20代が相対的に貧しいという日本の現状を変える一つのポイントは、同一労働同一賃金制の導入です。それによって年齢と仕事が切り離され、元気にあふれ体力のある若い世代はぐんと有利になります。

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J-CAST「ライフネット生命保険 会長 出口治明さんと考える『幸せなお金の使い方』」(2017年1月26日配信)を転載しています

■政府が「定年廃止」と決めれば

これまでの年功序列賃金制の下では、若い職員がどれほど優秀な成果を上げても、たとえば5年経たないと係長になれない。給与もそれほど上がらない。逆に成果を上げなくても5年経てば係長になれる。年功序列制は人の働きを成果ではなく、組織への忠誠度で測るシステムです。「職場を愛している」「日曜も職場に来て働いている」そういう人が評価されるので、結果的に長時間労働につながります。変革が求められるゆえんです。

同一労働同一賃金はどのようにして実現されるのでしょうか。

僕は「定年の廃止」が突破口になると思います。政府が定年廃止を決めれば、大企業はすぐに年功序列賃金を変えるでしょう。定年を前提とした賃金体系が成り立たなくなり、企業側に、同一労働同一賃金制に変えようとするインセンティブが働くからです。それによって成果を上げるほど賃金が上がる。若い人にとっては魅力的な環境が整うと思います。

大学卒業者の採用も変わると思います。

これまでの工場モデルでは、一括採用の青田買いで成績を見ず、若くて素直で協調性があり、文句を言わず長時間働くことをいとわない人材が、使いやすくて重宝されてきました。とがった能力や個性は、求められませんでした。

職場に入って、「自分はこの仕事に向いていないのでは」と疑問をもつと、すかさず先輩が「お前、よく考えてみろ。好きな仕事で飯が食えるか。つらくて嫌な仕事だからこそお金がもらえるんじゃないか」と説教をする。言われてみれば、そう思えてくる。我慢して働けば10年で所得が倍になる。子どもが養える。それが工場モデルで平均年率7%の高度成長が続いた20世紀後半の時代でした。

しかし、アイデアを競うサービス産業が中心の社会になれば、そうはいきません。勉強が必要です。日本以外の国では、成績採用が当たり前です。大学院で学んだマスター、ドクターが評価され、ダブルマスター、ダブルドクターも珍しくありません。勉強をすれば自然と賢くなります。アイデアも出やすくなります。同一労働同一賃金制が導入され、企業が成績優秀な学生を奪い合う採用形態に変われば、学生はおのずと勉強するようになります。

■「大成功が失敗の母」とは皮肉

バブル崩壊までの日本は、すべてがうまく回っていました。東西冷戦下、日本は米国のすねをかじる形で繊維、鉄鋼、自動車、半導体産業を育て、人口が増えることで国内市場は拡大し、工場モデルで輸出を伸ばしました。労働者は「飯、風呂、寝る」で黙々と働けば給与は右肩上がりで伸びる。しかも10年で所得が倍になる。天国のような境遇を味わいました。  

それがいまや一変。冷戦は終わり、人口は減り始め、サービス産業への移行で工場モデルは役に立たなくなりました。いわば「大成功が失敗の母」という皮肉なことになってしまいました。

社会のしくみが変わった現在、どんどんアイデアを出す若い人たちにきちんと賃金を払うために、あるいは「もう帰るのか」という上司をなくすために、たとえば残業禁止を法制化するなどの思い切った措置を取ることが必要だと思います。日本人は、法律をつくれば順守しますから。

結局、日本は戦後の恵まれた環境に過剰に適応したために、その環境の激変で生存が危うくなった恐竜のようなものです。はたしてわれわれは危機にあることをどれだけ自覚しているでしょうか。定年廃止、成績採用、残業禁止といった思い切った施策を行うことによって、同一労働同一賃金を実現する方向へ舵を切ることが求められていると思います。

(出口治明)