写真左:出口治明(ライフネット生命保険 会長)、右:西村琢さん(ソウ・エクスペリエンス代表)

写真左:出口治明(ライフネット生命保険 会長)、右:西村琢さん(ソウ・エクスペリエンス代表)

小さな子どもを職場に連れて行き、大人も子どもも、まじえた中で仕事をする。そんな子連れ出勤を実践しているのが、体験型ギフトを手掛けているソウ・エクスペリエンスです。2年間続けてきた経験を踏まえて、西村琢社長は子連れ出勤を取り入れる会社をもっと増やしたいと、「『子連れ出勤』100社プロジェクト」をスタートしました。社会に一石を投じ続ける西村社長に、ライフネット生命会長の出口治明が子連れ出勤を始めた経緯や意義について鋭く楽しく迫りました。

■子連れ出勤は人間のあるべき姿!?

出口:御社では2年前から子連れ出勤を導入されていますよね。そもそものきっかけは何だったんですか?

西村:いまでこそ社員は50人に増えましたが、まだ10人程度だったときに社員のひとりが妊娠したんです。産休産後に休むのは当然としても、その間、ひとり抜けると影響が大きい。社員の1割ですから。それで、「いやじゃなかったら子連れ出勤しませんか」と勧めたところ、本人も了承してくれた。それが始まりです。

出口:自然に始まったのですね。

西村:ええ。生後数か月の赤ちゃん連れからスタートしましたが、問題はまったくありませんでした。お母さんも周囲も普通に仕事ができた。数か月の赤ちゃんだとほとんど寝ているし、泣いたらおっぱいをあげればいいので楽ですね。2才ぐらいになると歩き回るし、話も伝わらなかったりしますが、問題はあっても工夫次第で解決できることばかりです。だから続けてこられました。

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出口:素晴らしいですね。ホモ・サピエンスは1万2千年前に定住を始める前まで狩猟採集しながらグレートジャーニーをしてきました。人類学者のロビン・ダンバーによれば、人間が安定した社会関係を結ぶことができる人間集団などの数は100人から150人ぐらいとされています。150人の群れには当然赤ちゃんがいるから、みなで働き、みなで子どもを育てないないといけない。御社でやっていることは人間のあるべき姿だと思いますよ。

西村:ありがとうございます。

出口:当たり前のことをやる会社がようやく出てきたということですね。ライフネット生命では、子どもを職場に連れてきてもいいファミリーデーを年に1回設けていて、その日は子どもの横でお父さんお母さんが仕事をしています。あるお父さんに聞いたら、楽しかったから、子どもが翌日もまた会社に行くと言っていたと。子どもが小さいときは、集団保育の方がホモ・サピエンスとしては自然です。

西村:子連れ出勤は普遍性のある良い取り組みだなと思って、昨年から新たに「『子連れ出勤』100社プロジェクト」を始めました。子連れ出勤OKの企業を100社に増やしていくことを目標にしています。でも、本当は1,000社に増えてもおかしくない。僕は、働きたい意欲があるのに働けない人がいる状況が気になるというか、いやなんです。

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出口:御社の取り組みがすごい例として拍手されるのではなく、当たり前として受け入れられるようになるといいですね。

西村:はい。拍手されてもうれしくないです。中小企業から大企業まで、さまざまな会社が子連れ出勤の視察に来てくれますが、そこから先に進まないのが残念ですね。

出口:保険業界も同じです。子育て世代が払っている生命保険料を半分にすることで安心して赤ちゃんを産み育てられる世の中にしたい、という想いからライフネット生命を立ち上げました。そして、業界に先駆けて保険料の内の経費の割合もオープンにしてみました。しかし、8年経ってもどこも追随してこない。ライフネットだからできるとか、出口というおかしな人がいるからできるんだとも言われています。社会常識の壁は厚いです。

■制約があると生産性が上がる

出口:20世紀の始め頃の都市計画は「光り輝く都市」というイメージがありました。大きい道路を縱橫に広げて、ゾーニングで地域を分ける考えですね。働くところ、寝るところが分類されていると一見きれいですが、アメリカのジャーナリストのジェーン・ジェイコブスが「人間はそういう風に作られていない」と強烈に意義を唱えた。道は曲がっていて、住むところもごちゃごちゃなのが本来の姿で、機能で分かれていたら都市が面白くなくなるという主張です。職場も同じ。仕事と子育てをいっしょにした方が生産性も上がるのではないでしょうか。

西村:おっしゃるとおりです。人間はもともと集団で暮らしていましたから、一対一で赤ちゃんのそばにずっといるとストレスになりかねない。僕らの規模の会社では子連れのお母さんを受け入れるといっても、ほんのわずかですが、お母さんたちは働くことで自分を開放できるし、報酬も得られます。自分のことを相対化することもできる。そこに意味があると思っています。また、会社しても労働力を確保しやすいんですね。人材の採用活動は逼迫していますが、お子さんがいる女性の採用は手付かずのようなところがあるので。

出口:子連れでも採用がOKなら働く意欲も増しますよね。一生懸命やろうと思う。

西村:そうなんです。

出口:小さい赤ちゃんを育てているお母さんは早く帰らないといけないので生産性も上がる。弊社でも、そういうお母さんは5時すぎに帰っています。あるお母さんからは「自分はすごく集中して仕事をしているのに、他の人はだらだら仕事をしていて見ていて歯がゆい。社員をもっと叱ってください」と言われたこともありました(笑)。人間は、制約がある方ががんばれますね。

ソウ・エクスペリエンス ウェブサイトより。食、旅、美容、趣味など、5,000を超えるさまざまな体験パックが用意されている

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西村:僕もオフィスを3時か4時くらいに出るようにしています。その方が集中して仕事ができます(笑)。

出口:僕はワークライフバランスという言葉に前から異議を唱えていて、「ライフワークバランス」だと言い続けています。1年は8,760時間。どんなにワーカホリックでも仕事は2,000時間程度です。食べて寝て遊んで子育てをしている時間が全体の7割もあるのですから、ワークではなくライフがホモ・サピエンスの中心です。そのお金を稼ぐために、3割の時間、働いているに過ぎない。「体験ギフト」を贈るという御社のコンセプトも、ライフの部分とワークの部分をいっしょにされている。アイデアとして非常に進んでいると思いました。

西村:ライフとワークの境目は作らない方がいいと思います。ソウ・エクスペリエンスで体験を提供しているのも「遊びから学ぶことが仕事につながるかもしれない」という価値を提案していきたいからです。

■多様性にあふれた環境が人生を豊かにする

出口:御社では特に子連れ出勤は制度化していないと聞きましたが、それはどうしてですか?

西村:きっちりと制度化すると、「子どもを預かってくれるんですね」と、そこだけを目的に入ってくる人がいて、過去に多少失敗したこともありました。子連れ出勤はOKとはいえ、託児をしているわけではないですから、「子どもを連れて来てもいいよ」という微妙なニュアンスを感じ取ってもらいたいんです。だからあえて「制度」とは言っていません。ただ、シフトは決まっていて、お子さんを連れてくる人は11時出勤ですね。

出口:それなら満員電車は回避できますね。お給料はどうなっていますか?

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西村:「みんなと同じお給料だと恐縮する」と申し出る人もいるので、月の労働時間から「みなし世話時間」を差し引いています。打刻した時間の10%か20%です。僕らは気がつかなかったんですが、「その方が気がねせず仕事をやりやすい」という声に対応しました。

出口:いろいろな考えの人がいますからね。社長の頭で考えても絵に描いた餅。意見をもらう都度、その群れにあったやり方を考えていくのがいいですね。制度というのは、社員の声を聞いてどんどん作り直していくものだと思います。

西村:やっていくうちに意外な発見が得られることも多いです。中には子どもはいないけれど、子どもの面倒を見るのは非常に得意という人もいて、面白いです。意外な才能に気づく機会が得られるんですね。事前には予想できないことが起きるのが楽しいです。

出口:ワクワクした経験を提供していくには、多様性にあふれた環境の方がいいですよね。

西村:ええ。いろいろな体験をした方が人生はずっと豊かになる。自分では気が付かなかった能力を見出すきっかけにもなる。そんな機会をどんどん提供していきたいですね。

<プロフィール>
西村琢(にしむら・たく)
1981年東京生まれ。2004年3月、慶應義塾大学経済学部卒業。在学中の2003年に、松下電器産業(現パナソニック)の事業プランコンテストで優勝。出資を受ける権利を得たまま同社に入社。2005年に起業の道を選んで退社。モノではなく、エクスペリエンス(体験)を提供する体験型ギフトの企画・販売を行うソウ・エクスペリエンスを設立、現在に至る。二児の父。
●ソウ・エクスペリエンス

<クレジット>
取材・撮影/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子