谷島雄一郎さん(ダカラコソクリエイト 発起人・世話人)

「2人に1人が生涯でがんになる(国立がん研究センター資料より)」と言われているほど、がんは身近な病気です。ところが、実際に自分や大切な人がかかる可能性を考えたことのある方は、それほど多くはないのではないでしょうか。実際にがんを発症すると、患者にしか分からない悩みや苦しみが生まれます。時には、生きる希望を見失うこともあります。

「ダカラコソクリエイト」は、がん経験を新しい価値に変えて社会に活かすとことをテーマにしたプロジェクト。若年特有の悩みを抱える働く世代のがん経験者たちが、そんな自分たち「ダカラコソ」できることを模索し、形にしようと活動しています。発起人の谷島雄一郎さんは、「GIST(消化管間質腫瘍)」と呼ばれる、発症率が年間に10万人に1~2人くらいとされる稀少がんの患者であり、今も治療を続けられています。私たちは、がんとどのように向き合っていけば良いのでしょうか。谷島さんに詳しくお話をうかがいました。

■稀少がんと判明。ほとんどの患者が効果を示す薬が効かず、絶望した

谷島さんがGISTにかかっていることが発覚したのは、2012年7月でした。

日頃は会社員として働く谷島さん。がん経験者の経験と感覚を生かして社会課題を解決しようと「ダカラコソクリエイト」を立ち上げ

GISTとは、胃や小腸(大腸、食道はまれ)など、消化管の壁にできる転移、再発を起こす悪性腫瘍の一種(肉腫)で、粘膜から発生する胃がんや大腸がんとは異なる性質を示す稀少がんです。谷島さんはその中でも特に珍しい食道に発症しました。

GISTの治療では、基本的には手術が最も有効とされますが、切除ができない場合や再発のリスクが高いと判断される場合は、分子標的薬を用いた薬物療法を行います。第一選択薬であるイマチニブは、延命効果が高いことが臨床試験の結果として報告され、データによっては約9割の患者さんに何等かの効果が認められます。谷島さんも大きな期待を寄せていました。

ところが谷島さんのがんには、この薬が効きにくいことが判明しました。

「がんを宣告された時よりも、イマチニブが効かないと分かった時の方が、絶望感がありました。さらにショックを受けたのが、肺への転移が見つかったことです。転移があり、イマチニブも効かないとなると予後は非常に厳しくなります」

現在、谷島さんは、新たな転移が出た段階で外科的な治療を行い、進行を遅らせながら、治験にも参加するなど、ほかの有効な治療法を探っています。

がんが発症してから5年。治療を進めていく上で、さまざまな悩みが生まれました。中でも最も負担だったのは、心身が辛い中、情報収集から治療法や病院の選択まで、すべて患者側でやらなければならないことでした。

「治療にあたり、たくさんのセカンドオピニオンを受けました。そこで分かったのは、GISTという稀少がんに関しては、医師の知識や経験に大きな差があるということです。後から『こうしておけばよかった』と思うのが一番辛いこと。後悔しないためにも複数の意見を聞いて、自分で判断しました。時間の余裕がない場合もありますから、必ずしもセカンドオピニオンを受けた方がいいとは言えませんが、私の場合は何人もの医師に相談し病気についての知識を身に着けていったことが、後悔のない選択につながっていると感じています」

当然のことながら、がん治療は実生活にも影響を及ぼしました。治療をしながら会社員として働き続けていた谷島さんは、ベースの給与はそれほど変わらなかったものの、人生においても、仕事のキャリアにおいても先の見通しが立てられなくなってしまったのです。そして、通院や治療に伴う入院で会社を休む日も増えました。

「まず手を打たなければと思ったのは、家族の生活の安定です。医療保険にも大いに助けられましたが、これから僕に何かあった時のために、妻にも働いてもらうことにしました。今のところ、経済的な支障はありませんが、『こんなはずじゃなかった』という悔しさはすごくあります」

■がん経験者の視点で社会に貢献する「ダカラコソクリエイト」

経験から得た知識とアイデアがあふれ出てくる谷島さん

谷島さんが「ダカラコソクリエイト」を立ち上げたのは、闘病開始から3年後のこと。食道の全摘、肺の一部切除といった手術をしたものの、1年後に再発してしまったのです。標準治療の効果も見られず、エビデンスのある治療法は全てやり尽くしてしまいました。

治療にはベストを尽くしてきた。自分なりに勉強し、何人もの専門医との繋がりをつくり、治験にも挑戦した。これだけがんばっても報われないのか。そんな怒りや悔しさが、谷島さんを奮い立たせました。

「その時、治療ばかりに囚われた人生は嫌だと思いました。がんに囚われる人生じゃなくて、自分の大切な人たちが生きていく未来に何かを残したいと思ったのです」

そこで谷島さんは、がん患者の会などの活動に参加し始めます。自分と同年齢の患者たちは、どのような悩みを抱えているのか。がん経験に価値を与えることはできないだろうか。

「やはり、働き盛りという大事な時期に罹患すると、多くのものを失います。子どもが産めなくなったり、仕事を失ったり、結婚や恋愛でつまずいたり。周囲に理解してもらえず、傷つくケースも少なくありません。みんな、孤独感と自分の価値を見失う苦悩に苛まれているのです」

谷島さんも同じ気持ちだったと言います。でも、だからこそ、今生きていることに感謝して、「社会のために何かしたい」と思っている人たちが多いことが分かりました。

■がん患者が周囲から言われて嬉しかったことをLINEスタンプにした

では、どのような形で社会に貢献すればいいのか。谷島さんは、長い間感じていた2つの問題について考え始めました。1つは、既存のがん関連の活動に参加しているのは、医療関係者やすでにがんに関心の深い人たちばかりで、これからがんになるかもしれない一般の人は参加しにくい傾向があるということ。もう1つは、がん治療とはいかに余命を伸ばすかということではなく、いかにして付き合い続けながら自分の人生を生きていくかという視点が必要ということです。

これらの問題は、医療分野の人たちだけでは解決できません。医療者は、「サバイバーシップ(がんサバイバーの生活術)」の重要性を謳いながらも、本領はあくまで病気の治療。やはりそこは、医療以外の業種と連携して取り組まなければならない課題なのです。

そんな中、谷島さんは大阪大学人間科学研究科の平井啓准教授と出会います。平井准教授の専門は、がんに罹った人の心理状況を研究する「精神腫瘍学」。志を共にした2人は、がん患者など心理的問題を抱えた人たちに用いられる心理療法である『問題解決療法』と、イノベーションを生み出すマネジメント手法『デザイン思考』をベースにしたワークショップを開くことにしました。

具体的には、次のようなものです。まず「がんとの闘病やその後の社会生活の中で感じた課題や問題」について出し合います。周りから心ない言葉をかけられたとか、治療の悩みや、メディアの偏向的な報道など、あらゆる問題が出てきます。

次に、関連する問題を分類して構造化していきます。どういうテーマに分かれているのか、本質的な問題は何か、といったことを話し合います。

さらに問題を掘り下げます。この問題についてどう解決していけばいいのか、具体的な策を考えます。その中から有効な解決策を選んで実行し、最後に結果を評価するのです。

このフレームワークの中で、ユニークな試みが実現しました。2016年10月、サバイバーたちが周囲の人たちからかけてもらってうれしかった言葉を集めたLINEスランプ「癒し忍法 ニャ助とパ次郎」をリリースしたのです。

ダカラコソクリエイトメンバーが編み出したLINEスタンプ「癒し忍法ニャ助とパ次郎」。ひとつひとつに心温まるエピソードや思いが込められている

「がん患者は、周囲からの言葉に傷つけられることが多々あります。例えば、『大丈夫だよ』という言葉。患者を励ますつもりでも、患者側は『何を根拠に? 他人事だと思って!』となってしまうことがあります。もちろん、誰も患者を傷つけるつもりはないはずです。ただ何を言えばいいのか分からないだけ。だったら、それに対する解決策は、サバイバーたちが言われてうれしかった言葉をシェアすることではないかと思ったのです。それはきっとがんに限らず、大切な人に寄り添いたいけれど、かける言葉が見つからない、そんな世の中全ての人の役に立つはず、と」

どういう手法で広めればいいかを考えて、多くの人に気軽に使ってもらえるLINEスタンプに決めました。

LINEスタンプのほかにも、がん経験者「だからこそ」の視点をもったさまざまなアイデアが動き出しているようです。

「自分がどう生きたいのか。何を大切にしたいのか。がんと向き合うためには、必ずその問題と向き合わなければならないのです」と語る谷島さん。がんになっても病気に囚われず、自分の生きたい人生を生きて欲しいという想いから、今後もユニークなアイデアをどんどん実現していきたいと意欲を燃やしています。

<プロフィール>
谷島雄一郎(やじま・ゆういちろう)
1977年生まれ。会社員。長女が誕生した2012年7月にがん(食道原発GIST)が見つかり、現在も治療中。15年9月に「がん経験を新しい価値に変えて社会に活かす」をテーマにしたソーシャルデザインプロジェクト「ダカラコソクリエイト」を始動。働く世代のがん経験者約30名とともに、大学や企業と連携しながら活動している。
●ダカラコソクリエイト

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/森脇早絵
撮影/横田達也

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