■アメリカの保険会社は「現物給付」の考えも織り込みながらで競っている

保険会社は現金(保険金)を給付するものだと思いがちですが、アメリカでは現物(サービス)を給付する形態がかなり広まっているそうです。そう聞いてもなかなか想像しにくいのではないでしょうか。橋爪さんが挙げる実例は、日本ではなじみ薄いものばかりです。

橋爪健人さん(株式会社ターアイ・ジャパン代表取締役)

橋爪健人さん(株式会社ターアイ・ジャパン代表取締役)

「アメリカでは企業が従業員のためにGLTD(Group Long Term Disability、団体長期障害所得補償保険)という保険を用意するのが一般的です。従業員が病気やけがで働けなくなった時、所得を補償する保険です。その市場で大きなシェアを持つ『ユナム』という保険会社があります。ユナムの強みは企業市場にGLTDとパッケージ化して売り込んだ『職場復帰プログラム』という現物給付サービスが優れていたことです。早く職場復帰できるように、あるいは早く転職先が見つかるように支援するのです」

アメリカの医療保険は日本とは仕組みがかなり異なります。そもそもアメリカでは多くの国民を対象とした公的な健康保険はなく、民間の保険会社と医療保険の契約をしないと病気になっても治療を受けられません。米国の民間保険会社の医療保険は日本の健康保険制度のように治療サービスそのものが提供されるもので、入院したら一日につきいくらお金を払いますという日本のお医療保険と根本的に異なります。大きく違うのは、アメリカの医療保険分野では現金給付と併せて現物給付が充実していることだといいます。

「アメリカでは、医療保険加入者が病気になるとまず保険会社に電話します。保険会社は病状を聞き取り、診察すべき病院や医師を指示します。指示通りの治療を受ければ、若干の自己負担を別にすると無料で医療が受けられます。このようなサービスが日本の医療保険ではあまり一般的でない『現物給付』の側面です。

火災保険にも現物給付サービスが付加されることが当たり前です。例えば、損害保険会社が工場に火災保険を売り込む場合、アメリカでは工場の火災リスクを減らすため、スプリンクラーの設置計画、消防車のアクセスを良くする構内道路の改修、従業員向け防災訓練といったことを提案します。そして災害リスクを減らしたうえで、その分安くできる火災保険を提供します」

アメリカの保険ビジネスは少なくとも保険テクノロジーの面では進んでいます。激しい競争下のなかで戦略面でのダイナミズムもすごいものがあります。保険技術や戦略面ではアメリカの保険ビジネスは参考になります。日本の保険の未来の一旦が垣間見られることもあるかもしれません。

■これからの日本の保険会社がめざすべきもの

日本とアメリカ両国の保険業界を熟知する橋爪さんは最後に、日本の保険業界に対する期待を述べました。

「大きな流れでいうと、現代の保険ビジネスはイギリスで始まり、資本主義の発展とともにアメリカ的な自由競争の中で鍛え抜かれた保険技術が出来上がりました。一方、後発の日本やドイツ、あるいはこれから勃興する東南アジアや中国といった国々では、自国の保険を保護・育成するため厳しく規制されています。しかし、その規制もやがて消費者寄りの行政が施行されて規制が緩和され、自由度が高い保険ビジネスに移行すると思います。その面では徐々に欧米に近づいていくかもしれません。

ただ、ひとつ付け加えたいのは、日本の保険業界の人たちはまだ健全なモラルのもとで働いているということです。変な言い方に聞こえるかもしれませんが、アメリカの保険業界は金融業界の傘下、影響下に入り始めてから、米国の古き良き保険業界の精神が損なわれ始めているように感じます。かなりひどい状態になっている部分もあります。ただし、現在のところアメリカの保険技術は断トツに進んでいます。残念ながら日本の保険業界とはかなりの差があります。

この面では見習わないといけないのだけれども、見習うべきでない面もあります。アメリカの保険業界の光の部分と影の部分をよく見極めないといけません。

株主に利益還元するための利益追求体質が強くなり過ぎているという問題もあります。この点、日本のほうが、まだまだは健全です。陰の面までアメリカの真似をする必要はなく、日本の保険業界は自分たちの国にあった保険のかたちを模索していけばよいのかと思います。それが素晴らしいものであれば、その保険のかたちはいずれ東アジアや東南アジアの国々に受け入れられることでしょう。新たな保険商品、保険サービスを日本で考案し、東南アジアや中国の規範になればいいと私は思います」

<プロフィール>
橋爪健人(はしづめ・たけと)
東北大学卒、米国デューク大学修士。日本生命保険に入社後、ホールセール企画部門、米国留学、法人営業部門を経て米国日本生命副社長。その後、損保会社、保険ブローカー会社代表取締役等を経て2004年独立。企業向け保険ビジネスのコンサルタントとして活動。株式会社ターアイ・ジャパン代表取締役、元三井住友海上メットライフ生命非常勤監査役。著書に『日本人が保険で大損する仕組み』(日本経済新聞出版社)。

<クレジット>
文/谷道健太
写真/ライフネットジャーナル オンライン編集部