■社会人1年目に林修さんに出会って挫折――ニートから人気作家への道

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岩瀬:ところで山田さんはどういった経緯で会計士になったんでしょうか? 文学部史学科から会計士という人は珍しくないですか?

山田:優秀な学生は院に進んで、それ以外は先生か図書館司書になる人が多かったです。僕も歴史好きで史学科に入ったのですが、その中で勝ち残れるほどではなかった。どうしようかと考えた時に、予備校の講師なら生きていけいるんじゃないか、と。学生時代、兵庫の予備校で現代文と古文漢文のアルバイト講師をしていて、「自分は教えるのが得意だ」という自負があったんです。それで上京して東進ハイスクールに正社員として入社したのですが、そこにいたのがあの林修さんでした。

岩瀬:すごいつながりですね。林さんは当時から人気講師だったんですか?

山田:ええ。とても敵わないと思って数か月で辞めました。地元に戻ってニートをして、就職にも抵抗があったのでお茶を濁すために専門学校に行きました。何の科目を受けるかは決めておらず、学校の方に相談したところ渡されたのが公認会計士の受講案内だったというわけです。

岩瀬:適性が見抜かれたということですか?

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山田:いえ、単に受講料が一番高いのが公認会計士だったんです(笑)。でも必死にがんばって会計士に合格して、監査法人で働くようになりました。

岩瀬:最初に本を書かれたのはいつごろ?

山田:会計士2年目の時です。もともと学生時代に小説を書いていたんですが、会計士の勉強中に、会計のことがわかる小説やドラマがないな、と思っていたんです。そこで会計士のことを小説にしたら受験生にも役立つんじゃないかと思って『女子大生会計士の事件簿』を書きました。でも持ち込んだ出版社には全部断られて、結局自費出版で出しました。予備校に置かせてもらったり、手売りをしたり。でもそれが6万部売れて、今度は出版社から声が掛かるようになりました。

岩瀬:最初から華々しいスタートを切っていたのかと思いきや、波乱万丈ですね。その後は作家として会計士としてご活躍されますが、2010年には育休宣言をされています。

山田:ちょうどその頃、育休宣言が流行っていたので自分も宣言してみたんです。週2回は働くということにして。でも収入は激減しましたね。収入から経費を引いた所得が、2年くらいゼロになりました。サラリーマンだと育児休業給付金などがありますが、フリーランスの私には出ない。サラリーマンって恵まれているな、と思いました。

岩瀬:育児ではどんなことに苦労しましたか?

山田:何をしても僕は妻に怒られる側なので、ストレスが溜まりました。「ここは触っちゃダメ」とか「手洗って」とか。ただ主婦の方と育児の話ができるようになったのは大きいですね。育児体験そのものには価値があると思いました。それと自分の生活費は切り詰められても、子供に掛かるお金はなかなか削れないということを思い知りました。オムツも食べ物も買わないわけにはいかない。

岩瀬:そういう経験があると、今後お金を語る時に温もりが出てきそうですね(笑)。若い方からキャリアについて相談を受けることもあると思いますが、どんなアドバイスをしていますか。

山田:どの仕事でもやるべきことはとても単純だと思います。長所を伸ばして、短所を消す。僕はとりあえず何とか文章を書ける。でも英語は全くダメ。苦手な英語を消すにはどうすればいいかというと、英語力が全く問われない資格を持てばいいと考えました。会計士の仕事も英語が必要なことはありますけど、他の仕事に比べれば少なくて済むので。

岩瀬:若手会計士の中には、「監査ばかりでつまらない」とこぼす方が多いそうですが、何か仕事を楽しむコツみたいなものはありますか?

山田:会計士という肩書きは、世間的には格好良く見られます。でも実際の仕事はそんなに華やかではないので、会計士であることだけを前提としていると必ず行き詰まってしまう。だから僕は、「会計士でなかったら自分は何をするのか」ということを考えています。別の何かをやっておいて、「実は会計士」というおまけ程度に肩書きがあればいいんじゃないかと。資格とかキャリアは何でもそうですが、強みであると同時に弱みであると思います。そこにとらわれてしまうと何もできない。だから一度白紙に戻して考えることが大事で、そうすることで自分の長所というものが自然に浮かび上がってくるのだと思います。

(後編につづく)

<プロフィール>
山田真哉(やまだ・しんや)
公認会計士・税理士・一般財団法人 芸能文化会計財団理事長。 1976年神戸市生まれ、大阪大学文学部卒業後、東進ハイスクール、中央青山監査法人/プライスウォーターハウス・クーパースを経て、独立。2011年より現職。 小説『女子大生会計士の事件簿』(角川文庫他)はシリーズ100万部、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社)は160万部を突破するベストセラーとなる。最新刊は『結婚指輪は経費ですか? 東京芸能会計事務所』(角川文庫)。大企業から中小企業まで数多くの企業の会計監査や最高財務責任者、税務顧問、社外取締役として務めた経験から、現在も約40社の顧問として社長の参謀役になっている。
●芸能文化会計財団

<クレジット>
取材・文/香川誠
撮影/村上悦子