山田敏夫さん(ライフスタイルアクセント株式会社 代表取締役)

日本のアパレル業界はいま瀕死の状態だと言われています。アパレル製品の国内生産比率は1990年に50%あったのが、現在はわずか3%。深刻な売上不振と利益率の低下、下請け構造の固定化により職人は誇りを失い、活気が失われた業界からは若い働き手も遠のいています。

低迷するアパレル業界で脚光をあびているブランドが、優れた技術を持つ国内工場と提携し工場直結型で商品を販売するアパレルブランド・ファクトリエです。「日本のものづくりから世界に通用するブランドをつくろう」と山田敏夫さんが立ち上げたブランドは、業界の悪循環に楔を打ち込み、革新をもたらしました。山田さんを駆り立てているものとは何なのか?目指すゴールはどこにあるのでしょう。パッションにあふれたお話をお聞きしました。

■日本には本物のブランドがない!?

工場の名前入りの商品タグを付けた商品をネットだけで販売する。原価はすべて公開し、販売価格は工場が決定。工場の取り分は5割を確保。業界の常識を覆す数々の大胆な仕組みを取り入れ、国内外で多くのファンを獲得しているファクトリエを立ち上げた山田さんは熊本で生まれ育ちました。

ファクトリエのジーンズ。タグには工場名が記載されている。手間を惜しまない、ていねいな仕事が詰め込まれているジーンズは、裏の縫い目まで美しい

「実家は、1917年創業の熊本の老舗婦人服店。学生時代、部活がない日は店番をして接客もしていました。地方の婦人服専門店は単価が高いものしか売れません。結果的に、店には日本製の良いモノだけが揃っていました」

手を伸ばせばいつでもクオリティが高い美しい素材と仕立の日本製の洋服がそこにある──。恵まれた環境で山田さんの豊かな感性が育まれていきます。

大学在学中にフランスへ留学したとき、人生の転機が訪れました。グッチ・パリ店に勤務するという貴重な経験を得たのです。

「といっても働きたくて働いたわけじゃない。パリの空港へ到着して市内へ行く地下鉄の中でスリに財布もパスポートもすられてしまい、働かざるを得ない状況に追い込まれたんです(笑)。観光案内所へ行って『働きたい』と申し出ても当然のように断られたので、『仕事をしたい』と30社ぐらいに応募しました。そのうちのひとつがグッチです」

在庫整理からスタートし、やがて店頭でラッピング作業を担当するようになった山田さんは、あるとき同僚たちから衝撃的な言葉をかけられました。

「日本には本物のブランドがない」
「日本には、織りや染めの歴史が300年〜400年もあるのに、なぜそれを使わないのか」
「アメリカは歴史が浅いからわかるが、歴史がある日本がそれを使わないのは不思議だ」

山田さんが覚醒した瞬間でした。

■本当のブランドはモノづくりからしか生まれない

ライフネット生命の社内勉強会で、社長の岩瀬と

当時を山田さんはこう振り返ります。

「僕は大学の商学部で、ブランドを作るにはコミュニケーションを作ることが重要であると学びました。著名人に着てもらい、ブログを書いてもらって知名度を上げていく。それがブランドビジネスだと思っていましたが、本場ではそうじゃないんですね。エルメスはフランス国内に3,000人の職人がいて、ブランドを象徴するバッグは1週間に2個しか作れない。でもそれがブランドなんです。本当のブランドはモノづくりからしか生まれないことを痛感しました」

日本に本物のブランドがないのなら自分が作ろう。日本のモノづくりから世界に通用するブランドを始めよう。若干20才の山田さんは決意を固め、大学卒業後、まずは経営を知るためにソフトバンク・ヒューマンキャピタルに入社。4年後、ファッションの世界に飛び込み、fashionwalker.comに転職しました。

ファッション業界で起業するための基礎を固めた後、2012年に50万円の資本金で設立したのが、ファクトリエの母体であるライフスタイルアクセントです。

しかし、創業当初は茨の道が続きました。

「クラウドファンディングで資金を集めてシャツを作りましたが、そう簡単には売れません。最低ロットは400枚。僕が住んでいた6畳ひと間に13箱分の在庫を置くと、もう寝るスペースがない。窓も遮られて、売れて在庫が減ると、ようやく隙間から陽の光が入ってくる(笑)。あまり考えずに均等に9サイズも作ったので、一番ニーズの少ないLLサイズは残ったままでした。」

創業から2年半、社員は山田さんただひとり。ただし、周囲には力強い応援団の存在がありました。山田さんの思いに共感し、夢を共有する7人の仲間たちのボランティアによるサポートを受けながら、提携する工場を少しずつ増やし、ラインアップを拡大していきます。

■“アパレル界のタブー”に挑み、600の工場を訪ね歩く

提携先の工場を探すため、山田さんは創業から1年間で200以上の縫製工場を訪ねて回りました。その数は増え続け、これまでに足を運んだ工場の数は全国600軒におよびます。

ホームページを開設している工場などほとんどないため、現地で探すしか方法がありません。山田さんはその土地に行ってはタウンページを開いて工場の電話番号を確認し、工場を訪問しました。愚直なまでにその繰り返しです。

「ウェブ上にない情報は資産ですね。僕たちの強みです。足を使ってそこまでした人はいませんから」

これまでアパレル業界では生産している工場名を明かすことはタブーでした。しかし、ファクトリエでは現在、50の工場と連携し、すべての製品に「ファクトリエ by ◯◯」と工場名を入れています。

価格設定も常識を覆す内容です。アパレル製品の平均原価率は10〜20%。工場出荷額の約5倍で小売をするのが一般的ですが、山田さんは「希望小売価格」ではなく、「希望工場価格」を導入しました。工場が価格を決め、その倍の価格で小売をしています。

つまり原価率は50%。技術があり、なおかつ手抜きをしない工場を厳選した上で山田さんは工場にこう働きかけました。

「自分たちの名前が出るから一番いいシャツを作りましょうと訴えました。原価5,000円のシャツは百貨店だと上代2万5,000円になるけれど、僕らは1万円で売る。でも目的は安く売ることではなく、あなた方の技術を売ることだ。流通を変え、お客様は通常流通の半額ぐらいで買えて、工場も適切な利益を確保できるようにしたいと申し出たんです」

この仕組みは工場の意識を変えていきます。当初、デザインエッセンスはファクトリエですべて考案していましたが、「人気のECサイトでいま売れているトップ5はこうだ」「近くの百貨店をリサーチすると価格はこれくらいだった」と、工場側も主体的に商品企画に参加するようになったのです。

芽生えた主体性は活気を呼び、人材採用にもプラスの効果をもたらしています。ファクトリエと提携する50の工場は平均で1人以上の新卒採用を実現できているそうです。負のループからプラスのループへ。力がありながらも報われず、陽の光が当たらなかった製造現場はかつての誇りを取り戻し、徐々に変革を遂げています。

ファクトリエのサイトでは、製品がどのように作られているか、工場の仕事が紹介されている

(後編につづく)

<プロフィール>
山田敏夫(やまだ・としお)
1982年生まれ。熊本県熊本市出身。創業100年の老舗婦人服店の息子として育つ。大学在学中にフランスへ留学し、グッチ・パリ店で勤務する経験を得る。一流のものづくり、商品へのこだわりやプロ意識を学んだ後、帰国。大学卒業後、ソフトバンク系列のソフトバンク・ヒューマンキャピタルに就職。4年勤務した後、fashionwalker.comに転職。2012年1月に、工場直結型のジャパンブランド「ファクトリエ」を展開するライフスタイルアクセント株式会社を設立。
●Factelier(ファクトリエ)

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/横田達也

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