山田司朗さん(日本クラフトビール株式会社代表取締役)

山田司朗さん(日本クラフトビール株式会社代表取締役)

近年、小規模な醸造所で製造された多様性に富む「クラフトビール」への注目度が増しています。クラフトビールが飲めるお店が増えたり、ビアフェスが全国各地で開催されたりと、ブームの広がりは加速度的です。

2011年に日本クラフトビール株式会社を立ち上げた山田司朗さんは、国内の大手ベンチャーキャピタルでキャリアをスタートさせ、英国のケンブリッジ大学院にてMBAを取得した、経営やファイナンスのプロ。なぜ全く違う畑であるビール業界に飛び込んだのか、起業に至るまでの経緯をうかがいました。

■映画「ウォール街」に憧れて、ベンチャーキャピタルの世界へ

──山田さんのこれまでのキャリアについておうかがいします。最初は国内のベンチャーキャピタル企業に入社されたということですが、学生時代から企業投資に興味があったのですか?

山田:学生時代に「ウォール街」という映画を見たことがきっかけです。投資銀行家の話なのですが、その世界がとてもかっこよく、憧れるようになりました。そこで投資銀行業に近い業務をしている証券会社に絞って、就職活動をしていたんです。しかし、実際に話を聞いてみると当時の証券会社は、個人富裕層に株を売って手数料を得ることがメインの商売だったので、自分の思い描いている世界と違うなと思いました。そんな中で、ベンチャーキャピタル(VC)という業態があることを知り、新卒募集をしていた日本インベストメント・ファイナンス(現大和企業投資)に就職をしました。

──新卒で入社された当初、ベンチャーキャピタリストとしてキャリアを積み上げていくつもりだったのですか?

山田:VCに入る人は、5年くらいで辞めて起業しようとか、いずれベンチャー企業に転職しようと考えている人ばかりで、勤め上げる意志を持っている人はゼロなんですね。今でこそ日本にもパートナー制のVCが増えてきていますが、やっぱりサラリーマンのベンチャーキャピタリストって限界があるんですよね。事業経験のない投資担当者が相手企業の社長の話を聞いて、投資委員会という会議で投資を決裁するというやり方が、VCに向いていない機構なので。

だからベンチャーキャピタリストとしてキャリアをつくっていくとしても、一度は事業をやらないと将来的に厳しいと、僕も同僚も感じていました。特に考えもなく入社したのですが、タイミングを見て独立するか転職しようと思うようになりました。

──その後サイバーエージェントやオン・ザ・エッヂ(現ライブドア)に転職されていますが、引き抜きがあったということなのでしょうか。

山田:引き抜きというほどではないですが、当時のサイバーエージェントやオン・ザ・エッヂは立ち上げ間もない時期で人集めに苦労をしていて、猫の手も借りたいと思っていたんですよね。そこで、声をかけてもらったという感じです。

──その2社で働いているうちに、留学しようという決意が固まったのですか?

山田:学生時代から、大学院留学をしたいという考えは持っていました。また、特にオン・ザ・エッヂで働いている時に、投資銀行のアソシエイトクラスの人や会計士と仕事をすると、相手の方がMBAを持っていることが多く、それをきっかけに興味を持ちました。

──どんな形でキャリアを築いていくにしても、留学経験やMBA取得は必要だと考えたのですね。

山田:当時はどちらも非常に特殊な会社で、ビジネス自体もドメスティックでした。その特殊で狭い世界のやり方でいくら評価されても、外に出た時に対応できないんじゃないかと思ったんです。オン・ザ・エッヂの時は取締役もやっていましたが、責任あるポジションを任せられるほど、報酬もたくさんもらうほどに、「経験も視野も不足しているのにこれでいいのか?」という不安が出てきました。それで若くて勉強できるうちに、外に出て勉強しておきたいなと思いました。

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