左から森亮介(新社長)、片田薫、高尾美和、岩瀬大輔(現社長)

ライフネット生命の開業10周年を記念したセミナーが6月1日、東京・京橋の「イトーキ東京イノベーションセンター SYNQA」で行われました。

毎年、お客さまの前で1年の活動を振り返るのはライフネット生命の恒例行事ですが、今年は10周年の節目ということもあり、話題は「この10年とこれから」が主となりました。

会場では6月24日の株主総会後に予定されている社長交代について、岩瀬大輔と森亮介から説明があった後、開業メンバーである高尾美和と片田薫が、「数字で振り返るライフネット生命の10年」について解説。その後にお客さまと行われた質疑応答の模様も含め、本記事では当日の内容を抜粋してお届けします。

■「0%→59%」


高尾:これはなんの数字だと思いますか? 答えは、当社の新規契約全体でスマートフォンからのお申込みが占める割合です。2008年の開業当時はパソコンのみで始まり、2009年6月からガラケーやスマホの契約申込みサービスを始めたのですが、今ではスマホ経由でのお申込みがパソコンを逆転し、全体の半分以上を占めるようになりました。

岩瀬:始めたころは「あんな小さい画面で生命保険のような大きい買い物をする人はいない」と、かなり言われましたよね。


高尾:若年層に限らず、40代・50代の方々からもスマホ経由でお申込みいただいています。

森:私も含め、保険業界の方なら「こんな小さな画面で、本当に……?」と思ったでしょう。しかし、我々の思いとは関係なく、お客さまは身近なデバイスから保険の申込みができることにメリットを感じたのでしょう。何を利用するか決めるのは我々ではない。思い込みに囚われてはいけないと、私自身すごく痛感させられました。

高尾:(ライフネット生命の)準備会社のときはスマートフォンの「ス」の字すらなかったですからね。世の中の流れは本当に早いと実感しています。今では相談、申込み、給付金の請求までスマホでできるようになりました。片田さんは実際に自分でスマホから請求してみたんですよね?

片田:昨年に虫垂炎の手術をしまして、そのときに自分で保険金を請求しました。それほど大きな病気ではないんですけど、やっぱり退院した直後はポストまで歩いていくのも億劫になるというか……。でも、退院したその日に自宅でパッと給付金請求できたので、非常に楽でした。


岩瀬:保険会社からの給付金の支払いには時間がかかるというイメージを持たれているお客さまも多いのですが、ライフネット生命では最短で翌日に支払われています。実際に利用した多くのお客さまからは「速い!」と驚かれますね。

■「2,034km」 「36回」 「1,995回」


高尾:まず、「2,034km」ですが、当社は東京・麹町にオフィスがあります。そこからもっとも離れたところにいらっしゃるご契約者さまとの距離を表しています。そこはどこかというと、なんと与那国島です。しかもお一人ではなく、複数世帯いらっしゃいます。

初めて与那国島の方にご契約いただいたタイミングは、当社のご契約者数10万人突破と偶然に重なりまして、直接うかがってお礼を申し上げる、なんてこともしましたね。

次の「36回」は、創業者の出口治明が非常にこだわってはじめたことの開催回数です。当社は営業職員がいない会社なので、お客さまとの交流の機会として、「ふれあいフェア」と呼んでいる、ご契約者さまとの集いを定期的に開催しています。

東京だけでなく、札幌、名古屋、大阪などでも行い、そのトータルの開催数はこの10年で36回となりました。

お客さまとの接点ということでいうと、「1,995回」も関連しているかもしれません。これは、開業前から続けている「社員ブログ」の更新数です。間もなく2,000回に達します。生命保険会社でここまで熱心に社内の声を発信しているのは珍しいのではないかと思いますが、本当に社員が持ち回りでやっているブログです。準備会社のときには7人しかいなかったので、あっという間に当番が回ってきて大変でした(笑)。

社員ブログについて、ひとつ印象的なエピソードがあります。あるとき、社員ブログは内輪だけで盛り上がっているような感じがあって、お客さまに有益な情報を届けられていないのではないかと思い、少しサボった時期がありました。

そうしたらお客さまからコンタクトセンターのほうに、「毎回楽しみにしているのに、そんなに忙しいのか?」とお叱りのお電話をいただいたことがありました。

社員ブログは私がエディターとして担当しているのですが、これは本当にありがたいことだと思いました。楽しみにしているお客さまが一人でもいらっしゃったら、ずっと続けていきたい。そう思って、みんながんばって書いています。

■「52名、83%」


高尾:最後はこちら。ライフネット生命の社内に関係した数字です。これは当社の社員が10年間で子どもをもうけた人数と、産休・育休取得者の復職率を表しています。開業時は34名でスタートした会社ですから、気がつくとそれを上回る数の子どもが生まれていました。

片田:今まさに産休中の社員もいるので、この瞬間にも子どもの数は増えているかもしれません。

高尾:これは出口が創業したときに、「赤ちゃんを安心して産み、育てられる会社にする」という思いで、産休や育休の取得を奨励してきた結果だと感じています。実は産休取得の第1号は、片田さんなんですよね?

片田:私は開業から2年も経っていない2010年に娘を出産したので、初の産休取得社員になりました。当時、私は法務部に所属していたのですが、まだ産休・育休に関する規定が社内になく、出口から「ぜひ自分で規定を書いてください」と言われ、実際に自分で書いて産休を取得しました。最近も社内結婚が4組あり、まだまだこの数字は増えていきそうです。

高尾:会場のみなさまいかがでしたか? 駆け足ではありましたが、「数字で振り返るライフネット生命の10年」ということで、少しでも社内の雰囲気をお伝えすることができていたらうれしいです。では、ここからは会場にお越しいただいたみなさまから質問を受け付けたいと思います。

質問①「社長を退任する岩瀬さんは、今後どのようなことをしていくのか?」

岩瀬:まず、取締役会長として、新しい経営陣をきちんとサポートしていきます。それからもうひとつ、新しい仕事を始めます。すでに報道されていますが、香港のAIAグループでデジタル・イノベーション戦略推進を担当します。日本市場には進出していないのでみなさまには馴染みの薄い名前かもしれませんが、AIAはアジア最大の生命保険会社です。ライフネット生命の価値観を世界中に届けていくためにも、ここで学べることをライフネット生命にもフィードバックしていきたいと思います。


質問②「森新社長はライフネット生命の何を変えていくつもりなのか?」

森:ひとつは環境の変化に合わせて、我々も変化しなければならないということです。それはパソコンからスマホへといったようなデバイスの変化に対応するというだけではありません。お客さまの価値観の変化にも対応していかなければならないと思っています。

例えば、創業時と比べ、お客さまの「コストと便益」に対する感覚は確かに変わってきたのだと感じています。それは特に若年層に顕著です。今は定額配信の充実により、1,000円前後のコストで膨大な量のエンターテインメントにアクセスできるようになりました。モノを買う際にも売ることを前提としていて、その差額を実質的なコストと考えるようになっています。

そういった価値観の変化がある中で、生命保険のコストと便益のバランスをどのように探っていけばいいか。あるいは、どうすれば便益を感じていただけるサービスにできるのか、考えていかなければなりません。

もうひとつは、マニフェストの見直しです。創業時から大切にしてきた我々のマニフェストですが、その分量は膨大です。そこには今後も普遍的に掲げていきたい記述もあれば、これが書かれた時代ならではの記述もある。本質の部分は残しながらも、変えるべきところは時代に合わせて変えていくべきだと社内でずっと議論してきました。そうして、ようやく新しいマニフェストが形になりました。それは次の株主総会で発表する予定です。

質問③「新社長が目指す『生命保険のインターネット企業』とは?」

森:我々のような小さな規模の会社が、ほかの生命保険の会社よりもお客さまに選ばれるためには、「ライフネット生命はここが特徴だよね」という突出点を作っていくのが大切だと感じています。

我々は商品やサービスを届けるだけでなく、その先の生活を作っていくことを考えないといけません。それなのに「インターネットの生命保険企業」と定義してしまうと、金融の会社になってしまい、生活に入り込んでいくという発想がしづらくなってしまうのではないかと危惧しているんです。

世の中のインターネット企業は、商品やサービスを通じて人々の生活を変えることを真剣に考えています。「生命保険のインターネット企業」という言葉には、我々も本質はそこに置いていくという思いを込めています。生命保険というITの会社が持っていないものを生かしながら、お客さまの生活に入り込んでいき、新しいライフスタイルを提案していくつもりです。

質問④「お二人の仕事の原動力は?」

森:最近ふと感じるのは、我々は小さな石を投げることしかできないということです。ただ、小さな石かもしれないけど、投げ方と投げる場所によっては、業界全体に波紋を広げていくことができる。入社してからの年月で、そう実感しています。だから、小さな石を投げ続けることで、業界全体に我々が提案する価値を広げていきたい。それが私の原動力ですね。

岩瀬:保険の専門紙である『週刊インシュアランス』さんが、少し前に「ライフネット生命のチャレンジは、気が付けば業界のデファクトスタンダードになっている」と書いてくれました。今では日本だけでなく、世界中の生命保険会社がライフネット生命をベンチマークしている実感があります。まさに、業界のデファクトスタンダードを作ることが私のモチベーションであり、それを温かく、多様性のある仲間たちと実現していくことが原動力です。

■そして、新生ライフネット生命へ

岩瀬:株主総会で私は代表権のない会長に着任し、ここにいる森亮介が代表取締役社長に就任します。森は34歳という若さでありながら、KDDIとの業務提携を推進した人物であり、同性パートナーを死亡保険の受取人として指定できる施策の実現に際しては、私に直談判してきたくらい熱い思いを持っています。

42歳での社長退任は早すぎると言われることもありますが、12年間(準備会社も含め)、自分なりに全力で走ってきて、アイデアが錆びついてきた感覚がありました。これからもどんどん新しいテクノロジーは出てきますから、この辺で会社を引っ張っていく人間が変わったほうがいいと思い、森に“タスキ”を渡すことにしました。

これまでのライフネット生命は、出口と私の個人の色を強く押し出していました。ブランドイメージが何もないところからスタートして、全国区で認知してもらえるような保険会社を作るのは大変だと感じていたからです。まず「ライフネット生命」というブランドを知ってもらうためには、なんでもやろうと決めていた10年間でした。

その一方、ある時期からは別の思いも抱くようになりました。私たちはご契約者さまの大切なご家族の安心を預かっています。そういう会社が特定の個人に寄りかかっていていいのだろうか。例えば、出口や私が入院することで、会社の安定感が損なわれることがあってはならないのではないか。だから次の10年では、もっと組織としての特色を打ち出していってもらいたいと思います。

今回の社長交代については、おかげさまでステークホルダー(企業の経営行動等に対する利害関係者)のみなさまからも温かい言葉をいただいています。新体制に大きな期待が寄せられていることでもあり、ぜひ今後も、森を中心とした新生ライフネット生命を応援していただければと思います。

森:生命保険会社の周年イベントに、毎年これだけ多くのご契約者さまやステークホルダーの方々が参加してくださる。これは本当に幸せなことだと思います。これからライフネット生命は次の10年に向けて進んでいきますが、これだけ幸せな環境を作り上げてくれた会社の基盤や、それに信頼を寄せてくれるお客さまの思い、そういった資産を大切にしながら、新しい挑戦に向けて変えるべきところは着実に変えていきます。

そして、保険業界だけでなく、フィンテックベンチャーのような隣接業界のことも見ながら、「ライフネット生命はこんなことをやるのか!」という驚きを提供し続けられる会社にしていきます。

<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナル オンライン編集部
撮影:村上悦子