転載しています

■雪の金閣寺をわが目で

大学時代を振り返ると、「人」に会うのは無料でした。クラスメートと話をするのにお金はかかりませんし、僕の大学ではあまりきちんと出席を取らなかったので、興味をもった講義は勝手にもぐり込んで何でも聞くことができ、偉い先生でも面白い先生でも、いくらでも接することができました。

旅は「現場に行く」と言い換えてもいいかもしれません。自分の目で物事を見て、自ら経験することを広く「旅」ととらえていいでしょう。

たとえば、何かの本を読むと、雪の日の金閣寺はめちゃめちゃきれいだと書いてある。すると、どうしても見たくなります。ある朝、雪が降る。僕は「溶けないうちに」都大路に飛び出し、金閣寺に向かいます。「ああ、これが……」とわが目でその美しさを堪能して大いに満足するわけです。そんな小さな旅を求めて、市電でどれほど京都市中をめぐったことでしょう(自転車は、その頃駐輪場が整備されていなくて、停めるところに苦労したものです)。

1回生の夏休み、僕は1か月をかけて北海道を回りました。きっかけは雑誌で見た日勝峠の写真と記事。十勝平野を一望に見下ろすこの峠に寝転んだら心が癒されるというので、無性に行きたくなって、寝袋をもってひとりで津軽海峡を渡りました。

日勝峠から然別湖へ。湖の対岸には頂が2つ連なる天望山が望め、その山容が朝日を浴びて湖面に映るとまるで「くちびる」のように見えるというので、ぜひとも見たいと思いました。よく見えそうな場所を探して寝袋に入って夜を明かしたらましたが、えらく寒かったことをよく覚えています。

■三次元の場に身を置く

オホーツク海に突き出た野付半島を目指しバスで行くと、途中で降ろされてしまいました。「先端まで行きたい」というと「そんなところ誰も行かないで。何もないところやで」と言われてしまいました。そう言われるとますます行ってみたくなるじゃないですか。何時間も歩きましたよ、寝袋もって。先端にたどり着いたときには、本当に何もないところでしたが、不思議な達成感がありました。バスも来ないようなところに自分は到達したのだと。

本を読むのは面白いし、いろいろな知識を得ることができます。しかし、それだけでは足りなくて、やはり現場を知ること、人に会うことという、三次元の場に身を置く経験も欠くことができないと思います。「人」や「旅」は、食わず嫌いに気づかされるきっかけにもなります。例えばナマコ。最初に食べた人はどうして食べてみようという気になったのでしょうか。おいしいかどうかは食べてみなければ分かりません。生身の人間が好奇心をもって自ら体験しようとする、それが大切なことではないかと思います。

僕は、わりと早い時期に47都道府県のすべてに足を運びました。鹿児島で、磯庭園(仙巌園)のベンチに座るとGパンのおしりが真っ黒になった。

それで「なるほど、桜島の灰が降るということは、こんなに大変なことなのだ」と実感できました。身をもって体験すると、理解のレベルがぐんと上がります。

そういうリアルな経験を積み重ねていくと、鹿児島出身の人と知り合ったときに「鹿児島の灰は大変ですね。僕もおしりが真っ黒になりましたよ」などと話すことができて、自然とより親しく、より深く付き合うことができるようになるのです。(出口治明)

(つづく)

J-CASTで2016年8月18日に配信した原稿を転載しています