写真左:高橋書店 宮越梓さん(広告・広報部)、右:大久保孝さん(執行役員 広告・広報部部長)

年末を目前に、書店や文房具店などの手帳コーナーが賑わうようになってきました。読者の中にも、「そろそろ来年の手帳を買わないと……」と考えている人は多いでしょう。

しかし、最近はスマートフォンでスケジュール管理をする人が増えており、紙の手帳を使う人は減っているのではないかという印象があります。それなのに、どうして未だに手帳コーナーは活況なのでしょう?

そんな疑問に答えてくれたのは、手帳市場シェア1位の高橋書店さん。「手帳は高橋」のキャッチコピーで知られる同社で、執行役員 広告・広報部部長を務める大久保孝さんと、同じく広告・広報部の宮越梓さんが、スマホ時代でも紙の手帳が売れ続ける意外な理由を明かしてくれました。

■紙の手帳は危機じゃない!

──スマホが普及したことで、紙の手帳を使う人は減ってきているイメージがありますが、実態はどうなのでしょう?

宮越:確かに、メディアからも「紙の手帳は危機にあるのではないか?」とよく聞かれます。しかし弊社としては、手帳の売り上げは下がっておらず、20年間ずっと前年超えで成長しています。

──そうなんですか! 周囲を見渡してもグーグルカレンダーなどネットのスケジュール管理ツールを使っている人が多く、かなり意外です。手帳の売り上げが今も好調な理由とは?


宮越:一概にこうとは言いにくいのですが、私たちの見解としては、スマホで管理したほうがいいことと、手帳で管理したほうがいいことは違うという認識が広まってきたことが大きいのではないかと思っています。

カレンダーアプリなどを使ってスマホで管理する際のメリットは、チームメンバーでスケジュールをすぐに共有できるところです。それから、アラームを設定すれば予定を忘れることもない。一方、手帳で管理するメリットは、予定だけでなく、紙にはそのとき思ったことも書ける自由さにあります。それに修正の跡がわかることも大きいですね。

──それぞれメリットが違うということは、紙とスマホを併用している人も増えている?

宮越:そうですね。若い人で併用されている方は多いです。

■日本の企業文化が手帳の売り上げに影響

──つまり、若い世代もまだまだ紙の手帳を買っている、と。

大久保:昨年、新社会人を対象に「手帳に関する意識と実態調査」を行いました。すると、20代など若い世代ほど、「取引先の方の前でスマホを出すのは失礼」と気を遣っている傾向があることがわかりました。面接の場や会議などでも、スマホを出すことを躊躇する方が多いようです。

──しかし紙の手帳であれば、どこで出しても体裁が保てる。あの、ネットの仕事をしているとわかりにくいのですが、そういう意識の方はまだまだ多いのですか?

大久保:やっぱり、仕事中のスマホ使用に関しては、かなり気を遣っている方が多いですね。なので、スマホが普及したからといって、紙の手帳が危機にさらされているわけではありません。

──仕事中にスマホを出すのは気が引ける人が多いから、今も紙の手帳は売れ続けている……。身も蓋もない理由ですが、確かに「なるほど」と納得できました。しかし、それでも高橋書店さんが、20年にわたって前年超えというのは驚きです。

宮越:弊社の強みは営業の力ですね。手帳コーナーが充実している大型文具店でも取り扱っていただいていますが、弊社の場合は書店でのが扱いがメインです。だから、年末になると弊社の手帳がバンと書店の棚に並びます。それはかなり大きいです。

──書店での扱いに関しては、出版取次会社を通しているんですか?

大久保:ええ。うちは出版社なので、出版取次会社を通しています。手帳にも、ちゃんと書籍コード(ISBNコード。書籍に付与される識別コード)が付いているんですよ。

──今まで気が付きませんでしたが、言われて見てみると、確かに書籍の扱いになっていますね。

■高橋書店の手帳は「書籍」

──書店でのプロモーション効果も、高橋書店さんの手帳の売り上げに貢献しているのはわかりました。しかし、今は書店自体が減少傾向にあります。ならば、本が売れなくなっているように、手帳も売り上げが徐々に落ちていくのではないでしょうか?

大久保:確かにネット通販が台頭したことで、書籍に限らず、小売全般は苦しくなっています。価格競争や自宅まで届けてくれる利便性で負けている。しかし、手帳は書籍とはちょっと違い、店頭で手にとって確かめたい方が多い商品です。


宮越:すでに自分に合った手帳が決まっている方は、ネット通販で同じものを注文すればいいのですが、理想の手帳にめぐり会えないと、なかなかネットだけで判断するのは難しいんですよね。

──おっしゃる通り、ネットの画像だけでは、実際にどのくらい書き込めるスペースがあるのか、手触りはどうなのかといったことはわかりづらいですね。

大久保:それから、手帳は定価販売というのも大きいです。

──なるほど! 書籍扱いだから値引きがない。

大久保:たとえば、私はゴルフをやるのですが、ゴルフ用品はネット通販で安く買うことができます。だから店舗は苦しい。しかし手帳は定価販売なので、ネットも店舗も同じ値段です。ネットを使った価格比較に意味がないので、店頭で手にとって比べてみて、「いいな」と思ったものを買うという習慣が変わらないんです。

────スマホを仕事中に出しにくいという企業文化、書店のプロモーション効果、定価販売という特徴……、さまざまな要因が組み合わさって、手帳はスマホ時代になっても売れ続けているわけですね。ちなみに、年齢層によって売れる手帳の種類に違いがあったりするのですか?

宮越:ありますね。例えば、若い方はメモをしたい欲求が強いです。若い世代に1日1ページタイプの手帳が売れていることからもわかりますが、いろいろ書き込んで、自分の世界観を作っていきたいという人が多いので、たくさん書き込める大きいものが人気です。

これが年配の方になると、カバンを持ち歩かない方もいらっしゃるので、ポケットに入るサイズのものが人気になります。いわゆる、「ビジネス手帳」といわれるものですね。

──ということは、若い世代ほど大きい手帳を持ち歩く時代になっている?

宮越:そうですね。若い方ほど、予定を管理することが主な目的のビジネス手帳ではなく、たっぷりと書き込めるスペースがあるものを選ばれるようです。

■近年の手帳に求められるのはメモ欄の広さ

──そうした傾向がある中で、高橋書店さんの近年の売れ筋はどんな手帳ですか?

宮越:この「T’(ティーズ)ディレクションダイアリー」というシリーズです。これは過去に弊社の手帳大賞で最優秀商品企画賞を受賞した企画を商品化したものでもあります。

特徴としては、B6判というビジネス手帳より少し大きめのサイズで、1日の時間割がタテ軸になっています。これは予定を横書きで記入しやすく、1日の流れも把握しやすいメリットがあるのですが、自由に書けるメモ欄が少なくなりがちでした。

しかし、この商品はメモ欄も広くとっているので、デメリットが解消されています。ビジネスパーソンが多い地域でよく売れていますね。

──メモ欄が広いということは、日記的な要素とセットになっているということですか?

宮越:日記というよりは、手帳をノートとして使いたい方が増えているのだと思います。冒頭に言いましたように、だいたいのスケジュール管理だけならスマホで済みます。紙の手帳はスケジュールだけでなく、そのとき思ったことも書いておきたい。

そうすると、手帳のサイズが小さすぎると、あとから読み返すときに読みづらい。だったら、余白が大きいものを選びたいということで、大型の手帳が人気になってきたのだと思います。

■時間管理が苦手な人ほど手帳が向いている

──紙の手帳はスケジュールを管理するためのものというより、スケジュール“も”書けるノートになってきているのでしょうか。

宮越:そもそも、手帳だからといって予定を書かないといけないわけではないんです。「スケジュール管理帳」だと考えてしまうと、フォーマットにとらわれてしまって、うまく管理できないからと、次々と手帳を取り替えてしまいます。

大久保:日ごとや時間ごとの枠に収めなきゃいけないと思っている方も多いですが、そんなルールもないですからね。時間の管理が苦手だという人は、思うままに書き込んでいただいていいんです。お客さまの使いやすいように自由にカスタマイズしてください。

宮越:それこそ、カレンダーアプリは予定が複雑になってくると、予定ごとに色分けをしていかないと、一覧で見たときに一目でわかりにくいですよね。スマホのスケジュール管理ツールは、管理の得意な人が使うものだと思います。

むしろ、スケジュール管理が苦手な人こそ、紙の手帳が向いています。まず紙の手帳に大雑把に予定を書き込んでしまい、時間や場所が決まったものをスマホに入れていくという使い分けをされている方もいらっしゃいます。スケジュール管理に慣れていない新社会人にも、こうした使い方はおすすめですね。

(つづく)

<クレジット>
取材・文/小山田裕哉
撮影/小島マサヒロ