──そこから、小売にも乗り出すことにしたのですか?

山田:レストランだけでは商売として難しいということもあり、当初から、どこか象徴的な販売店で「馨和 KAGUA」を買えるようになればいいなとは思っていました。いいタイミングで松屋銀座さんからお話をもらったので、小売販売を開始することにしたんです。スーパーと違いデパートは対面販売に近いんですよね。「ギフトにしたい」、「普段はこんなビールを飲んでいるんだけど」といったお客さまの相談に対して、店員がおすすめする。小売店とは言ってもビールの魅力をきちんと伝えてもらえるというのは大きいと思い、まずは1店舗限定でスタートしました。

■「ビールの民主化」をミッションに国内外で展開

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──海外での状況をお聞きしたいのですが、現在は9か国で販売されているんですよね?

山田:そうですね。1番多く輸出しているのがアメリカ、次がイギリス。それ以外にも韓国やシンガポールなどアジア諸国で飲めるようになっています。

──今後も飲める国はどんどん増えていくのでしょうか?

山田:生産のキャパシティの問題もあり、現在は新規開拓をストップしています。増産の目処が立てば増やしていきたいですね。会社設立当初は資金面や実績面から国内に醸造所を作るのが難しかったので、まずはベルギーの委託醸造所からスタートしました。今は販売実績もでき、取引先も増えたので、国内で自社醸造所設立の準備をしています。

──ブランドも現在は「馨和 KAGUA」と「Far Yeast」の2つですが、こちらも増やしていこうと?

山田:クラフトビールは多様性が魅力です。この2つだけではまだまだビールの持っている全部の魅力を引き出せていないので、新しい商品も徐々に増やしていきたいと思っています。

──日本国内ではビール市場全体の縮小傾向にありますが、クラフトビールだけは成長しているマーケットです。新規のライバルがどんどん出現してくるのではないかと思いますが、その中で御社が成長していくためにも商品ラインナップの拡大は重要になってくるのでしょうか。

山田:クラフトビールが増えていると言っても、日本ではまだマーケット全体の1%未満なので、微々たるものなんですよね。日本の15〜20年先を行くアメリカだと、ボリュームベースで14%、金額ベースだと20%もあります。

市場が爆発的に成長しているところなので、その中でシェアとかパイとかいうのはあまり関係ないと思っています。業界が大きくなり活性化するには、”仲間”も“敵”も必要と言いますか、考えが異なる人たちが激しくぶつかることが重要なんですね。そういう意味では大手メーカーがクラフトビールを意識した商品をリリースするのは、好ましい動きだと思っています。また、クラフトビールは多様性が1番大事なので、1社で全ての人を満足させるというのはあり得ません。「地域密着」とか「地産地消」といったように、それぞれが独自のコンセプトを掲げる中、うちは国内での展開にとどまらず、「日本発のものを世界に発信する」を目標にやっていきたいと思っています。規模がそこまで大きいわけではないですが、現在海外比率が4割くらいです。

──なるほど。その考えは御社が掲げるミッションである“Democratizing beer(産業化によって画一的な大量生産商品になってしまったビールの多様性と豊かさをもう一度取り戻す)”にも表れているなと思いました。

山田:そうですね。これは“Democratizing Innovation”という有名な書籍に刺激を受けているんです。今まではイノベーションって大企業のマーケティング部門や研究開発部門が起こすものという考えが主流でしたが、リードユーザーを巻き込んでイノベーションを起こしていこうという理論が面白いなと思いました。

ビールも同じように、もっと民主的なものにしていきたいと思っています。これまでは大企業が大量に製造して、大々的な広告を打って、という一方的で産業的なイメージが強かったと思います。しかし、元々アメリカやヨーロッパでは、ホームブリュワーと言って家でつくって飲む人たちから始まっていて、家庭ごとに異なるビールがあった。産業化する前のビールというのは本当に多様で面白いものだったんです。

担当者ひとりの意見がなかなか出せない大企業と違って、小さなクラフトビール会社なら、ひとりの作り手や社長の思いを表現できます。そうした力で、ビールの多様性と豊かさを取り戻そうというのが、我々のミッションです。

<プロフィール>
山田司朗(やまだ・しろう)
1975年愛知県生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、大手VCにてベンチャーキャピタリストとしてキャリアをスタートし、サイバーエージェントやオン・ザ・エッヂ(現ライブドア)などで、経営陣の一員として上場準備、経営企画、M&Aなどの業務を遂行。ケンブリッジ大学に留学しMBA修了。帰国後ビール事業の準備をスタートし、さまざまなビアスタイルの研究、ビール業界での人脈形成、試作品の作成などを経て、2011年9月に日本クラフトビール株式会社を設立し、代表取締役に就任。
●日本クラフトビール株式会社

<クレジット>
取材・文/志村優衣