■クリスマスに社長が訪ねてきて……

IF――どこで仕事をしていたんですか?

福田:漁協の倉庫をお借りして、ストーブだけ入れて、従業員と「これからどうする?」と相談していました。その姿を見た社長が、「事務所くらい買えよ」と。「仕方ない」と資金を出してくれました。おかげさまで、次の年は凍える心配をしなくて済みましたね(笑)。

――そのとき、ツナドリーム五島の社員は?

福田:一人です。あとは私と、地元の漁協から出向で事務員兼まかない担当の方が来てくれました。漁港なので周辺に食事ができるところがないんですよ。最初の1年間は私も住み込みで働いていたので、随分とお世話になりました。

――聞けば聞くほど、過酷な環境ですね……。

福田:もともとは6月に始まって、養殖のサイクルとして12月には仕事が終わるだろうと。それで1月には東京に戻ってほかの仕事をして、また6月に現地に行けばいいくらいに会社は考えていたんです。ところが、いざ始まってみたら現実はそんな甘いものじゃなかった。常に現場にいて、魚の状況を見守っていないといけない。だから私も常駐にしてもらったんです。

――しかし、社長が来たのに事務所がないって、どんな気持ちでした?

福田:本当にこれからどうしようかなって思いました(笑)。今でもはっきり覚えていますけど、ちょうど12月24日で、凍えるような寒さだったんですよね。養殖場から戻ってきたときにストーブが点いてないとまずよな、でも点けっぱなしにして養殖場に行くわけにもいかないしなって、そういうプリミティブな悩みを抱えている最中の訪問でしたね。

■2年目の終わりに生産も注文も上向きに

現在の事務所2――それだけに、7月に行われた事業拡大の記者会見では、「ここまできたか」という感慨があったのでは?

福田:そうですね。もともと、『プロジェクトX』で「近大マグロ」の回を見て、近畿大学の研究者の方々にあこがれたことが私の出発点です。だから、このときは近畿大学との共同記者会見でしたから、あこがれの人々と戦友になれたと思いました。しかも、豊田通商全体で見れば小さなプロジェクトなのに、社長も出てくれた。そこは感謝しきれないですし、その期待を裏切らないように頑張るしかないなと。

――福田さんにとって、「ツナドリーム五島」が事業としてやっていけると感じたのはいつ頃なのでしょうか?

福田:2年目の終わりですね。稚魚の生存率がかなり向上して、お客さんもしっかりつくようになったんです。しかも、注文数が上向きになった。稚魚を育てれば売れる、という状態になったんです。そこからは、安全で強い種苗の育成に専念しています。

――福田さんたちが事業として提供しているのは、クロマグロの完全養殖稚魚ですよね。その品質の良し悪しは、どこで判断するのでしょう?

福田:まずはちゃんと成魚まで育つのか、というところです。私たちは近大がつくった完全養殖マグロの“種”を“苗”にまで育てるのが仕事。稚魚という“苗”を果実にまで育てる会社はたくさんあるんですよ。しかし、“種”を“苗”にする会社はわれわれだけです。私たちの顧客には企業だけでなく、個人の養殖業者も含まれます。これまでは“苗”を天然ものでまかなってきましたが、数が少なくなってきたので、人工的に育て上げた“苗”を買っていただくことが普及してきたんです。

――事業として目指すのは、やはりもっと量産することですか。

福田:それよりも、成魚までしっかり育つ確率を当面は上げていきたいですね。あとは、育て方がお客さんごとに違うので、実際に食べたときの感触は、同じ稚魚でも成魚まで育てる業者によってかなり異なります。そこで私たちの次のステージとしては、育て方もアドバイスしていきたい。

――育て方、とは?