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何かビジネスを始めるとき、経営の指針となるのは「理念」です。このビジネスによって、自分たちは社会にどんな価値を与えたいのか──。それがあるから、永続的なビジネスの改善はもちろん、同業他社との競争にも向き合うことができます。

しかし、キレイ事ばかりでやっていけないのがビジネスの現実。どんな高尚な理念を持っていても、顧客が求めるものを提示して、業績を上げることができなければ、存続していくことはできません。

だからこそ多くの企業は、業績が低迷したときに非常に悩ましい2択を迫られます。それは当初の理念を曲げてでも、顧客の要望に応える商品を販売すべきなのか。それとも、自分たちが信じる道を行けば、いつか世の中も気が付いてくれるはずだと貫き通すべきなのか。

その問題に答えるヒントは、世界中に店舗を展開する「スターバックス」の物語に隠されていました。

■スタバも直面した普遍的な「ビジネスの2択」

約60の国と地域にグローバル展開するコーヒーチェーン「スターバックス」。1971年にシアトルで開業した同社は、世界的なコーヒーブームの火付け役となり、そのビジネスモデルは、飲食業を超え、さまざまな業種に影響を与えています。

そんなスターバックスの繁栄を築いたのは、1987年から会長兼最高経営責任者(CEO)を務めるハワード・シュルツ。2000年には一時CEOを退任しましたが、リーマン・ショックに端を発する経営危機を受けて08年に復帰。わずか3年で業績を立て直して過去最高益を更新するなど、カリスマ経営者として知られています。

そんなシュルツのサクセスストーリーは、入社から世界展開までをまとめた『スターバックス成功物語』、CEO復帰後の悪戦苦闘の裏側を吐露した『スターバックス再生物語』の2冊に収められています。

『スターバックス成功物語』(日経BP社)

『スターバックス成功物語』(日経BP社)

『スターバックス再生物語』(徳間書店)

『スターバックス再生物語』(徳間書店)

特に後者の『再生物語』は、ユニクロの店長コンベンションにおいて課題図書に採用されるなど、「危機からの再生」のエッセンスを記したビジネス書として、今も多くのビジネスパーソンに愛読されています。

しかし、ここではあえて、『成功物語』のほうを取り上げてみます。シアトルの街角で始まったコーヒーショップが世界的チェーンに成長していく過程で感じたシュルツCEOの苦悩は、多くのビジネスパーソンの参考になると思うからです。

その苦悩とは、冒頭で述べた“優先すべきは「会社の理念」か「顧客の声」か”という究極の2択の問題です。

■守るべきはコーヒーの味か、顧客の要望か

スターバックスの理念には、ブルックリンの貧しい家庭で育ったシュルツ自身の「夢」が反映されています。それは「いつも最高のコーヒーを届ける」こと。

しかし一方で、同社には「顧客が心から満足するサービスを提供する」という社訓もあります。この2つに応えようとしたとき、ジレンマが起こるのです。

最初の試練は1989年、シニア・エグゼクティブとして入社したハワード・ビーバーのこんな提案がきっかけでした。

入社してひと月もたたない頃、ハワードは私のオフィスにやって来てこう言った。「顧客のコメントカードは読んでいるのかね」。

「もちろん、1枚も漏らさず読んでいるよ」と私は答えた。

「でも、対応していないじゃないか」。

「対応って、何に?」

「ノンファットミルクを希望している顧客が大勢いるよ」。

ノンファットミルク(またはスキムミルク、無脂肪乳)は、コーヒーの風味を損なうとされ、当時のスターバックスでは「絶対に使わない」と結論付けられていました。つまり、「最高のコーヒーを届ける」という理念に反すると見られていたのです。

しかし、アメリカにダイエットブームが訪れると、ノンファットや低脂肪乳を使わないスターバックスから離れてしまう客が現れ始めました。

そのためビーバーはノンファットミルクの導入を強く主張したのですが、創業時から在籍する社員たちは、「コーヒーの味を損なうノンファットは絶対に使わない」と譲りません。一方で、シュルツ自身は当初こそ反対したものの、現実にノンファットがないことで客が離れていくのを目の当たりにし、考えを改めるようになっていきます。

果てしない議論の末、結局、スターバックスはノンファットミルクを導入することになりました。それどころか、現在はノンファットミルク以外にも、客の希望に応じてシロップやホイップを加えることさえしています。

(次ページ)失敗したときこそ、本分に立ち返ることが再生の鍵