■商社マンから、月収1万円の世界に転身して

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岩瀬:落語家になるために、築いてきたキャリアを一旦すべて白紙にした志の春さんにとって、「お金」とは何ですか?

志の春:お金は選択肢を与えてくれるものだと思います。私がもしサラリーマン当時、車を買ってローンを抱えていたり、お金のかかる趣味を持っていたりしたら、落語家になるというオプションはなかったと思います。
貯金を蓄えることができたので、落語家を目指せたんでしょうね。

岩瀬:落語家になると決める前から、貯金はされていたのですか?

志の春:ええ。もともとがケチなんでしょう。でも何となく自分の中で、「何かあるかもしれないな」というのはうすうす感じていたような気がします。だから重大な決断をする時のために貯めておくことができたのだと思います。

岩瀬:商社マンから、月収1万円の世界に転身して感じたことはありますか?

志の春:その時につらいと思ったり、卑屈になったりすることはありませんでした。むしろサラリーマン時代は、どこかモヤモヤしながら「本当にこれやりたいのかな、一生これやっていくのかな」という迷いのようなものがあったので、人生をかけて目指すものができてスッキリしたんでしょうね。「俺がやりたいのはこれだ」というものができて、精神的に安定しました。経済的に安定しているけれど精神的にモヤモヤしている、というよりも、自分にとってはそっちのほうが断然良かったのです。

岩瀬:ちなみに他の兄弟弟子の方たちは、お金とどう付き合っていましたか?

志の春:兄弟子たちも前座時代はお金がないんです。でも、この世界では一緒に御飯を食べたら先輩が全部奢らないといけないから、私と一緒に御飯を食べに行った兄弟子がこんなことをいうことがありました。「志の春、俺はこれからおまえにメシを奢るが、財布にお金がない。だからお金を貸してくれ。その金で奢るから」と。

岩瀬:え!?(笑)。

志の春:一瞬意味がわかりませんよね。でも「すいません、ごちそうさまです」と言っちゃうんです。あとでお金は返してくれますけどね。芸人の世界は今も、「宵越しの銭は持たない」江戸っ子の世界と通じている部分があるような気がします。お互いお金がない者同士だけど、誰かが面倒を見てくれる。長屋で共同生活をするような安心感があるので、気前良さを優先できるのかもしれません。

岩瀬:そういう世界もいいですよね。ただ、芸人同士の世界ではうまく回っていても、前座時代に昔の友達から「飲みに行こうぜ」と誘われた時に、行けなかったんじゃないですか?

志の春:そうなんです。だから私は友人の結婚式に行けなかった。時間もないし、祝儀も出せない。26歳から34歳までが前座だったので、結婚式に1番呼ばれる時期に行っていないんです。
修業中はみんなそうだと思いますが、ただ僕の場合、修業期間が遅く始まり異常に長く続いたのも要因ですね。

■今度は自分がフッと消えたい

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岩瀬:それだけのことを経験されてきたので、これから志の春さんがどんな芸の道を歩んでいくか、いちファンとしてもとても興味があります。たとえば志の春さんは英語で落語もされていますよね。外国の方向けには落語を「It’s like stand-up comedy, but sit down」と説明をされているとか。日本だと立つのか座るのかどっちやねんみたいなツッコミがありそうですけど(笑)。日本語の独特の話し言葉なども含めて、笑いは通じるものですか?

志の春:表現の難しさは確かにありますが、落語の笑いは外国の方にも伝わっています。落語というのは世界でも珍しい芸なので、これをもっと見ていただきたいという気持ちはありますね。以前は、「英語でやっていると本来の日本語の落語から逃げていると思われるんじゃないか」と心配していました。でも今は、日本語のほうもちゃんとやりながら、両刀でどんどんやっていこう、と思っています。

岩瀬:どちらも楽しみにしています。最後に志の春さんの夢をお聞かせください。

志の春:二つ目になることができたので、次は真打ちを目指していきたいという気持ちはあります。それは立場としての話ですね。芸として目指しているところは、初めて師匠を見た時に本人がフッと消えてしまったというあの原体験。お客さんの意識から私が消えて、頭の中に画が浮かぶような落語ができるようになりたいですね。

(おわり)

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<プロフィール>
立川志の春(たてかわ・しのはる)
落語家。立川志の輔の3番弟子。1976年、大阪府豊中市生まれ、千葉県柏市で育つ。幼少時と学生時代の合計7年間を米国で過ごし、イェール大学卒業後、三井物産にて3年半勤務。2001年11月、偶然通りがかって初めて観た落語に衝撃を受け、2002年10月志の輔門下に入門。2011年1月二つ目昇進。2013年12月、谷中・よみせ通り商店街にて林家たけ平、三遊亭萬橘とともに谷中はなし処をオープン。毎月25日~28日の4日間3人で落語会を定期開催するほか、公演多数。古典落語、新作落語、英語落語を演じる。著書に『誰でも笑える英語落語』(新潮社)、『あなたのプレゼンに「まくら」はあるか?落語に学ぶ仕事のヒント』(星海社新書)、『自分を壊す勇気』(クロスメディアパブリッシング)。
http://shinoharu.com/

<クレジット>
取材・文/香川誠
撮影/村上悦子