アテネで宝石店に立ち寄った話をしましたが(前回の記事はこちら)、僕は変わった物や珍しい物が売っている店があると、入ってみたくなるのです。手にとって「ほう、こんなにするんだ」と値段を確かめたり。でも、めったに買いません。およそ物には執着がないのです。

J-CAST「ライフネット生命保険 会長 出口治明さんと考える『幸せなお金の使い方』」(2016年10月27日配信)を転載しています

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■旅の写真に混じっていた「見たことのない風景」

30歳のときに腕時計を捨てました。べつに腕時計をしていなくても、日常生活で困ることはほとんどありません。今では、携帯電話で事が足りますし。 若いころは、本と同じようにLPレコードをたくさん買っていて、オーディオにも一時、すごく凝っていました。アンプはこれ、レコード針はこれ、とこだわっていたのですけれど、それも海外赴任を機に本と一緒に売ってしまいました。

かつては旅には必ずカメラを持っていきました。一眼レフの比較的大きなカメラです。交換レンズもいくつかかばんに入っています。土地土地の景色や風物を写真に収め、作品を住んでいた地域の展覧会に出品したりするぐらい入れ込んでいた時期がありました。

アンダルシアのアルハンブラ宮殿に行ったときのことです。数々の建築物、美しい装飾、周囲の風景など、僕は夢中になって撮影しました。日本に帰り、整理してみると2、300枚はあったでしょうか。それらを一点一点見ていると、中に「見たことのない風景」が混じっているのに気づきました。「この写真、どこで撮ったのだろうか」。撮影したことを覚えていないのです。

僕は、はっとしました。「いい写真を撮りたい」という気持ちに囚われ、「見ること」がまったくおろそかになっていたのです。 せっかくはるか遠くの地まで足を運び、歴史的な遺跡を目にして、その美しさに触れるチャンスが存分にあったのに、カメラに気を取られ、十分に味わってはいなかったのです。なんともったいないことでしょう。

僕はそれを機にカメラを捨てました。今の言葉でいえば「断捨離」です。今は旅に出たら、ぼんやり眺めるだけで、そのほうがはるかに楽しい。かばんも軽くなり、気持ちもすごく楽になります。

■人の意見が役に立つんかい

僕は、気の合う仲間とグループ旅行に出かけることも多いのですが、それ以来写真は撮らない、カメラは持たない、物は買わない、という流儀です。

空港で携帯の電源を切り、そこからはひたすらボーっと楽しんでいます。写真なら、だれかが撮ってくれたものを後で分けてもらえばすみます。「二度と来ないんやから」そこでしか見られない光景を目に焼き付け、仲間との交流を大いに楽しめばそれで十分です。

「情報」にもあまり囚われないことです。 何かおいしいものが食べたいな、と思ってホテルの人に聞くと、たいてい「うちのレストランが美味しいですよ!」となるので、「近くの」と改めて聞くと、「じゃあ、こういうところがあるよ」と教えてくれます。ぶらぶら歩いてボーっと町中を見ていたら、なんとなく分かってきます。

地元の人がむすっとした表情で食べている店、何人かでげらげら笑いながら楽しそうに食事をしている店。2軒、3軒と自分の目で確かめているうちに、ここという店が決まります。そうやって入ってみて、多少失敗することがあっても、それはそれでいいじゃないですか。

ガイドブックを頼りにする人もいるでしょうが(ミシュランはさすがに外れが少ないことは認めますが)、僕は「人の意見が役に立つんかい」と鷹揚に構えて旅を楽しむことにしています。

(出口治明)

J-CAST「ライフネット生命保険 会長 出口治明さんと考える『幸せなお金の使い方』」(2016年10月27日配信)を転載しています

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