森亮介(ライフネット生命保険 次期社長)

開業から10周年を迎えた今年(2018年)の6月24日、取締役の森亮介が新たに代表取締役社長に就任します。34歳の新社長は、ライフネット生命の「これから」をどう作り上げていくのか。森が思い描く次のビジョンについて聞きました。

■タスキを受け取るということ

――ライフネット生命は、創業者の出口さん(現 立命館アジア太平洋大学学長)と岩瀬社長が前面に出て経営されていましたが、初めて、創業者以外で“タスキ”を受け取ることになりますね。

森:2006年に準備会社を設立して、2008年に開業したときには、会社としての知名度はゼロでした。それを浸透させるために、創業者である2人の個性を活用してPR等も行ってきたというところです。出口さんも岩瀬もそれぞれ特定の分野で抜群の能力がありますからね。ただ、5月18日で開業から10年経って、ゼロだった認知度も、まだまだ改善の余地はありますが皆さんに浸透してきた部分もあります。だから、これからは必ずしも同じやり方に固執しなくても良いと考えています。

――出口さんは大学の学長として新たな道に進んでいますし、岩瀬社長も今後は海外でのパラレルキャリア(複業)にもチャレンジされるということですが

森:出口さんはすでに会社を離れていますが、創業者ということは変わりませんし、一緒に仕事をしてきたので、今でも個人的にアドバイスをもらうこともあります。社長の岩瀬は、株主総会後から会長となり、海外での仕事にもチャレンジしますが、設立以来12年にわたり培ってきたネット生保のノウハウの伝承、そしてビジネスパートナーや株主との関係性という面においても、必要な存在です。

そのために、ライフネット生命の取締役の1人として尽力してもらうことで合意しています。岩瀬に限らず、私に足りない部分は仲間の力をどんどん借りていくことで、会社がより良いカタチに進化していくことを第一と考えています。海外で得た知見なども、ぜひライフネット生命に還元してほしいと考えています。

■原動力は「悔しい」

――ライフネット生命の前は大手の外資系証券会社に勤めてらっしゃったそうですが、そこからなぜベンチャー企業に?

森:ライフネット生命に転職をしたのは28歳のときでした。前の会社は職人養成学校みたいなところで、特にひとつの専門分野で高いパフォーマンスを出したい人には恵まれた環境だったと思います。ただ、これは好みの問題ですが、僕自身は専門性を追求するよりも、もう少し人間力で勝負するビジネスパーソンに憧れを持っていて。それで幅広い経験を身につけようと、事業会社への転職を考えたのです。

――では、保険会社に注目して転職先を探したわけではなかった?

森:そうですね。待遇や条件にあまりこだわらず、面白そうな事業会社を検討していました。ライフネット生命に決めたのは、私と似たキャリアの先輩がいたことが大きかった。その方は証券会社で身につけたファイナンス関係の強みを生かしながらも、組織開発や会議をファシリテートする技術といったものをあとから身につけられて、独自のキャリアを築いてらっしゃいました。私にとってはその方がロールモデルになり、背中を追いかけるかたちで入社したわけです。

――最初の配属先は?

森:企画部(現・経営企画部)でした。そこに4年いて、今から1年くらい前に自分で志願して営業本部長になりました。

――なぜ営業に行きたかったのでしょうか?

森:私はライフネット生命の商品開発に込めた価値観が、もっともっと世の中に広まっていいはずだと思っています。しかし現状はそうではない。それが端的に言ってすごく悔しいんです。営業本部に行きたかったのは、経営企画部として管理する側にいるよりも、この悔しさをそのまま現場につなげたいと思ったことが大きかったんです。

――「悔しい」という思いが森さんを動かす原動力になっている?

森:そうかもしれません。ただ、創業者である岩瀬は私の100倍くらい悔しいはずなんです。私はその思いをきちんと受け継いで、彼がやりきれなかったことを自分らしく実現していきたいと思っています。

■社長の打診を受けたときに感じた「恐怖」

――営業本部長になった頃から、次期社長に就任するかもしれないという予感はあったのでしょうか?

森:いえいえ、完全にサプライズでした。

――それはかなりのサプライズだったと思いますが、お話をいただいたときは率直にどう感じましたか?

森:率直に……。営業本部に異動し、業績も伸長してきて、より一層勢いをつけていこうと考えていた時期でしたので、打診をもらったときは「心底驚いた」という正直な気持ちに加えてあとは情けない話ですが、社会人になって初めて「怖い」という気持ちが起こりました。

――怖い?

森:急に背中のすぐ後ろに壁ができたような感覚というか。これ以上は下がれないんだという恐怖を一気に感じたんです。いかに自分が後ろに誰かがいて守ってくれることを前提に仕事をしてきたか思い知らされて、とても情けなくなりました。だから、その場では答えを出せませんでした。

――即答はできなかった。

森:「少し考えさせてください」と言いました。誰にでも気軽に相談できる内容ではないので、岩瀬もよく知っている社外の方に相談して、よく考えてから決断しました。

――岩瀬さんからは森さんを選んだ理由は言われたんでしょうか?

森:言われた、と思います。ただ、そのときはサプライズの衝撃が大きすぎて、内容はあまり覚えていないんですよ(笑)。頭が真っ白になっていました。

――では、今振り返ってなぜ自分が選ばれたと分析されますか?

森:おそらく、わがままを通すからだと思います。

■「老け顔」を強みにしてきた

――わがままを通す?

森:はい。岩瀬自身が社長になってからの5年間を振り返ったときに、岩瀬は「次の社長にはもっとわがままにやってもらいたい」と言っていて。だから周りに気を遣いすぎずに、わがままにグイグイやれる私みたいな人を選んだのかなと思っています。

――森さんの見た目からはそんなわがままな印象は受けませんが、実はけっこう押しが強いタイプなのですか?

森:社会人の1年目から上を突き上げていくというのが、一貫した私の処世術です(笑)。

――そうした処世術はどうして身についたんでしょう?

森:私は高校生の頃からこの顔だったんです(笑)。前職でも明確に「老け顔採用だから」と言われました(笑)。

――もう少し詳しく教えて頂けますか?

森:証券会社に勤めていたときは、お相手する方はどれだけ若くても40代半ば、ほとんどが50代の方でした。だから、こちらの見た目が若すぎると頼りない印象を持たれてしまう。男性は老けていることが有利に働く業界だったんです。だったら、この見た目を生かして強気なキャラクターでいこうと思いました。実際、年配の方ほど積極的に切り込んでいったほうが可愛がってもらえました。すべての会社がそうではないと思いますが、ライフネット生命もそういう生きのいい若造をきっと探しているんだろうなと思ったので、最初から押しの強いキャラクターでいったんです。

――そうした押しの強さが34歳という若さでの社長就任につながったのではないか、と。最終的にご自身の決断を後押ししたのは、どういった理由でしたか?

森:やはり、この会社で貴重な経験をさせていただいたということが大きいです。経営企画の業務をやらせていただいたり、営業全体を任せてもらえたり……。今考えると無茶なこともあったかなと思いますが(笑)、そういう無茶を任せてもらえた自分はすごく幸せだったと思うんです。
次期社長のお話をいただいて、今までの経験が何のためだったかと振り返ったとき、こういうときにきちんと引き受けて、しっかり立っていくためだったんだと感じて。それで引き受けることにしました。

■「新しい」に変わる価値をどう作るか

――社長就任後のことについてもうかがいます。ライフネット生命の10年間というのは、それまで存在してなかった「ネット生保」という新しい価値を切り拓いてきた歴史だったと思います。しかし今ではネットで保険を売るのは当たり前のことになりました。開業時にあった「新しい価値の提供」が薄れつつある状況で、森さんはライフネット生命のこれからをどのように作っていこうと考えていますか?

森:これまでライフネット生命の成長の源泉は、生命保険業界に対する生活者の「不満」や「素朴な疑問」を解消することにありました。10年経って、手前味噌ですが業界は変わったと思っています。こういう価値観を込めた商品を提供する保険会社が、当社だけでなく、たくさん出てきたんですよね。とても良いことだと思っています。
今の我々に必要なのは、取り組むべき次の「課題」です。この数年間は、その課題を探していた期間だったという感覚を個人的には持っています。

――では、どのような課題に取り組んでいこう、と?

森:我々はこの10年「ネット生保」の代表として、インターネットを活用して生命保険をより安く提供するということをやってきました。しかし、インターネットはいろいろな価値観があふれている売り場です。保険を「安い」か「高い」かというだけで判断している人ばかりではないと思います。ライフネット生命は良くも悪くも、「ネットで販売する企業だから、安く商品を提供できる」というイメージが出来上がりすぎています。このことは、我々が商品に込めている価値観を世の中にもっと広めていくには、むしろ足枷になってしまっている側面もあります。

――確かに業界で率先して死亡保険金の受取人として同性パートナーを指定できる取扱いを始めるなど、「安さ」以外の部分でも新しいことに取り組んできました。

森:そういう取り組みの背景にある価値観が、「ネット生保」という言葉に囚われすぎると伝わりにくくなってしまうのではないか。だから、これからのライフネット生命が突き破らなければならない殻は、これまで作ってきた「ネット生保」というイメージです。確かに保険業界内には我々が築き上げた価値観が広まりました。しかし、生活者のみなさんにはまだまだ届いていません。それはやっぱり、悔しすぎるんです。

――安さ以外の部分でも評価してもらえるように、伝え方を変えていくということでしょうか?

森:ライフネット生命が発信すべきメッセージは、価格に関することだけではなく、「保険業界に対する生活者の新たなニーズを、テクノロジーによって受け入れる」ということだと思っています。これは生命保険にかかわらず、あらゆる業界に求められていることなんですよね。それを私たちもやっていく。「保険業界は特別だから」と言う方は多いんですが、決してそんなことはないと思います。
「生命保険でも、ほかの商材と同じ体験は提供できるはずだ」ということを、強く投げかけていきたいですし、そうしなければ、我々が10年前に起こした波紋が小さくなっていくばかりでしょう。

――そうした課題に取り組むために考えている施策などはありますか?

森:私は「インターネットの生命保険会社」から「生命保険のインターネット企業」に変えていかなければならないと思っています。例えば中国の金融機関が、なぜあれだけイノベーションを起こせるか。それはテクノロジーの会社が金融をやっているからです。日本だと逆で、金融の会社がテクノロジーを使って何をしようかという発想になりがちです。
それは似て非なるもので、「保険会社がテクノロジー『も』取り入れる」という感覚になってしまうと、破壊的イノベーションは起こせない。

10年前の我々は業界を破壊する立場でしたが、次第に私たちが破壊される立場になってきているという危機感を持たなければなりません。もし我々のビジネスモデルを破壊する企業が現れるとしたら、我々がかつてそうだったように、やはり業界の外からやって来る企業だと思います。だから、業界の常識に囚われずに、あくまで「インターネットの企業」として新しい価値を創出していかなければならないのです。

■社長をやり終えたときに後悔したくない

――今後も業界の先陣をきって変革を起こしていく、と。ただ、そこには当然リスクもつきまといます。


森:創業者の2人が最初に「ネットで保険を売る」と言い出したときも、「それは無理だ」と言われました。2013年にスマートフォン対応を始めたときも、「パソコンでもこれだけしか売れていないのに、スマホでは余計に売れない」と言われました。確かに時間はかかりましたが、今では当社の契約の半数以上はスマホからの申込みです。お客さまの変化に追いつくためには、難しいと言われることに挑戦していくしかないんです。

これからもどんなテクノロジーが登場するかわかりません。音声入力での申し込みも、ちょっとしたブレイクスルーであっという間に広がるかもしれません。これは私が職業観として大切にしていることですが、「やらなくて後悔するのがイヤだ」という感覚がものすごくあります。もちろんリスクはありますが、そこはわがままにやっていかないと、自分が社長をやり終えたときに、「もっとああすれば良かった」となる。それはイヤなんです。

■自身に足りない部分は、仲間の力を借りて

――そうしたリスクを恐れないチャレンジに向け、経営者として社内をどのようにまとめていこうと考えていますか?

森:見栄を張らず、私に足りない部分は、どんどん仲間の力を借りて経営をしていきたいと考えています。例えば、システム領域。私はこの会社のシステムに関して、直接触った経験はありません。しかし、そこはせっかくいいメンバーがそろっているのだから、メンバーに任せたい。自分の役割は「こういうふうになったらいいよね」ということをきちんと言い続け、その気持ちを仲間である役職員に伝染させることにあると思っています。例えば、「音声入力で契約できるようになったらいいよね」と思ったとして、目の前の人にも私と同じくらいの気持ちにさせられるように、しっかりと伝える。そうすればメンバーが自走し始めると思っています。

――では最後に、次の10年が終わったときにどんな会社にしていきたいですか?

森:ライフネット生命に関わる方々、そしてご契約者のみなさまには、次の10年が終わったときにも、当社に関わっていたことが誇りに思ってもらえるような会社にしていきます。そのためにもみなさまから寄せていただいた期待を裏切らないよう、ライフネット生命の事業とブランドを、もっと生活者の観点をもって経営していきたいと思っています。

<プロフィール>
森亮介(もり・りょうすけ)
1984年愛知県生まれ。2006年に京都大学法学部を卒業後、2007年ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。投資銀行部門において、生命保険会社を含む金融機関に対する財務アドバイザリー業務に従事。2012年にライフネット生命保険株式会社入社。企画部長、執行役員を経て2017年6月より現職。

<クレジット>
取材・文/小山田裕哉
写真/村上悦子