植松正太郎さん(G-TAC株式会社 代表取締役社長)

遺伝子情報をもとに、より効果的な医療を提供する──。そんな「ゲノム医療」が今、注目を集めています。しかしニュース等で話題になっていることは知っていても、具体的にどんな医療なのか理解している方は少ないのではないでしょうか。

そこでライフネット生命では、ゲノム・パーソナル医療を推進する「G-TAC株式会社」代表の植松正太郎さんを社内勉強会にお招きし、ゲノム医療の現状について解説いただきました。

■なぜゲノム医療を始めたのか?

私は以前金融×IT系の会社におりまして、医療の知識はほとんどありませんでした。大学も文系ですし、バンドばかりやって勉強は全然しなかったような人間です。

それが2011年に医療情報を提供する会社に転職をしました。製薬会社さんに対してコンサルティングをする企業です。そこでもto Bの仕事が中心だったのですが、ちょっと体を壊してしまいまして、定期的に通院することになったんです。

僕は肌がすぐに荒れてしまう体質なんですけど、たとえばAという病院に行きますよね。するとAという処方箋が出る。それでも治らずに、今度はBという病院に行ってみると、前とは全然違うBという処方箋が出たりする。それを何回繰り返しても治らない。そんな経験、みなさんもありませんか?

お医者さんごとに言っていることが違うわけで、これはちょっとおかしいのではないかと思いました。それで診断の客観的な物差しが必要なのではないかと考え、いろいろと調べてみたんです。すると「ゲノム医療」というものに出会ったんです。これが医療をめぐる問題の解決策になるのではないかと考えたのが、この事業に取り組んだきっかけです。

今でこそゲノムには詳しくなりましたが、あくまでも出発点はみなさんと同じ素人です。だから、専門的なところも比較的にわかりやすくお話できるのではないかと思っています。

■そもそも「ゲノム」って何?

簡単に言うと、ゲノムとは遺伝子のことであり、遺伝子とは生物の体を構成するプログラムみたいなものです。

遺伝情報が集まっているところを総称してDNAと呼びます。ここはアデニン、チミン、グアニン、シトシン(A.T.G.C)という4つの塩基によって構成されています。例えるならプログラミングの言語ですね。人ひとりの細胞ひとつに、A.T.G.Cが約30億個並んでおり、その組み合わせによって遺伝情報がプログラムされているイメージです。本に置き換えると百科事典1万1,500冊分くらいの情報量だといわれています。

しかし、ヒトゲノム(人間の遺伝子)には個人差が0.1%しかありません。それなのに、この勉強会にいる方だけでもこれほどの多様性が生まれているわけです。それはなぜか?

私がよく説明する際に例に出すのが、「たけし ビート きざむ」という文です。こう読むと、ビートたけしさんがノリノリでビートを刻んでいるような印象を受けますよね。でも順番を入れ替えて、「ビート たけし きざむ」としたらどうでしょう? ちょっと猟奇的な感じがあります。ちなみに、賛否両論ある説明です(笑)。

G-TACのイメージ映像より

要するに、これと同じことが1万1500冊の0.1%、つまり15冊分くらいで起こっているわけです。しかも、その入れ替えは百科事典の中のあらゆるところで起こっているので、通して読んだ際の印象はまったく違ったものになる。これが私たちの遺伝子は99.9%同じなのに、個人差が生まれている理由です。

■ゲノムが医療に何をもたらすのか?

そういったゲノムがわかると、医療がどう変わるのか? 今、国の医療費がどんどん増えています。現在でも40兆円を超えていて、10年後には60兆円に達するという試算もあるほどです。

もちろん少子高齢化も原因なのですが、それだけとは言い切れません。実は医療費の3分の1はがんと生活習慣病が占めています。これらの病気は早期発見や事前の予防対策でかなりの割合を防ぐことができるといわれています。つまり、正確に発症リスクを予想し、早期に対策を講じれば、通院期間を減らすことができ、医療費も削減できるというわけです。

ただ冒頭に僕の体験談として説明したように、現状は医師によって診断にバラツキがあることが珍しくありません。そこで診断の客観的な物差しになると期待されているのが、ゲノムなのです。

ゲノム医療が普及すると、個々人の体質に応じた医療が提供できるようになります。よく話題になるのが乳がんですね。35歳~64歳の日本人女性の死因1位が乳がんでして、毎年9万人くらいの方が発症されています(*)。乳がんには遺伝性のものがあり、特定の遺伝子に病的変異があるとかなりの割合で発症してしまいます。ゲノム検査により特定遺伝子の有無を知ることができれば、発症する前から適切な治療ができます。

*国立がん研究センター「がん情報サービス」がん統計より

あるいは、分子標的薬というものもあります。これは分子レベルでがん細胞を狙って作用し、増殖や転移を抑制することができる薬です。現在、抗がん剤の市場規模が世界で約10兆円といわれていますが、すでに半分は分子標的薬によって占められています。

これは疾患のメカニズムを遺伝子レベルで解析することにより開発された薬であり、研究がもっと進めば、個々人の遺伝情報に応じた治療薬が提供できるようになるでしょう。 変わるのはがん治療だけではありません。

みなさんの中には、薬が効きにくいとか、薬を飲むと眠くなってしまう人がいると思います。体の代謝も遺伝子を調べるとわかるので、個々人によって処方箋の量を増やしたり、反対に減らしたりといったことも適切にできるようになります。 こうした医療の個別化、つまりパーソナル医療を提供していきたいというのが、ゲノム医療の目的なのです。

■でも、お高いんでしょう?

確かに、ちょっと前まではとても一般の方が手を出せるような代物ではありませんでした。2003年に終わった「ヒトゲノム計画」(人間の遺伝子情報を解析する国際プロジェクト)では、ひとりのゲノムを解析するだけで、30億ドルがかかったそうです。

しかし近年、急速に技術が進歩しまして、3年前には1日単位の時間で1,000ドルほどで検査ができるようになりました。日本円では10万円ほどですから、かなり現実味を帯びてきましたよね?

さらに衝撃的なことに、今年発表された最新型の装置では、なんと1時間以下、費用も100ドルでゲノムを解析できるようにするとされています。最初は戦艦大和を作るくらいの費用と時間がかかったのに、それから15年で自転車一台分のコストに下がったのです。しかも、これからもっと下がると予想されています。

いよいよ、私たちが接している日常的な医療の現場でも、ゲノム検査が活用できる時代が到来しました。 ただ、日本は欧米に比べると遅れていまして、法整備もまだまだ追いついていないのが現状です。ゲノム医療はデータが充実するほど診断が正確になり、費用も安くなっていくので、私たちはもっと普及させたい。そのためにも、今日はこうしてゲノム医療の基本的なところをお話させていただいているというわけです。

■G-TACは何をしているか?

最後に、G-TACという会社が何をしているのか説明させていただきます。私たちは「ゲノム医療版のアマゾンを目指す」と言っているのですが、要するに、ゲノム・パーソナル医療のプラットフォームを提供しています。 私たちのWEBプラットフォーム上に主要なゲノム関連の検査キットが並べてあり、それを必ず医師を介して一般の人に提供するというビジネスです。

重要なところは、「必ず医師を介して提供する」という点です。 よくある「自宅でできる遺伝子検査キット」と何が違うのかというと、そもそもお医者さんを介さないと、医療情報の提供や診療はできません。あくまでも参考程度のことしかわからないのです。

また、結果に応じた具体的なアドバイスが付帯されていないので、行動改善には繋がりにくいとされています。実際、臨床的有用性が示されているエビデンスが無かったりします。

G-TACのスタッフと

さっきからゲノムゲノムと言ってきたわけですが、みなさんの健康はゲノムだけで左右されるわけではありません。疾患によって差がありまして、例えば緑内障ですと、9割くらいは遺伝的要因で発症しますが、肺がんや胃がんは2、3割ほどです。逆に言うと、肺がんや胃がんの8割くらいは生活習慣が発症原因になっているわけです。

だからゲノム検査がすべてを教えてくれるわけではなく、大切なのは、その検査結果を正しく解釈することにあります。それは一般の方にはわかりませんし、間違った解釈をして、間違った治療をしてしまったら元も子もありません。だから医師を介する必要があるわけです。

また、遺伝子検査の結果は自分だけの問題でもありません。親から受け継いだものですし、子どもに受け継がれるものでもある。だから検査結果は慎重に取り扱わなければならないという倫理的な問題もあります。 テクノロジーの発展だけでは限界があります。お医者さんたちのフォローがあって、初めてゲノム検査は有益なものになる。それを提供し、ゲノム・パーソナル医療をこの国に根付かせていきたい。それが私たちの想いなのです。

<プロフィール>
植松正太郎(うえまつ・しょうたろう)
2007年学習院大学卒業後、SBIホールディングス株式会社に入社。社長直轄部隊として営業・経営企画・人事・マーケティングといった一連の業務に従事したのち、2011年にエムスリー株式会社へ。主力事業である「MR君」を活用した製薬会社向けマーケティング支援サービスを行う傍ら、Web講演会やMR向け支援ツールといった新サービスの立ち上げ・運営に従事。2014年3月よりエムスリー傘下の「エムキューブ」の立ち上げに関与し、取締役として経営に参画。2015年8月G-TAC株式会社を設立。
●G-TAC株式会社

<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナル オンライン編集部