■修業時代のお金のやりくりはどうなっている?

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岩瀬:落語に限らず芸の世界というのは、下積みの間は経済的にも厳しいと思いますが、どのようにお金のやりくりをしていましたか?

志の春:落語はまず、見習いという立場からスタートします。名前もまだ付けてもらえない段階なので、勝手に落語をすることはできません。もちろん前座にも出られません。志の輔一門の場合、見習いはまず、師匠の付き人や運転手をします。私は自動車の運転免許を持っていたので、入門してすぐ運転手をすることになりました。住み込みでなく通い弟子なので、毎月の家賃を払わなくてはなりませんでしたが、見習い期間の収入はゼロ。師匠の事務所のある東京の恵比寿で、とにかく1番安い部屋を探しました。すると、風呂なしトイレ共同、2万7千円という物件があって、そこで暮らすことにしました。歩くと床のきしむ音がして、天井からはねずみの走る音が聞こえていました。家賃と生活費はいいとして、めちゃくちゃ痛かったのは1年後に来る住民税でした。会社を辞めた次の年に、貯金の半分くらいを持って行かれたので、そこで計算が狂いました。

岩瀬:お弟子さんたちは皆さん、入門後に貯金を食いつぶしながら生活しているのですか?

志の春:僕はサラリーマン上がりだったので貯金がありましたが、貯金がない人は下積み生活は続けられないと思います。修業中はバイトもできませんから。せっかく入門できても経済的な理由で断念せざるを得なくなるのが1番残念なことなので、僕も入門を志願する人には「2年分くらいの貯金はあったほうがいいよ」と言っています。

岩瀬:見習い期間というのはどのくらいですか?

志の春:だいたい3か月から半年です。見習いが終わる時に名前を付けてもらえます。私の場合は1年3か月かかりました。

岩瀬:「志の春」という名前の由来は?

志の春:聞いたことがないのでわかりません。師匠から質問されたことには答えるけれども、私から何か師匠に聞いたり、トピックを提供するということはないんです。ただこの名前、とても気に入っています。自分でも思っていた以上のいい名前を付けてもらうことができました。

■師匠に同化するために、邪魔なプライドはすべて捨てる

岩瀬:期待の表れだと思います。見習い期間が長かったのも、師匠があえて、志の春さんに厳しくしたんじゃないですか?

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志の春:それは私が小学生時代と大学生時代の計7年ほど、アメリカに住んでいたことが影響していると思います。「自己主張をしろ」と言われて育った人間ですから、師匠の言うことは絶対だという日本の徒弟制度にすぐに馴染めなかったんです。師匠にたとえ理不尽なことを言われても、言い訳してはいけない。そもそも自分の意見を言うこと自体が駄目なんです。それは承知の上で、怒られた時は「申し訳ありません」と謝っていたんですけど、「でも僕は……」という目をしていたんでしょうね。
そういう部分は手の掛かる弟子だったと思います。

岩瀬:修業時代は、頭の中を空っぽにして、考え方が完全に師匠に同化するまで師匠のことを考えるそうですが、どういう理由からですか?

志の春:私の仕事はとにかく師匠を快適にすること。兄弟子たちからも「お前がやるのはそれだけだ」と言われていました。師匠ひとりを快適にできないで、お客さんを快適にできるわけがない、という考えからです。師匠を快適にするには、師匠とほぼ同じ考え方をしないといけない。そのためには自分をゼロにしないといけない。今師匠が何を考えているか、次に何をしたいかということを、常に考えていろ、ということだったんです。

岩瀬:志の春さんがイェール大学を卒業したことも、三井物産で働いていたことも、すべて捨てて真っ白になったわけですね。

志の春:そうですね。師匠に同化するために、邪魔なプライドはすべて捨てる必要がありました。

(次回「月収1万円からの再逆転人生『お金があれば人生の選択肢が増える』」

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 *エリート商社マンから迷わず落語家に転身。考えたのは「これをやらなかったら後悔する」だけ

<プロフィール>
立川志の春(たてかわ・しのはる)
落語家。立川志の輔の3番弟子。1976年、大阪府豊中市生まれ、千葉県柏市で育つ。幼少時と学生時代の合計7年間を米国で過ごし、イェール大学卒業後、三井物産にて3年半勤務。2001年11月、偶然通りがかって初めて観た落語に衝撃を受け、2002年10月志の輔門下に入門。2011年1月二つ目昇進。2013年12月、谷中・よみせ通り商店街にて林家たけ平、三遊亭萬橘とともに谷中はなし処をオープン。毎月25日~28日の4日間3人で落語会を定期開催するほか、公演多数。古典落語、新作落語、英語落語を演じる。著書に『誰でも笑える英語落語』(新潮社)、『あなたのプレゼンに「まくら」はあるか?落語に学ぶ仕事のヒント』(星海社新書)、『自分を壊す勇気』(クロスメディアパブリッシング)。
http://shinoharu.com/

<クレジット>
取材・文/香川誠
撮影/村上悦子