イトーキ東京イノベーションセンターSYNQAオフィス内の壁面。ストレッチをするための手のポジションにシールが貼ってあり、横にある絵を見ながら仕事の合間にストレッチができる

「バリバリ働く」と聞くと、不健康なイメージが湧く方が多いのではないでしょうか。確かに、長時間のデスクワークやパソコンの利用を毎日続けていると運動不足になりますし、目の疲れや肩こり、首や腰の痛みなどのトラブルが生じます。

オフィス家具を提供するイトーキでは、働き方を工夫して健康活動を促す「Workcise(ワークサイズ)」を提案しています。仕事をしながら健康になるとは、どういうことなのでしょうか。ソリューション開発本部の高原良さんに詳しいお話をうかがいました。

■「長く快適に座り続けられる椅子」は、必ずしも身体にいい椅子ではない?

──「ワークサイズ」とは、一体どんなものなのでしょうか?

高原:ワークサイズとは、「Work(働く)」と「Exercise(健康活動)」を組み合わせた造語です。そもそもExerciseは、自身の健康づくりのために余暇の時間(Ex:エクストラ)を使って行う健康活動を意味しています。この「Ex」の部分を「Work」に置き換えることで、働き方そのものを健康活動にしていくという意味を込めています。

例えば、今まで座って行っていた仕事を立ちながら行うようにすると、座っている時よりも少し消費カロリーが増加し、一定時間立ち仕事を行うと運動不足を補うことができます。また、職場でのコミュニケーションを改善したり、効果的に気分転換を挟むことは心理的なストレスを解消し、こころの健康を維持することにも繋がります。こういった心身の健康にポジティブな効果をもたらす仕事中の行動をワークサイズと呼んでおり、私たちのオフィスでは社員の健康課題を解決するためのさまざまなワークサイズを促す配慮を行っています。

──ワークサイズに取り組まれたきっかけは何だったのでしょうか?

高原良さん(株式会社イトーキ ソリューション開発統括部 健康ソリューション開発室)

高原:取り組みを始めたのは、弊社が2012年にイトーキ東京イノベーションセンター「SYNQA(シンカ)」を開設したタイミングでした。SYNQAはオープンイノベーションを通じて新しい働き方や、それを支えるオフィス環境の在り方を実証実験するための拠点です。当時、自分たちのオフィスの実証実験の中のひとつとして「働きながら健康になるためにはどうしたらいいのだろうか?」というテーマをかかげ、活動を始めました。

会社としてそういった新しい働き方のテーマとして健康を取り上げた背景には、ある記事の存在がありました。それは2010年のニューヨークタイムズ紙に掲載された「Stand Up While You Read This!」という寄稿記事です。「Your chair is your enemy(椅子は敵だ)」という衝撃の書き出しで始まるその記事では、スポーツジムに通っていたりジョギングに励んだりしているような健康的な余暇生活を送っている人でも、日常的に座っている時間が長いと、がんや糖尿病、高血圧などの生活習慣病にかかりやすいことという調査が紹介されていました。

オフィス家具の製造販売、及びオフィス空間提案を行ってきた会社として、「人に優しい製品をつくる」ということは長年、企業使命として掲げていましたが、それまで良い椅子というのは、「長く快適に座り続けられる椅子」と捉えていました。記事を読んでから、いままでの価値観に疑問を抱くようになりました。当然ながら、これまで人間工学的に配慮された製品を開発することで日本人の肩こりや腰痛を減らすことに貢献してきた自負はありましたが、一方で見逃していた価値観があるのではないかと。

働き方やオフィス環境がもたらす健康面への影響をもっと幅広い視点で捉え直すことは、社会的にも重要なテーマだと思いました。そういった課題意識を抱えたタイミングと新しい働き方やオフィスの在り方にチャレンジする場であるSYNQAの開設がタイミング良く重なり、本格的に取り組みを会社として開始しました。

高さが自由に変えられるデスク「toiro」。座らずに立って仕事をするだけでも活動量が増える

■社内でのトライ&エラーから生まれたワークサイズ

──具体的に、どのような取り組みを始めたのでしょうか?

高原:最初に始めたことは、自社の社員を集めて行ったワークショップでした。私たち研究開発部門だけでなく、営業、設計、事務、人事、健康管理室、デザイナー……さまざまな職種、年齢層、役職の約30名の人に、2日間にわたり集まってもらいました。「働く=不健康」という実情を払拭するためにはどうすればいいのか、さまざまな社員の視野で検討する必要があると思ったからです。

集まってもらったメンバーには、1日目は、自身や職場の周りの人が健康についてどんなことで悩んでいるか率直に意見を出し合ってもらいました。2日目は、それを解決するためには何をすればいいのか、具体的な解決策のブレインストーミングを行いました。最終的に、アイデアは大小含めて130ほど出ました。そこから効果や実現可能性から絞り込んでいき、最終的にSYNQAへの実装案としては13のアイデアまで絞り込みを行いました。

これらのアイデアを出す上で、自社のビジネスとしての将来性があるかどうかは度外視しています。純粋に「どうやったらみんなが健康でイキイキと働けるのだろうか?」というところを全員で問い詰めてきました。

──13のアイデアとは、具体的にどのようなものだったのでしょうか?

高原:例えば、廊下に、身長ごとに適正な歩幅のマークを刻みます。身長170cmの人はこの歩幅で歩くと運動効果が高まるというのを視覚的に表現しています。このアイデアはSYNQA開設時に実現して、今でも当社の廊下には歩幅マークがついています。

廊下に貼られた歩幅シール。身長別に異なる目盛りが貼ってあり、これに合わせて歩くと普通に歩くよりも消費カロリーが1.5倍になる

高原:その他にも、ワークショップ中で参加者から「最近スマートフォンを見過ぎて首が凝るようになった」「首のヘルニアを抱えている」といった意見も挙がりました。そこで対策として、当社のリフレッシュコーナーの天井にプロジェクターで鳥がぐるぐると飛んでいるアニメーション映像を投影し、仕事中に上を眺めて首のストレッチができる機会をつくるといった取り組みも行いました。

当然、これらの全てのアイデアがうまくいったわけではありません。天井に鳥の映像を流す試みは社員の反響があったものの、プロジェクターのスイッチをつけたり消したりする手間がかかり、運用上問題のため断念しなければいけなくなりました。

また、プリンターが出力している時間を活用して健康チェックを行ってもらおうと、プリンターの前方の床に体重計を埋め込みましたが、周りの目が気になると女性社員からクレームをいただいたものもあります(笑)。 こうしてトライ&エラーを積み重ねて、効果があって実現性があるワークサイズの仕掛けを開発していったのです。

■「ワークサイズ」をやるかどうか、最後のスイッチは自分で押す

──こうして作り上げたワークサイズについて、お客さまにも提案されているとうかがいましたが、社外の反応はいかがでしたか?

高原:試験的にSYNQAで取り組みを始めた段階から、関心をもっていただく企業はすごく多かったです。移転やリニューアルを計画しているオフィスにワークサイズの考え方を導入したいとか、SYNQAで行っている取り組みを部分的に「そのまま取り入れたい」とお声をいただくこともよくあります。働き手の減少が進むとともに、そのように社員の健康を経営課題として捉え、取り組みを積極的に行う企業は年々増えているように感じています。

「健康」をテーマにした働き方改革のプロジェクトやオフィスづくりをお手伝いさせていただく機会も増えてきたわけですが、最近では私たちが取り組んでいるものだけではなくて、その企業に合ったワークサイズの取り組み方をご提案するようにもなりました。 例えば、ある企業から、「仕事中に体を動かす機会が少なく、社員の体が凝り固まっているようなので、何とかしたい」というご依頼をいただいたことがあります。その際に、リフレッシュルームの自動販売機の前にうんていを設置し、立ち寄った際にぶらさがって柔軟運動ができるように仕掛けをしました。うんていは子どもの頃に誰しもがやったことのある遊具で、目に入ると懐かしさを感じて、ついついぶら下がってしまうようで社員さまから評判の声をいただきました。

ぶら下がれるミーティングスペース「PiOフレーム」。体を伸ばし、立った姿勢から、アイデアをすぐにホワイトボードに書いてシェアできるなど、会議は活性化する

高原:実際にうんていにぶら下がったある社員の方は、想像以上に体力が衰えていて、「ぶら下がるのがやっとだった……」とショックを受けたとか。それがきっかけになって運動を始めた方もいらっしゃったそうです。

ワークサイズを職場で普及させていく上で社員のみなさまが自らの健康に関心を持ち、自発的に実践してもらうことが大切です。施策を一方的に押しつけるだけでは、社員側の納得感を得られずなかなか実践されないことも多いです。

私たちがお客さまのオフィスづくりを手伝わせていただく際に気をつけることは、お客さまの会社や社員のみなさまがどういう課題を抱えていて、なぜその取り組みを行う必要があるのかを丁寧に説明するということです。私たちは健康への道筋を提案し、「よし、やってみよう!」という最後のスイッチは、社員の方々に目的や意図を納得していただいた上で押してもらうことが継続の鍵となります。

社員のみなさまが働いていると、自然に自身の健康に関心を持ち、自発的に健康活動に取り組んでもらえるオフィス環境をもっともっと拡げていきたいですね。

<プロフィール>
高原良(たかはら・りょう)
川崎医療福祉大学健康体育学科、千葉大学大学院デザイン科学専攻卒。大学院在学時に植草学園大学理学療法学科にて非常勤助手として勤務し、2010年に株式会社イトーキに入社。オフィスワーカーの働き方と健康問題に関する研究業務やお客さまの働き方改革、オフィスづくりのコンサルティング業務などに従事。その他に省庁や自治体と連携したセミナーや講演会などを通じて、健康的なオフィス環境の普及啓発にも努める。

<クレジット>
取材・撮影/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/森脇早絵