畠中雅子さん(ファイナンシャルプランナー)

安心して老後生活を送るには一体いくら必要なのでしょうか。雑誌の特集では「3000万円は必要」、「5000万円あれば安心」など、高額な費用が必要といった見出しが躍ります。果たして将来そんな大金を用意できるのだろうかと、若い人たちの間で老後への不安が高まっています。

老後への準備はいつ、どのように始めればいいのでしょうか。『貯金1000万円以下でも老後は暮らせる!』(すばる舎)の著者、ファイナンシャルプランナー(FP)の畠中雅子さんにズバリうかがいました。

■「老後破産」する人の特徴は?

──ご著書の冒頭で、「老後破産」という言葉とともに老後生活への不安が広がっていると指摘されています。非常にインパクトのある言葉ですが、そもそも老後破産とはどのような状態のことをいうのでしょう?

畠中:少なくとも平均寿命まで生きると仮定して、その年齢まで貯蓄が持たない状態をいいます。一般的に「貯蓄の少ない人」が老後破産しやすいと思われがちですが、決してそういうことではありません。貯蓄が少なくても、年金生活での赤字が少なく平均寿命くらいまで貯蓄が持ちそうなら、老後破産とはいいません。

逆に貯蓄がどんなに多くても、赤字が膨らんで途中で貯蓄が底をついてしまえば老後破産です。「自分の貯蓄が減るペース」を知らないがために実際にそうなる人もいます。

──老後の資金対策として、これまでは「お金を貯めよう」という視点が多かったと思いますが、畠中さんはそこをあまり強調していませんね。

畠中:多くの人が「老後にはいくら必要なのか」という必要総額のことを気にしていますが、その根拠を知ろうとしません。老後に必要な金額は、「年間の赤字額×余命」で決まります。年齢や生活スタイルでその額は変わるので、一概に「いくら必要」ということは言えないはずなのに、3000万円や5000万円が必要といわれるとそれが正解だと思ってしてしまう人が多いのです。

実際、私のところに相談に来られる方の中にも、必要資金を見積もると1000万円で十分なのに、メディアの情報に振り回されて「でも5000万円ないとやっていけませんよね」と不安になる方がいます。

■20代は老後の心配よりも「やりたいこと」をやるべし

──今はネット検索をすれば簡単に調べものができますが、答えのないものに対してまで答えを求めてしまう傾向があるのかもしれません。特に、若い人たちの間に広がる老後不安について、畠中さんはどのように感じられますか?

畠中:今後も年金の受給開始年齢引き上げなど、若い世代にしわ寄せが行くことは確実で、彼らの不公平感は強まっています。私がFPになった25年前は、普通に働いていれば老後を心配する必要はありませんでした。当時は年金と失業保険給付を両方受給している人もいて、働いていないのに年収500万円くらいの高齢者がいらっしゃいました。そのうえ多額の退職金も受け取っています。

でも今は時代がガラリと変わりました。少子高齢化に伴い、年金制度が先細りしていることもあって、普通に働いているだけでは老後の準備としては足りなくなっています。

──老後の準備は何歳くらいから始めたらよいのでしょうか?

畠中:20代から老後資金を貯めている人もいますが、老後資金を意識しすぎて今の生活を楽しめなくなっては本末転倒です。20代のうちは、20代にしかできないことをやったほうがいいと思います。30代も40代も同じです。その時しかできないことをやらずに、あとで後悔しても仕方ありません。

FPの私がなぜこんなことを言うのかというと、50歳を過ぎて大きな病気を患う友人が増えて、亡くなった友人もいるからです。彼女たちは、「いつか旅行に」とお金を貯めていたにもかかわらず、病気で行けない状況になってしまった。そして病床から、「旅行は行ける時に行ったほうがいいよ」と私に助言してくれたのです。

それから私は、「自分に10年後があるかどうかなんて、誰も確約してくれているわけじゃないんだ。今やりたいことをやっておこう」と思うようになりました。ただそれがちょっと極端で、今年はすでに7回も海外旅行に行って、観光列車には11本乗りました(笑)。老後資金に話を戻せば、自分が今やりたいことをやりながら粛々と準備していくのがいいと思います。準備を始める時期としては、40歳という年齢がひとつの目安となります。

──なぜ40歳なのですか?

畠中:一般的に、子どもの教育資金がかかってくる頃だからです。老後資金と教育資金はつながっていて、きちんと教育資金の手立がないと老後資金の準備にも失敗してしまいます。教育資金が足りずに子どもの進学や就職にも悪影響を及ぼしてしまうと、その子どもが働かずに家にひきこもることもあり得ます。そうなると老後資金などと言っていられないので、自分の老後を心配するよりまず、子どもがきちんと独り立ちすることを優先しないといけません。

──教育資金の手立てというのは、どのように?

畠中:そのひとつが学資保険です。私はITバブルの頃、学資保険に入ることをすすめていましたが、当時は「運用で増やす」という考え方が主流だったため、「学資保険をすすめているバカなFPがいる」とネット上で書かれてしまったこともあります。でも結局ITバブルは崩壊し、運用に頼っていた人たちは失敗してしまった。今、奨学金を借りる人がとても増えているのは、学資保険に未加入だったご家族の多かった時期のお子さんたちだというのも一理あるかと思っています。

結局世の中でブームになっていることは、入り口だけが説明されて、その結論がどうなるかまでは語られないということです。

──今のトレンドだけでなく、長期的な視点が必要なんですね。

畠中:
その通りです。40歳の時点ではまだ老後の生活も想像できないと思いますが、教育資金で失敗しなければ老後資金は残ります。だから粛々と、教育資金の手立てをしながら老後資金を積み立てられるだけ積み立てる。

そして50歳になったら「ねんきん定期便」に「もらえる年金額」が具体的に記載されるようになるので、最初に述べた「年間の赤字額」とあわせて年金生活の予算立てをします。それに合わせた生活にシフトしていけば、そう簡単には老後破産に至りません。

──「それに合わせた生活」というと、やはり今より生活レベルを下げなければならないということでしょうか。

畠中:一概にそうとも言い切れません。というのも最近の若い人たちは、昔の若者よりも生活コストが下がっているからです。教育資金や住宅ローンを除けば、年金だけでも十分に暮らせるということに気づいていない人も多い。

ただし最近はマイホームを持たない人が増えているので、賃貸物件に住む人の家賃コストを将来的にどうするかという問題がこれから大きくなると思います。生活費に家賃を含めると、年金支給額だけでは足りない人も多いでしょうから。

あとは、都会で車を持っている人は車を手放すことも覚悟しないといけません。地方で車が必需品という人も、家族の車の合計台数を減らす、近場は自転車で移動してガソリン代を節約するといった努力が必要になるでしょうね。

■保険の見直しもすべき?

──「固定費の節約」という意味では、当然「保険の見直し」も?

畠中:貯蓄型の保険は予定利率が高いものもあるので見直し方は難しいですが、掛け捨ての保険は同じ保障内容で保険料が安くなるのであればすぐに入り直したほうがいいでしょう。ただし、見直しは必要でも「保険が要らない」ということにはなりません。

貯蓄がない人はまず、「自分のお葬式代を出せるのか」という問題があります。ご遺族の身になって考えれば、適度にお金を残さないといけません。子どもがいるのならなおさらです。

親が資産家だというごく一部の恵まれた人を除けば、ほぼすべての人に生命保険は必要です。時間をかけて熟考していると、入る時期を逃してしまうので、割り切ったほうがいいでしょうね。死亡保障は亡くなった時にしか威力を発揮しないので、なかなかその良さを実感できませんが、たくさんの人が実際に保険に助けられています。「保険は亡くならないともらえないからもったいない」のではなく、「もらわなかった人は幸せでしたね」という話。どっちに転んでも損するものではありません。

もうひとつ言うと、保険という商品のメリットは「時間を買える」ということです。保険に入らずに片働きのパパが亡くなった場合、ママはすぐに仕事を見つけて働きに出ないといけない。「遺族年金があるから大丈夫」という人もいますが、遺族年金はもらえるまでに時間がかかるので、数か月の間とても困ることになります。1億円の保険が必要とは言いません。ママの気持ちを立て直す時間、パパがいなくて寂しい子どものそばに1年くらいいてあげられる時間。そのための時間をお金で買うのが保険だと思います。

また、「専業主婦のママの死亡保障は必要ない」という方もいるかもしれませんが、家族で保険に入る優先順位として、パパの死亡保障、パパとママの医療保障に続いてママの死亡保障が大切です。重い病気にかかると、若い人ほど「助かりたい」という気持ちが強く、お金に糸目をつけずに治療をします。そのため、もし亡くなってしまった場合に、貯蓄が底をつき、借金を残してしまう人も少なくありません。女性の死亡保障も1000万円くらいであればとても安く入れるので、家族に対するママの責任としても入っておくべきでしょう。

(つづく)

<プロフィール>
畠中雅子(はたなか・まさこ)
1963年、東京都生まれ。学生時代にライター活動を始め、長女を出産した翌年(1992年)にファイナンシャルプランナーになる。1女2男を育てながら、執筆、講演、アドバイザー活動に従事。新聞や雑誌に多数の連載を持つ売れっ子FPとして活躍する一方、「高齢期のお金を考える会」「働けない子どものお金を考える会」を主宰するなど、お金にまつわる社会問題の解決にも尽力。『貯金1000万円以下でも老後は暮らせる!』(すばる舎)、『定年後に泣かないために、今から家計と暮らしを見直すコツってありますか?』(大和書房)など著書多数。節約よりも海外旅行、観光列車旅行に情熱を注ぐ姿には、子どもたちから「仕事を間違えている」とツッコミが入るほど。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/香川誠
撮影/横田達也