豊田剛一郎さん(株式会社メドレー 代表取締役医師)

豊田剛一郎さん(株式会社メドレー 代表取締役医師)

すべての病気を網羅するオンライン病気辞典「MEDLEY」の立ち上げに奔走し、日本の医療改革にも挑む株式会社メドレー代表取締役医師の豊田剛一郎さん。医師を辞めてまでその道を進むのはなぜなのでしょうか? インターネットを使って旧来の業態にイノベーションを起こそうと努める姿勢に、同じような志で始まった当社も改めて身の引き締まるインタビュー後編です。
(前編はこちら)

■「知らずに選ぶ」から「知って選ぶ」時代へ

──豊田さんは「代表取締役医師」という珍しい肩書きをお持ちです。

豊田:よく突っ込まれます(笑)。でも一言で自分の特徴を表せるかなと。私はもともと脳神経外科医として働いていましたが、現場で「このままだと日本の医療が本当に潰れてしまうんじゃないか」と常々思っていました。今は現場の人たちの良心、ハードワークによって何とか潰れずに持ちこたえていますが、何もしなければ時間とともに悪くなっていくことばかりです。競争原理が働いているわけでもなく、改善の余地もない。変えなければいけないことは現場ではみんな分かっているけれども、皆、目の前の患者さんのことで精一杯です。「現場の外から変える必要がある」と思いました。

そんな頃、当時の上司から「医師は経験を積むほど、よくも悪くも十字架を背負う。外に出てチャレンジするなら若いほうがいい」と背中を押されて、医師を辞めることにしました。

──その後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社されていますね。

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豊田:現場の医師だった頃は、年間ほとんど病院にいるような生活をしていました。でも医療は病院関係者だけでなく、企業や政府などにいる多くの人たちが関与しています。それぞれがどういうことを考えているのかを知るために、修行のつもりでマッキンゼーに入って、コンサルタントの仕事をしていました。

──マッキンゼーからメドレーに移ってきたのはなぜですか?

豊田:マッキンゼーでの在職期間は1年5か月ほどでしたが、本当はもっと長くいるつもりでした。なぜ途中で辞めたのかというと、フェイスブックで瀧口(瀧口浩平 株式会社メドレー代表取締役社長)から連絡があったことがきっかけです。彼とは小学校の時に塾が一緒だったこともあって、フェイスブックで繋がって再び連絡を取り始めていました。彼はちょうどメドレーを立ち上げて数年が経っていた時期で、医療に関するやりとりを始めました。そのうち何度も飲むようになり「日本の医療は変わらないといけない」「患者さんに医療のことをもっと知ってもらいたい」と話しているうちに、彼が患者側の目線からメドレーという会社でやりたいことと、私が医師側からやりたいことが一致していると分かって共同代表になったのです。

──日本の医療が抱える問題点はたくさんあるかと思いますが、昔と今とで違うことはありますか?

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豊田:昔はひとつの病気に対して、治療法がひとつあるだけでした。でも今は複数あるのが当たり前で、「治療をしない」という選択肢すらあります。昔はなかった病気が見つかるようになったこともあり、病気の数も増えています。
患者さんはこうした複数の選択肢から最善の治療を選ばないといけないのですが、医療でできることの最大値が必ずしも患者さんやご家族の幸せにとって最善ではないこともあるので、選択がより難しくなっています。

たとえば、手術をしようと思えばできるけれど、成功しても一生目を覚まさないようなリスクがある患者さんの家族が、手術をするかどうかの選択をしないといけないわけです。ところがいきなりそんなことを言われても、家族は気が動転するばかりです。そんな現場を見ているうちに、「患者さんが主体的に選択できる文化を作っていかないと、本当に患者さんとご家族が納得できる医療は実現できない」という思いが強くなっていました。

──医療の世界では、正解は唯一ではないのですね。

豊田:その通りです。「この一線を超えたら病気」といったデジタルな判断もなくはないのですが、医療に正解はないと思っています。正しさというのは人によって違うし、シチュエーションによっても変わってきます。だからこそ、より正確な情報を知って、自分の意志で納得して決められるようになることが大事です。こうした患者さんやご家族の医療リテラシーの向上のためには、信頼できる情報源が不可欠です。こうした存在を目指してオンライン医療事典「MEDLEY」を運営しています。

■日本人とアメリカ人の医療リテラシーに差があるワケ

──豊田さんは米国医師の資格もお持ちですが、日本と海外の医療を比較して見えてくることはありますか?

豊田:私が働いていたアメリカでは、みんなが医療に対してシビアでした。医療訴訟も多いし、年間保険料を自分で決めるシステムになっています。日本だと所得に応じて一定額の健康保険料が徴収されていますが、アメリカだと「自分はこれくらいの医療アクセスをもちたいから、これくらいの医療保険に入る」ということを自分で決めるんです。入っている保険によって行ける病院が違っていて、全米どこの病院にも行ける高額な保険から、いきなり大病院には行けず「何があってもまず近所のここの病院に行きなさい」と決められている安い保険まであります。

約1,500ある病気を網羅したオンライン病気事典。2017年1月時点で500名以上の医師が編集に協力し、内容を日々ブラッシュアップしている

約1,500ある病気を網羅したオンライン病気事典。2017年1月時点で500名以上の医師が編集に協力し、内容を日々ブラッシュアップしている

──医療とどう関わるべきかということを自分自身で考えないといけないんですね。

豊田:そうです。だから国民の医療リテラシーは高いし、病院や薬のCMもバンバン流れています。市場主義だからというのもあるでしょうけど、アメリカの人たちは医療に対する意識をいろいろなところから刺激を受けているわけです。そうすると今度は、「アメリカの病院は金儲けに走りやすいんじゃないか」と思われるかもしれませんが、実はアメリカのプライベートホスピタルは2~3割しかなくて、他は公的な病院や政府のガバナンスが利く病院です。
日本だとその割合が逆です。日本の医療は公的なものとして捉えられている印象がありますが、医療経営に関しては政府のガバナンスが利きにくい。この「ねじれ」が、医療改革を妨げる一因になっています。

──医師のみなさんが医療経営や医療システムを学ぶ場所はどこかにあるのですか?

豊田:ありません。医療費が年間36兆円も使われているということを、研修医の時に初めて知りました。今は40兆円になっていますが、「こんなにお金を使っているのか」と改めて考えさせられました。20万人いる現役の医師の数でそれを割ると、一人2億円も使っている計算になります。調剤などもあるので純粋に1人当たりの医師にかかっているお金というわけではありませんが、「自分たちは1億数千万円分を使う医療をしているんだな」と思いながら仕事をしていました。

■病院に行かない人も患者として受け入れるシステムを作る

──民間の保険会社に期待していることはありますか?

豊田:時代の流れとして、日本の皆保険制度は民間保険も活用する方向に向かうと思います。今の皆保険制度だと、健康に気をつけていて医療費のかからない人たちが、不摂生な人たちを支えている一面もあるからです。もともと日本の皆保険制度は、どんなに気を付けていても誰もがかかりうる結核などの感染症を念頭に置いて作られたものです。みんなが同じリスクを背負っていて、その治療方法も当時は画一的なものだったからこそ、皆保険がよかったのだと思います。でも今は病気が多様化して、生活習慣や意識の差で病気のリスクを変えられる時代です。

たとえばタバコを1日50本吸って肺の病気になった人を公的資金で治療するとなると、吸わない人は複雑な気持ちになるんじゃないでしょうか。セーフティーネットとして皆保険制度があるのはいいことですが、その一歩先の「予防」ということを考えると、皆保険制度はこれからの時代には合わないのではないかと多くの人が感じているはずです。民間の保険会社がそれをうまく解決してくれるといいな、という期待感はあります。

──御社のオンライン診療サービス「CLINICS(クリニクス)」も予防医療につながりそうですね。

オンライン診療のアプリ「CLINICS」を使えば、24時間医療機関に予約ができ、待ち時間ゼロでビデオチャットによる診察が可能。処方箋や薬は自宅に届く

オンライン診療のアプリ「CLINICS」を使えば、24時間医療機関に予約ができ、待ち時間ゼロでビデオチャットによる診察が可能。処方箋や薬は自宅に届く

豊田:CLINICSはビデオチャットで診察を受けられる遠隔医療のサービスで、医療費のオンライン決済、薬や処方箋の配送にも対応しています。遠隔診療の最大のメリットは通院の負担が減るということ。医療の質が高まる面もあると考えていて、すでに禁煙治療において、オンラインを用いた治療の方が、対面のみの治療より禁煙に成功している割合が多いというデータも出ています。

──病院に行く時間がない人でも受診しやすくなるわけですね。医療の世界でイノベーションを起こしていくにも、やはりITは不可欠だと考えますか?

豊田:どの業界もITがインフラとして当たり前のものになっているので、わざわざ「医療×IT」と呼ぶのもどうなのかなとは思いましたが、実際にIT化が遅れている業界なので、私たちもあえてインターネットの力を使っていくことを前面に押し出しています。たとえば、待合室で1時間半も待つというのは異常ですよね。そういった問題も、ITの力を使えば簡単に解決できるはずです。

──新しい切り口はまだまだ見つかりそうですね。今後はどのような方向に進んでいくのですか?

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豊田:まずはMEDLEYをはじめとした医療メディアをしっかりと伸ばして、患者さんの医療リテラシーの向上を目指していきたいと思っています。そのうえで、診療プロセスのダイナミックな変化を起こすために遠隔診療にも力を入れていきます。多くの医師はこれまで、自分のことを「先生」と呼んでくれる人だけを患者として治療していました。生活習慣病などで本当は治療が必要なのに病院に来ない人たちのことは、見て見ぬふりをしてきたのです。そういう人たちも患者として扱うシステムがあったらいいなという思いで始めた遠隔診療は、今では禁煙治療にも波及しています。

当社のシステムを使っている医師たちが活用方法をすごく考えてくれているので、遠隔診療は今後、急速に成長すると思っています。我々の目標は医療全体の改革なので、メディアだけで終わるつもりはないですし、ただの遠隔診療で終わるつもりもありません。

「medley」という英語はもともと、いろいろなものがごちゃ混ぜになっている状態を意味する言葉。いろいろなものをつなぎあわせて医療の問題を解決していくのが私たちの役割です。医療と患者さん、患者であるべき人をつなぐプラットフォームになりたいですね。

<プロフィール> 
豊田剛一郎(とよだ・ごういちろう)
1984年生まれ。医師・米国医師。東京大学医学部卒業後、脳神経外科医として勤務。米国での脳研究成果は国際的学術雑誌の表紙を飾る。日米での医師経験を通じて、日本の医療の将来に対する危機感を強く感じ、医療を変革するために臨床現場を離れることを決意。マッキンゼー・アンド・カンパニーにて主にヘルスケア業界の戦略コンサルティングに従事後、2015年2月より株式会社メドレーの代表取締役医師に就任。オンライン病気事典「MEDLEY」、オンライン診療アプリ「CLINICS」などの医療分野サービスの立ち上げを行う。
●オンライン病気事典MEDLEY
●オンライン診療アプリCLINICS

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