写真左:河野真衣さん(株式会社シュアール 手話通訳士)、右:中西茉奈美さん(同 コーポレート事業部)

手話を、もっと身近に。ろう者(聴覚障がい者)とのコミュニケーションを、もっと日常に。株式会社シュアールは、タブレット端末やスマートフォン、パソコンなどを利用して、遠隔地からテレビ電話で行う手話通訳「モバイルサイン」や、ユーザー参加型のオンライン手話辞典「SLinto(スリント手話辞典)」など、ろう者のコミュニケーションを円滑にするサービスを提供しています。

後編では、実際にろう者はどのようなことに困っているのか。ろう者が豊かに暮らせる社会を実現する上での課題は何か。同社コーポレート事業部の中西茉奈美さんと手話通訳士の河野真衣さんにお話を聞きました。
(前編はこちら)

■ニーズはあるのに増えない手話通訳士 その理由は

──ライフネット生命にもろう者の社員がおりまして、彼と毎月1on1で面談をして、困っていることはないかを尋ねています。その時は、筆談やスマホを使ってやり取りをしています。ただ、適切にコミュニケーションができているか不安になることも少なからずあります。シュアールの遠隔手話通訳を導入された企業や役所などでは、どのような声が聞かれますか。

中西:手話通訳を入れていただいたことによって、これまで筆談ですべて通じていると思われていたものが、実はお互いに全く異なる理解をしていることが初めて分かった、という声がありました。

──その点では、通信環境が劇的に良くなったことによる恩恵をすごく感じますよね。


河野:そうですね。全国各地にいるろう者のみなさまが安心して生活できるようになるためには、遠隔手話通訳もうまく使っていくことが必要だと思います。手話通訳ができる人は全国にいますが、どうしても不足している地域もありますからね。

──手話通訳士は、全国でどれくらいいらっしゃるのでしょうか。

中西:手話通訳士の資格をもっているのは現時点で3,500名前後です。そのうちの約1,500名は、首都圏に集中しています。ですから、派遣型の手話通訳では、どうしてもカバーしきれないのが実状です。

河野:手話通訳士は、政見放送や裁判等、公的、法的なシーンでも通訳ができるという資格です。

一部制限はありますが、手話通訳士の資格がなくても手話通訳をすることはできます。都道府県や地域で認定された手話通訳者もいらっしゃり、病院やお子さまのPTAなど、もっとろう者の生活や地域に密着したところでの通訳をされています。各自治体の制度に従って試験や講習会を経て登録されたのち、その都道府県や地域で活動できるようになるのです。

東京都に登録されている方もいらっしゃれば、新宿区や練馬区など、区ごとに登録されている方もいらっしゃいます。基本的な登録ルールは、在勤か、在住という形になりますので、登録外の地域でサービスを提供したいと思っても、制約によってできないこともあります。

──すると、どうしても手話通訳の登録者数は地域の人口に比例しますね。

河野:そうですね。人数を統一するのは難しいという問題があります。

──手話通訳士の資格は、国家資格なのでしょうか。


河野:手話通訳士は国家資格ではありませんが、厚生労働大臣認定の公的資格です。試験は毎年実施されていますが、合格率がかなり低く、少ない時で10%を切ることもあります。高い時でも30%くらいです。本当に毎年多くの方が挑戦されて、ごくわずかな人数が少しずつ増えていくという状態です。もちろん、資格を持っていなくても、手話通訳が上手い方はたくさんいらっしゃいます。

──では、手話通訳士の数を増やすには、今後、この仕事にどんどん光を当てていかないといけませんね。

河野:そうですね。ボランティアの範囲で手話通訳をしている方、あるいは、どこにも所属せずフリーで通訳をしている方など、資格を必要としていない方もいます。手話通訳の現場でも、手話通訳士にこだわっているところは少ないと思います。そのため、苦労して手話通訳士の試験を合格しても手話通訳という仕事だけで生活を賄うのは困難だという状況、あるいはイメージがまだまだあるのではないでしょうか。

手話通訳は、一般的にボランティアや福祉サービスというイメージが強いです。資格をとっても安定した仕事としてやっていくのは難しいとなると、資格を取得したいと思う方がなかなか増えていかないという要因もあると思います。シュアールも今以上に手話通訳士の仕事に光を当て、より多くの活躍の場を提供できるよう努力していきたいです。

──派遣型の手話通訳と遠隔手話通訳の違いや使い分けはどのように考えればよいでしょうか。


中西:当社はオンラインの遠隔手話通訳サービスを提供していますが、派遣型の方が良い場合もあります。例えば、丸一日イベントで複数の講演者が出演される場合、遠隔ではなく、2〜3人の手話通訳者を現地に派遣していただいた方が良いでしょう。

当社としては、すべて遠隔手話通訳にすればいいというわけではなく、派遣と遠隔、それぞれの特徴を理解して両方を適切に使い分けていただくのがベストだと考えています。

例えば、駅でトラブルが起こったとか、社内で少しコミュニケーションを取りたいとか、そのような短時間のやり取りの場合は、なかなか派遣を依頼するのも難しいところがありますよね。そこは、遠隔の方が利用しやすいと思います。

河野:もうひとつ、派遣通訳の方が現場に行くと、ろう者の介助だと思われたり、ろう者から通訳以外のことを頼まれたりすることもあるようです。医療や資産などの個人情報を身近な通訳者に知られたくないという声もあります。

その点では、遠隔通訳の方が、ろう者と適切な距離を置いた状態で接することができますので、ニーズを汲み取りやすいという利点があるようです。いずれにしても、ろう者の選択の幅が広がるといいなと思っております。

■遠隔手話通訳を社会インフラに

──ここ10年間で、企業のダイバーシティーに対する取り組みについての変化を感じますか。

中西:企業の中で働くろう者、あるいはろう者のお客さまに向けたサービスを導入したいという企業が急速に増えています。私は入社から3か月しか経っていませんが、その短期間の中でも増えてきていることを感じますね。

河野:企業からは、遠隔手話通訳を導入するだけでなく、どのように使いこなせば良いのかというお問い合わせをいただいたり、逆に、こういった方法はどうか、という形で提案をしてくださったりするケースも増えてきました。

──やはり、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの影響もあるのでしょうか。

中西:それはあると思います。ただ、手話は国ごとに異なりますから、当社の現在の遠隔手話通訳サービスを東京五輪でそのまま使えるかというと、難しいのが実状です。

しかし、東京五輪をきっかけに、その後も使える手話通訳の仕組みを残していこうという流れは確かにあると感じますね。

──来年、御社は創業10周年と言うことで、今後、目指していきたいことを教えていただけますか。

中西:遠隔手話通訳について興味を持ってお問い合わせして下さる方や理解してくださる方は増えてきていますが、実際には「ここでも見た」「あそこでも見た」というほど普及していません。今後は導入先をもっと増やし、遠隔手話通訳を使ったことがなくても、ろう者・聴者問わずみなさまが遠隔手話通訳について知っている状態にしたいと考えております。

そうなった時に初めて、遠隔手話通訳は社会インフラなんだと認識されるのではないでしょうか。

河野:今まで、ろうの方々は、諦めることや我慢することが非常に多かったと感じます。しかしそれは、耳が聞こえないという理由ではなく、手話が伝わらないという理由も大きいと思うのです。

ろう者のみなさまが豊かに暮らせるような社会を実現するためには、聴者のみなさまの理解も必要です。例え手話ができなくても、筆談や身振り、チャットといった、コミュニケーションの手段はたくさんある。まずは目の前にいるろう者とコミュニケーションを取ろう、そう思っていただけるだけでも、ろう者のみなさまは生活しやすくなるのではないかと思います。

シュアールは、単純にサービスを提供するだけではなく、グループ一丸となって、ろう者と聴者の橋渡しの役割を担っていきたいと考えております。

(了)

<プロフィール>
河野真衣(かわの・まい)
手話通訳士・言語聴覚士。株式会社シュアール 手話通訳事業部に所属。
宮崎県生まれ。ろう者の両親を持つ聴者(コーダ)。小さいころから両親の通訳をするなど、ろう者の文化と聴者の文化で育つ。自分がいなくても両親が手話で過ごせる社会が必要だと思うようになり、ろう者や手話に関する仕事を続けている。2009年、言語聴覚士取得。2013年、手話通訳士取得。現在は、NPO法人シュアールの理事も務め、ろう者の理事と活動している。趣味は、タヒチアンダンス。

中西茉奈美(なかにし・まなみ)
株式会社シュアール コーポレート事業部。
東京都生まれ神奈川県育ち。家族、親戚、友人を含め、ろう者は身近にいなかったが、手話に興味を持っていたことをきっかけにシュアールに関わる。日々、手話通訳事業部の社員やろうの社員の力を借りながら、サービス拡大に向け奮闘中。趣味は、外国語に触れること。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/森脇早絵
撮影/村上悦子

Powered by ライフネット生命保険

人生と仕事とお金について考えるメディアライフネットジャーナル オンライン 公式Facebook