大和新さん(クラシコ株式会社代表取締役社長)

お医者さんのモチベーションが上がるような、かっこいい白衣を作りたい──。コネも知識も経験もない状態から、高級白衣づくりに奔走した10年間。有名ブランドとのコラボレーションなど、創業前に「妄想」だと思っていたことを一つずつ形にしてきたクラシコ創業社長の大和新(おおわ・あらた)さんは、今後の経営戦略をどのように描いているのでしょうか? (前編はこちら)

■お客さま第1号が修理に持ってきたのは6年後

──クラシコのブランド名は創業時から使っているのですか?

大和社長(以下敬称略):はい、個人事業主時代から、ずっとです。「クラシコイタリア」と呼ばれるスーツスタイルから取りました。自分たちが作ろうとしている白衣を連想できるだけでなく、口コミで広がりやすいよう、そしてネットで白衣を探す人が見つけやすいよう、シンプルであることを第一に命名しました。

──当時からソーシャル映えのようなものを意識されていたんですね。初めの頃はどのように広がっていきましたか?

大和:まずプロモーション用のサイトを作って、「こういう白衣を作ったので興味がある人はメルマガ登録してください」と発信しました。すると30人くらいがメルマガ登録してくれました。当時はまだおしゃれな白衣がなかったので、SEO対策などをしなくても、「おしゃれ 白衣」の検索結果ですぐに上位になりました。創業初期は口コミというより、いい白衣を探している方が自分で見つけてくれたという感じです。

──お客さまの購入後の反応はいかがでしたか?

大和:とても喜んでいただけました。というのも、実際には10万円くらいのものを作るレベルの縫製、生地で作ったものを、2万円で販売したからです。当社の白衣にはスーツのように内ポケットや背裏が付いていて、病院のシーツと一緒にクリーニングに出されても壊れない頑丈なオリジナルのボタンを使っています。

──いいものを作っていて、もっとお金を出してもいいという人もいる。「もっと高く設定しよう」とは思わなかったのですか?

大和:10万円のクオリティーで価格が2万円というギャップがあるからこそ、みんなが欲しがるだろうと考えました。価格の期待を超えたものをお届けしていれば、リピートしていただける。口コミにもつながる。お金のない若いお医者さんも含めて、みんなが喜んでくれることを考えたうえでの2万円という設定です。

──白衣は消耗品ですが、クラシコの白衣はどのくらいのペースで買い替えされる方が多いですか?

大和:一着を長く使う方もいれば、たくさん買ってクローゼットに白衣を並べている方もいるので、一概には言えませんが、結構長持ちします。お客さま第1号のお医者さんも、6年くらい経ってから「ポケットの内側に穴が空いたので直してください」と持ってこられた。そのくらい丈夫です。

■特別なものではなく、一般商品として認知してもらう

──いい靴、いい服、いいカバンを持つと、ちょっと背筋が伸びる感じがします。クラシコユーザーのお医者さんも、いい白衣を着ることでモチベーションを上げているのでしょうか?

大和:患者さんや看護師さんから「かっこいいの着ているね」と言われてうれしかったとか、モチベーションが上がった、といった声はたくさんいただいています。「いつもは病院から支給された白衣を着ているけど、気合を入れる日はクラシコの白衣を着る」という人も。

会社員時代は、自分がまさか白衣を作るとは思いませんでしたが、働く人のモチベーション向上に役立っていることを知ると、「このビジネスを始めてよかったな」と思います。

──クラシコの白衣は医療ドラマなどでも使われていますが、実際の医療現場でもおしゃれになってきていると感じますか?

大和:自分が病院などに行った際に観察してみると、以前よりも白衣に気をつかわれるようになったと感じます。医療系ドラマの衣装は、クラシコ製の場合もあるし他社製の場合もありますが、ここ数年で全般的にスタイリッシュになってきているのはとてもいいことだと思います。

──ロンハーマンなど人気アパレルブランドとの商品開発、セレクトショップのストラスブルゴへの商品展開など、アパレル業界とのコラボレーションも話題となりました。PR戦略でこだわっていることはありますか?

商品は男女別にラインナップ。体にフィットし動きやすく美しいシルエットが特長

大和:従来とは違う、新しいコンセプトで作られた白衣があるということを、世の中の人に広く知ってもらえるように意識しています。そのためには、医療系のニュースや専門誌にしか載らないよう話ではなく、一般的な物事として認知される必要があります。コラボレーションやドラマへの衣装協力、当社ホームページでお医者さんをかっこよく、生き様まで見せているのも、一般の方に興味を持ってもらうためです。

一般の方にも広くクラシコの白衣が知られるようになれば、まだクラシコを知らないお医者さんにも認識してもらえると思います。最近ようやくクラシコの名前が知られるようになってきたとはいえ、クラシコを知らないお医者さんもたくさんいます。ネットで白衣を探す人たちには広まりましたが、ネットで白衣を探さない人たちにはまだ浸透していないんです。

──医師の白衣だけでなく、ルームウエアブランドのジェラート ピケとのコラボでナースウエアも作られています。看護師さんは立ったりしゃがんだりの動きが多いと思いますが、どんなところに工夫しましたか?

大和:「かがんだ時に腰や胸元が見えないか気になる」という意見が多かったので、試作を繰り返すことにより、ストレスのない最適な着丈と首まわりのバランスにしています。それでも基本はストレッチが効いて動きやすく、かつシルエットがきれいに見えるということ。

従来のナースウエアは、代理店が売りやすいもの、クリーニング屋さんがクリーニングしやすいものが主流でした。エンドユーザー視点が欠けていたのです。そうではなく、大変な仕事をこなす看護師さんの気持ちが少しでも上がるようなナースウエアにするため、看護師さんに何度もヒアリングしながら作りました。

■ターゲットはグローバル市場。3度目の海外進出へ

──クラシコさんもライフネット生命も、今年で創業10周年を迎えます。どんな10年でしたか?

大和:あっという間でしたね。当初のイメージと比べて、「もっとできていたはず」ということもあれば、「思いもしないことができた」ということもあります。

──実現できたことと、まだできていないことは?

大和:当初は大豆生田と二人で何役もやっていたので、全部に手が回らないことも多々ありました。でも今はそれぞれ専門のメンバーがいるので、お客さまに満足できるサービスをお届けできています。道半ばなのは海外展開です。

これまでアメリカと台湾に支社を置きましたが、うまくいかなかった。海外からの注文はあるんですけどね。創業前は、100か国以上から注文が殺到して大変なことになると想定していたんですが、そんなことにはなっていない。甘くなかった……(笑)。

──海外展開のどういうところが難しいんでしょう?

大和:商習慣が国ごとに違うんです。どの国も同じやり方で売れるかというと、そうではない。たとえばアメリカでは送料無料で返品が当たり前の文化、台湾では試着しないと買わない文化がある。そういった商慣習の違いにどう対応するかが鍵になります。今は3度目の海外挑戦中。海外には日本よりも大きなマーケットがあるので、挑戦しがいはあります。

──最近は聴診器のデザインにもチャレンジされていますが、今後は医療機器を含めた、医療業界全体に向けてデザインのアプローチをしていくのでしょうか?

大和:医療業界では、いつでも安全が最優先されます。それは当然のことですが、一方で、医療従事者が気持ちよく働ける環境づくりについてはずっと後回しにされてきました。当社としては今後も引き続き、働く人が気持ちよく過ごせるためのお手伝いをしていければと思います。

それが結果的に、患者さんにいい医療を提供することにもつながります。今後は患者さんが着るもの、もっといえば衣食住までカバーしていきたい。みんながちょっとでも豊かな気持ちになれるといいですね。

(了)

<プロフィール>
大和新(おおわ・あらた)
1980年、栃木県生まれ。2003年、立命館大学経営学部卒業。IT関連企業の営業や事業開発を経て、2008年3月、高校時代の同級生でオーダースーツ職人の大豆生田伸夫とともにクラシコを創業。「かっこいい白衣」づくりを開始する。同年12月に会社設立。当初30着だった月間販売量は、現在約6,000着にまで伸びている。2017年、開発した聴診器「U scope」が国際的にも権威のあるドイツのデザイン賞「iFデザインアワード2017」で最高位の金賞「iFゴールドアワード2017」を、同じくドイツの「レッドドット・デザイン賞」で「ベスト・オブ・ザ・ベスト」を受賞した。
●クラシコ

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/香川誠
撮影/横田達也