新しい市場の創出に挑む起業家に特化したコワーキングスペースを運営しながら、大企業のコンサルティングも手がけ、起業家のスキルを会社員が身に付けるプロセス研究に取り組んでいるチーム・ゼロイチの赤木優理さん。蓄積してきた豊富なナレッジから「会社員が起業家に学ぶべき3つのこと」をご紹介いただきます!
(「「会社員かつ起業家」が日本と企業を元気にする!?──チーム・ゼロイチ 赤木優理さん」はこちら)
■学ぶべき①「本当にやりたいこと」なら、時間は捻出できる
先天的・後天的な理由により、起業家の思考や行動パターンは会社員とは大きく異なります。従って、会社員が起業家マインドを手に入れることは非常に難しい。では何から手をつければいいのでしょう。
赤木さんは言います。
「会社員は新規事業を開発しようとするとき、こう考えるんですね。イノベーションを起こそうにも本業が忙しくて時間が取れない、お金がないから事業開発できない、事業アイディアはマーケットを重視すべきだと。でも、起業家から学べばこれらはすべて思い込みでしかないと気づくでしょう」
会社員としての仕事が忙しいから事業開発に時間をさくことができない。この「時間的なハードル」に対して参考になるのが、起業家たちの働きぶりです。寝る間を惜しんで起業家が仕事に没頭できる理由は何か。赤木さんは言います。
「強烈にやりたいことがあるからですよ。つまり、マイミッションがある。『44田寮』に入っている起業家に『そんなに働いてつらくないの?』と聞くと、みな口をそろえて『まったく苦しくない。楽しいです』と言うんですね。それは、彼らがやりたいことをやっているから。仕事ではなく自分のやりたいことに取り組んでいる感覚なんです。だから睡眠時間2、3時間でも1年くらいは平気で働き続けられる。『むしろ寝る間が惜しい』と彼らは言います。
ところが会社員に『本当にやりたいこと、人生をかけてやりたいことは何か?』と聞くと、答えられない人が非常に多い。起業や事業開発には興味があっても、没頭できるマイミッションが見つかっていない。だから時間を作れないんです」
何としても成し遂げたいマイミッションがあれば、人は必ずそのために時間を捻出しようとする。その好例が起業家たち。時間のハードルを超えるために必要なのは“マイミッションの発見”です。
■学ぶべき②「想い」で人を巻き込むスカウト力
事業開発予算が少ない。だから新規事業が生み出せない。こうした金銭的ハードルも、起業家たちを見習えば乗り越えられます。その例として赤木さんが挙げるのが、『44田寮』OBのSchoo(スクー)。「インターネット学習を起点にひとりひとりの人生を豊かなものにして、『人類の変革』を主導していきたい」というビジョンを掲げ、事業を拡大しているStartUpです。
「彼らが『44田寮』に来たときに、『プログラミングはできるの?』と聞いたら『できない』。デザインもカメラもなくて資本金は30万円でした。投資家の出資も受けないというし、どうするのかと思ったら、自分たちの起業への想いを語って、googleやyahooのスパーエンジニアなど沢山のボランティアスタッフを巻き込んで、お金をかけずにプロトタイプ開発をガンガン進めるんです。
僕はこれを“スカウト力”と言っているのですが、巻き込まれたボランティアスタッフに『なんで無償で協力しようと思ったのか?』とヒアリングすると、『自分自身も共感できる、世界を変えるようなサービスを自分の手で創ってみたかった。勤務先では中々チャンスがない』と言うんです。給料は会社からたくさんもらっているから、無償でもいいと。
つまり起業家はやりたいことはあるのに実現できなくてモヤモヤしているボランティアスタッフに、金銭的報酬ではなく、心理的報酬を提供して味方になってもらうわけです」
ミッション達成のために邁進する起業家たちの周囲には、金銭的報酬には目もくれず、心理的報酬のためだけに積極的に力を貸すサポーターが少なくありません。パッションには多くの人を巻き込む力がある。“スカウト力”があれば、金銭的なハードルはクリアできるのです。
■学ぶべき③ひとりの顧客を発見し、顧客教育でスケールする
3つめの起業家から学ぶべきこととして、「マス(大多数)ではなく、ひとりの顧客にフォーカスすべき」と赤木さんは指摘します。
「イノベーションを起こすには未成熟なマーケットを相手にしないといけません。そこで必要なのは“一人の顧客理論”。一人の顧客を発見して、顧客教育を施していくことです」
人が、新しい商品やサービスにお金を払ってくれる顧客となるには、「不安」→「問題」→「課題」という3つの階層を経る必要があると赤木さんは言います。「不安」のステージでは、人はただ不安を感じているだけ。自分の不安が何に起因しているのかが分かっていない状態。「問題」のステージは「不安」よりは問題点が明確になっているものの、まだまだ解決するイメージが持ててない状態で購買アクションはまだしない。人は「課題」のフェーズ、つまり自身の問題を解決するには、この課題から取り組めば良いという事が分かるようになって(解像度が細かくなって)初めて、サービスにお金を払う顧客になりうる、と説明します。
「一人の顧客とは『課題』フェーズにある人。最終的には、この一人の顧客がお金を払ってくれるサービスを見つけることが大事です。そのためには、まず一人の顧客がどこにいるのかを探し出し、彼らに対してプロトタイプなどで課金できるか否かを検証するのです。
ただ、『課題』フェーズに落ちている一人の顧客たちの数は非常に少ない。それだけではスモールビジネスにはなっても、会社の目指す売上規模には届きません。だから、その後に『問題』フェーズの人たちを顧客教育し、『課題』フェーズに落とす。ここでようやくマーケットを創出することができる。
大事なのは、数が多いからといって、初めから『不安』や『問題』フェーズにいる人たちを相手にしてはいけないということ。『不安』や『問題』フェーズにいる人たちはお金を払う準備のできてない人です。彼らの求めることを提供してあげても収益が生まれません。新規事業はあくまでも事業です。お金を稼ぐ所にフォーカスをしないと事業としては成功しないのです。
これがマス(大多数)ではなく、ひとりの顧客にフォーカスすべき理由です。」
■一人の顧客とはあなた自身だ
新規事業をスケールするには、「顧客への3階層」と「顧客教育」の理解が必須です。新規事業の担当者が、「ユーザーは増えるのに、マネタイズが上手く行かない」と嘆く声をよく聞きませんか? これは、お金を払う準備のできていない「不安」「問題」フェーズの人を対象に事業設計してしまうからです。目先の人数の多さ(マーケットがありそう)に騙されてはいけないということです。
では、未成熟なマーケットでの一人の顧客を見つけるにはどうしたらいいのでしょうか。この問いに対しては、「リーンスタートアップ」や「デザイン思考」など色々な手法がありますので、自分に最適なものを探していただく必要がありますが、我々チーム・ゼロイチがオススメしているのは、「一人の顧客=あなた自身」というものです。つまり、自分がお金を払いたいと思える何かを見つけ、プロトタイプを作り、「課題』フェーズにいる他の人がそこに対価を払うかどうかを検証するというやり方です。
「こうした起業家のスキルは訓練をすれば会社員にも備わって来ます。最適な訓練をすればスキルは覚醒します。やっていないからわからないだけ。会社の中でゼロから立ち上げるプロセスの経験がある人は少数派ですからね。だからまずやってみればいい。自分にできるかな、ではなくて、面白そうならまずやってみることです」
起業家ナレッジを使いこなし、ゼロから新事業を生み出すハイブリッド型会社員 “ゼロイチ会社員”を輩出して、「会社員かつ起業家」という働き方を当たり前にしたい──。赤木さんの挑戦は続きます。
<プロフィール>
赤木優理(あかぎ・ゆうり)
1978年生まれ。京都出身、京都大学工学部建築学科 卒。不動産ベンチャーを経て、日本を変える起業家を育てたいと2011年からコワーキングスペース『StartUp44田(よしだ)寮』を運営。2014年からは、社内で挑戦しにくい「ブルーオーシャン型事業創造」に会社員が社外で挑戦できる『チーム・ゼロイチ』を設立。会社員に最適なアクセラレートプログラム・イノベーション力の成長を可視化する独自測定システムなどを提供している。『チーム・ゼロイチ』は2015年10月に法人化。現在、株式会社チーム・ゼロイチとして数々の大手企業に導入展開中。
●チーム・ゼロイチ
<クレジット>
取材・撮影/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子