■ヨーロッパで触れたビールの多様性にチャンスを感じた

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──留学先にイギリスを選んだのは、どんな理由があったのでしょうか。

山田:一般論ですが、アメリカとヨーロッパのスクールには大きな違いがあります。アメリカの場合は、学生の平均年齢は25、6歳です。社会人経験が少ない優秀な若者が、キャリアのステップアップのためにMBAを取得しようとしていることが多いです。ヨーロッパは平均年齢が30歳前後で、会社でも大きめのプロジェクトを経験した幹部候補生のような人たちが、社内でだけでは勉強できないことを得ようと休職して入学してきます。アメリカのスクールは2年制で、ものすごく長くて退屈な(笑)夏休みがあるんですが、ヨーロッパは1年間でプログラムをぎゅっと詰め込んでいて、夏休みもプロジェクトがあって無駄が少ないんです。もちろん、アメリカの夏休みは、インターンをしたり業界の勉強をしたりと、若い学生にとっては意味があるんですけれど。

ダイバーシティの観点から言うと、アメリカの場合は一部のトップ校を除いてアメリカ人8割、留学生2割という比率です。一方ヨーロッパはもう少しドラスティックと言いますか、ケンブリッジの場合イギリス人は10%しかいないんですよね。世界経済のGDPに比例するような形で各国からの留学生を受け入れているので、国際社会に近いクラス構成になっていることも魅力でした。

──数あるスクールの中から、ケンブリッジ大学院を選んだのは?

山田:ケンブリッジって起業論というかアントレプレナー系の授業がすごく充実しているんです。当時イギリスのVC投資の25%がケンブリッジ周辺のベンチャー企業に投資されていたくらい、スタートアップが非常に多くて。大学教授が学校からの報酬以外にも稼げるように、教授が発明した技術をベンチャー企業にライセンス提供して、そこに投資を呼び込んでキャピタルゲインを得て、その一部が大学に還元される……といった連携の仕組みを積極的に作ろうとしていました。その環境がVCにいた僕には魅力的でした。

800年の歴史がある世界有数の学校でもあり、そこで勉強できるのは非常に貴重な機会だと思い、決めました。

──とても濃密な経験されたと思いますが、ビールに興味を持ち始めたきっかけもその留学中にあったのですか?

山田:留学前の2年間、スペインにあるオン・ザ・エッヂの子会社で働いていたので、合計3年間ヨーロッパにいたんです。その間、LCCを使ってヨーロッパ中を旅行する機会があったのですが、そこでビールの多様性というか、文化的側面に触れたことが大きかったです。

enjoying a beer at pub in London
日本でのビールは産業化された飲み物のイメージが強く、日本酒やワインと違い文化を感じることが少ないですよね。でもヨーロッパでは伝統を持つ小さな醸造所が、大手メーカーとは違った意味で存在感を放ち、価値が認められているという文化がありました。飲み方も、パブやカフェといった場所でビール単体で飲むという伝統的なスタイルだけでなく、ガストロパブと呼ばれる新しい形態の店で、美味しい料理と一緒にクラフトビールを飲むという楽しみ方も増えています。もちろん人によるので、ビールを飲まない人もいるし、中には「ビールなんてサッカー見ながら酔っ払いが騒ぐためのものだ」と敵視している人もいます(笑)。そういった意味でも多様性がありますね。

──「とりあえずビール」の日本とは違うビール文化に出会ったということですね。

山田:はい、いい意味で衝撃を受けました。加えて、コブラビールという会社を立ち上げたインド系イギリス人の卒業生の話を、大学院の授業で聞いたことも大きなきっかけでした。彼はもともと会計士で全く違う分野の人間だったのですが、ある日インド料理屋で飲んだビールがまったく料理に合っていなかったことから、「インド料理に合うビール」を作ろうと会社を立ち上げました。今では、コブラビールはインド料理屋に行くと必ず置いてあるようなカテゴリーキラーの商品になっていて、売り上げも100億円ほどある大きな会社に成長しています。そういうやり方があるんだったら、自分でもぜひやってみたいなと思い、日本でクラフトビール会社を立ち上げる決意をしました。

(後編に続く)

<プロフィール>
山田司朗(やまだ・しろう)
1975年愛知県生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、大手VCにてベンチャーキャピタリストとしてキャリアをスタートし、サイバーエージェントやオン・ザ・エッヂ(現ライブドア)などで、経営陣の一員として上場準備、経営企画、M&Aなどの業務を遂行。ケンブリッジ大学に留学しMBA修了。帰国後ビール事業の準備をスタートし、さまざまなビアスタイルの研究、ビール業界での人脈形成、試作品の作成などを経て、2011年9月に日本クラフトビール株式会社を設立し、代表取締役に就任。
●日本クラフトビール株式会社

<クレジット>
取材・文/志村優衣
撮影/村上悦子