福士岳歩さん(ソニー株式会社 harmo事業室 ソリューション開発課 統括課長)

ソニーが開発した電子お薬手帳「harmo(ハルモ)」。従来は加盟薬局以外ではこのサービスを利用できませんでしたが、未対応の薬局にかかっている人でもスマホアプリの「ライト会員」になればharmoが使えるようになりました。リリース後としてはどこよりも早いソニーharmo事業室の福士岳歩さん独占インタビュー。お薬手帳を簡単・便利に使いたい人は必見です!
(前編はこちら)

■加盟薬局以外でも使えるようになった新harmo

──harmo加盟薬局が近くにない人でもharmoを利用できる新サービスとはどんなものですか?

福士:2月20日にスマホアプリのバージョンアップを行いました。これにより、近くにharmoの加盟薬局がないという方でも、スマホアプリをダウンロードして「ライト会員」になることで薬の履歴を管理できるようになりました。処方された薬の記録を自分でつけていくことになりますが、一つひとつ薬の名前を手入力するわけではなくアプリで二次元コードを読み取るだけなので難しくありません。このコードは処方箋を渡す際に薬局で「電子お薬手帳用の二次元コードをください」と伝えれば多くの薬局で発行してもらえますよ。

──harmoのカード会員と「ライト会員」では何が違うのですか?

福士:スマホアプリの機能としてはほぼ同じです。家族のお薬履歴をスマホ一台で管理できたり、アラーム機能で飲み忘れを防止したり。データも同じようにサーバーで管理されるので、スマホを紛失したり機種変更したりしてもすぐに新しいスマホ内にデータを復元できます。ただしあらかじめ引き継ぎ用の二次元コードを手元に保管しておく必要があります。

薬局で渡される調剤明細書などに印刷されている二次元コード(QRコード)を読み込むと、本人の情報や処方された薬の内容が見やすく整形されて蓄積される

──自分の住んでいる地域にharmo加盟薬局がない人にとっては嬉しい情報ですね。でもやっぱりICカードでピピッとワンタッチで完結するほうが便利じゃありませんか? 自分がよく行く薬局に「harmo導入してくださいよ」とお願いすればいいですかね?

福士:そう言ってもらえると、加盟薬局が増えて便利になると思います(笑)。これまでは地域の薬剤師会単位で導入されていましたが、今後は個人でもアプリで管理できるようになるので、薬局単位でピンポイントで広がっていく可能性はあるかもしれませんね。

──なぜ、最初からアプリを中心に広げていこうとしながったのでしょう?

福士:harmoの構想を考え始めたのは2008年の終わり頃でした。当時はまだほとんどスマホも普及していなかったので、アプリという発想がもともとなかったのです。2012年になりスマホが普及してくると、利用者からスマホでもお薬手帳を見たいという声が出てきました。これを受けて私達もアプリの開発を始めましたが、あくまでICカードの利用者がより便利になるための補助的な位置づけでした。

──ICカードにこだわるのはなぜですか?

福士:お年寄りの方々が簡単に使えるような仕組みでないと世の中に広く普及することはないと考えたからです。自分の親を想像してみても、スマホのアプリを操作したり、IDとパスワードを入れてログインしたりするのはかなり難しいと思います。ICカードなら電車やバスに乗る感覚でタッチしてもらうだけで医師や薬剤師とスムーズにコミュニケーションが取れます。

逆に情報を見せたくなければタッチしなければよいだけなので、利用者の意思をシンプルな形で反映させることができます。 ならばいっそ保険証をタッチできるようにしてしまおう、と考えて、この技術を応用したシール型のharmoなども試してみましたが、そう簡単にも行かず(笑)現在は誰もが使いやすいカードの形状に落ち着いています。

これらの非接触ICカードの技術はFeliCa(フェリカ)と呼ばれており、私の勤めるソニーが開発したものです。すでに交通系カードや電子マネーなどで広く使われているこの技術で、個人の健康に関わることにも貢献していけるというのは自分たちにとっても喜ばしいことです。

初期の実験で使われていたシール型のFeliCaデバイス。保険証などに貼るとタッチできるようになる画期的なアイデアだったが、保険証の文字が隠れてしまう等の問題もあり、現在は一般的なICカードに落ち着いた

■harmo誕生秘話とharmoのこれから

──そもそも福士さんが「お薬手帳」を電子化しようしたきっかけは何ですか?

福士:私はソニー入社以来、社内の研究所で働いていましたが、30歳の時に体調を崩して謎の微熱が半年くらい続き、病院に通うことになりました。健康優良児だった私はほとんど医者にかかることもなく大人になったので、実はその時になって初めてお薬手帳の存在を知りました。実際に使ってみると、持参するのを忘れて手帳がどんどん増えていったり、一度処方されて副作用のあった薬をまた別の病院でも処方されたりということが重なって、「体がつらい時にこれを自分で管理するのはなかなか厳しいな」と思ったんです。

それから2年ほど経って体調もだいぶよくなった頃、高校の同級生と一緒に飲みに行きました。体調を崩していた頃よく相談に乗ってもらっていた医師の友達に、「当時は病院で薬をいっぱいもらって大変だったよ」と切り出したところ、彼は「こっちも今、薬で大変なんだよ」と言うのです。

当時はジェネリック(後発医薬品)が急激に増えていた頃で、同じ成分の薬が20も30もあって現場の医師たちも混乱していたそうです。 彼は「患者さんが毎日のように見たこともない薬を持ってくるんだよ」とこぼしながら、「お前、ソニーにいるなら何か考えてくれよ」と私に言いました。

今にして思えばそれがきっかけです。飲みの席でやろうと思ったことって、その場のノリで終わって次の日には覚めていますよね。でもこの時は翌日になっても、「よし、作ってやろうじゃないか」という気持ちで高ぶっていたので、すぐに社内で提案しました。

──そこで採用されたのですか?

福士:いいえ。最初は却下されました。ただし、ソニーにはやりたいテーマがあれば就業時間の後に自身で取り組むことを容認する独特の文化があるので、上司の理解も得て、私は午後5時半以降、一人で構想を練っていました。社内外の色々な方の力を借りて、具体的なデモシステムを完成させたことと、川崎市宮前区での実施交渉を成功させたことで、飲み会から2年後の2010年にようやく、会社から正式に開発許可が下りました。その日以降、薬局を訪問する際に交通費の精算ができるようになったのがとてもうれしかったです(笑)。 ──それが今では12万人が利用するサービスとなり、アプリのバージョンアップによって今後はさらに利用者が増えそうですね。

福士:情報が集まれば、そのデータを利用してもう一度世の中に貢献できると考えています。たとえば抗インフルエンザの薬がどこで多く使われているかをプロットすれば、インフルエンザの流行地域をすばやく割り出せます。また震災が起きたときにはその地区でどのような薬が必要とされているのかを把握し、適切な薬の供給活動に役立てることもできます。実際、昨年熊本地震が起きたときには、災害支援活動の参考として統計情報を開示しました。

──今後はどんなサービスを目指していきますか?

福士:ひとくくりに患者、医者、薬剤師といっても色々な考えの人がおり、全ての人に満足してもらえるサービスを目指すと芯のない物になりがちです。私は自身の病気体験から、世の中には何とかして病気を治したいと切望する患者や家族がいて、そして何とかしてそれに応えたいと本気で向き合ってくれる医師や薬剤師がいることを知りました。このような真剣に健康と向き合う人々に、形だけでなく、本当に役に立ったと言ってもらえるサービスを目指していきたいです。

そのためにも、harmoのような患者が中心となった情報共有の方法があるのだということを多くの人に知ってもらい、実際に使ってみてほしいと思っています。harmo事業室のメンバーは、自分達が作ったものがライフスタイルを変え、社会に貢献をしていくことに全員がやりがいを感じて仕事に取り組んでいますので、まずはライト会員を試して頂き、感想を寄せて頂ければ一同励みになります。

<プロフィール>
福士岳歩(ふくし・がくほ)
1975年、千葉県出身。1994年私立開成高校卒業、1998年東京大学理学部情報科学科卒業、2000年同大学院卒業。ソニーに入社後は研究部門に配属され、次世代に求められる信号処理技術の開発や、コンセプトの発案に携わる。2008年よりお薬手帳の利便性を高めるための構想を練り始め、2010年より電子お薬手帳「harmo」の開発を本格的にスタート。現在は創案者としてharmoの新機能開発や普及に携わっている。趣味はピアノ。「本当の結婚式で弾くスーパーマリオ (Super Mario on Real Wedding Ceremony)」と題してYouTubeに投稿した動画の再生回数は270万回を超えている。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナルオンライン編集部
文/香川誠
撮影/村上悦子