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1989年に設立された、サポートサービス業界における世界最大のメンバーシップ団体である「HDI(ヘルプデスク協会)」。顧客サポート業務に関わる人や組織の地位向上を図り、お客さまと従業員、経営者、すべての関係者がお互いに利益を享受できる相互発展を目指して活動しています。

日本では2001年にHDI-Japanが設立されました。2006年から毎年実施している企業の問い合わせ窓口(コールセンターやウェブサイトも含む)の格付けには、各業界のコールセンター担当者から厚い信頼が寄せられています。

※ライフネット生命は、「HDI問合せ窓口格付け(生命保険業界)」の「問合せ窓口(コンタクトセンター)」、「サポートポータル(ウェブサイト)」両部門で、最高評価の3つ星を2012年度から4年連続で獲得しています。(リンク)

今回はHDI-Japan代表取締役CEO 山下辰巳さんに、「コールセンターにおけるベストプラクティスとは何か?」というテーマでお話をうかがいました。

■アメリカで発祥したコールセンター地位向上のための組織「HDI」

──HDI-Japanのなりたちと、立ち上げの背景を教えてください。

山下:今から3〜40年前、アメリカのコロラド州コロラドスプリングスという、人口が当時15万人くらいしかいない小さな町で、HDIの原型となる組織が立ち上がりました。なぜこの町で生まれたかというと、米国政府がミサイル制御基地をコロラドスプリングス近くに設置したことがきっかけです。その基地を中心に、空軍士官学校や軍に納品するコンピューターを製造する企業をはじめとして、さまざまな企業が50社ほど集まってきました。

それらの企業には、日々、基地の関係者から「システムやツールの使い方がわからない」「上手く使えない」といった問い合わせがきていました。問い合わせを受けていた人たちは、窓もないような粗悪な環境でひたすら電話を受けていましたが、問合せ内容はどれも非常に難解でした。彼らはシステム開発者レベルの知識を要求されながらも、利用者のニーズやスキルも理解して、わかりやすく答えなければなりませんでした。

そのうち、問い合わせ対応をしていた担当者から、「自分たちの職場での地位が低すぎるのではないか?」という話題が起きて、当時そのエリアにあった約50社の問い合わせ担当者が情報交換のために時々集まるようになりました。どこの企業でも彼らの地位は低く、地位向上のために業界団体をつくるべきだという話になり、当時SEだったロン・マンズという人が手を挙げて、1989年にHDI(Help Desk Institute)が設立されたのです。そして設立から10年も経たないうちに、一気に世界最大のメンバーシップ団体に成長しました。

──HDIの役割は国ごとに異なるのでしょうか。

山下:例えばアメリカのHDIに1番求められるのは、評価ではなくカンファレンスと情報交換の場、ネットワーキングです。日本において求められるのは、教育と認定です。教育、認定、比較調査という言葉が日本人は好きですね(笑)。アメリカでも評価や教育の類はやっていますが、日本では結果を外にアピールするために実施する傾向が強いのに対し、アメリカの場合、結果を内に秘めて改善策を探るためだったりします。そういうところで、国による差が結構あります。

──2001年にHDI-Japanを立ち上げた当時と今を比べると、コールセンターの役割や求められるスキルも変わってきたと思いますが、いかがでしょうか。

山下:今でこそEメールやチャットサポートなど、お客さまと接触するチャネルも増えていますが、立ち上げた当時は、ほぼ電話対応だけでした。朝から晩まで電話を取り続けるだけの仕事、しかもその多くはクレーム対応、ということで「コールセンターにだけは行きたくない」と言われていたのです。

また、コールセンターにかかる人件費も極力切り詰める、というような状況でした。やはりそういう状況の中で良いサービスは生まれません。

■コールセンターの顧客満足度が、売り上げに直結

──コールセンター運営がうまくいっている企業について、具体例がありましたら教えてください。

HDI-Japan代表取締役CEO 山下辰巳さん

HDI-Japan代表取締役CEO 山下辰巳さん

山下:格付けを始めてから、良い結果だった企業を訪問し、なぜ消費者の評価がこんなに高いのかを調べました。それまでコールセンター業務というのは、電話をたくさん取ること、オペレーターが効率良くお客さま応対をすることが重要だ、と言われていました。しかし、ライフネット生命と同じ保険業界で3つ星を取った企業のコールセンター長に聞いたら、そういう従来の測定指標はやめました、とおっしゃいました。理由を聞くと、「たくさんの本数の電話を取っても、直接売り上げには結びついていない」からだというのです。多くの電話を取ることではなく、ひとりひとりの顧客が自社から逃げないこと、つまり定着率を上げることを目標にした方が、ビジネスに直結するのではないか、とセンター長はそう考えたそうです。

だから指標も、1日に○本電話を取りなさい、ではなくて、お客さまの定着率に変更しました。そうしたら、見事にセンターへの評価も売り上げも上がったそうです。

──コールセンターにおける顧客の満足度と売り上げの因果関係が証明されたのですね。

山下:はい。そこで経営層にも説明して、コールセンターの業務はビジネスに直接影響している、という理解を得たそうです。もうひとつユニークなケースを挙げると、とある旅行会社の例があります。通常コールセンターというのは、お客さまからの問い合わせをさまざまな担当者が受けることになります。しかしその旅行会社は担当者制を導入しました。お客さまから最初に電話を受けたオペレーターが、以後ずっと、そのお客さまを担当するのだそうです。

コールセンターでそんなやり方が実現できるのか、私も興味をもって直接インタビューしました。その旅行会社は売り上げ規模からいって中堅です。中堅が大手と同じ勝負をしても勝ち目はないということで、その会社はお金があって時間もある中高年層にターゲットを絞ったそうです。中高年には担当者制の方が喜ばれると思ったので、実施することにしたということです。そうは言っても、担当者の勤務時間外やお休みの日にお客さまから電話があった場合はどうするのですか? と聞いたら「それがね、山下さん。お客さまも待ってくれるんですよ」と言われました。それはつまり企業とお客さまとの間に、信頼関係が生まれていることの証です。優秀なオペレーターには、お客さまによるファンクラブまで出来ているそうです。その企業も3つ星を取っていますが、やはり3つ星を獲得するにはそれなりの理由があるなと感じました。

──電話という非対面のコミュニケーションでファンクラブができるというのは相当な結びつきですね。

山下:インタビュー後、香港に出張する際にその旅行会社を使って航空券とホテルの手配をしてみたんです。香港のホテルにチェックインして2、3時間経った頃、私の出張を担当してくれた方からメールが来ました。「飛行機はいかがでしたか? そろそろ夕食のお時間だと思いますが、泊まられているホテルから地下鉄で3駅のところに美味しい飲茶の店があります」と。これにはびっくりしました。

その後もう一度、社長に話を聞いてみました。すると「自分が行ったことのない場所を案内するのはおかしいから、社員には休みを取らせて会社の経費で海外旅行に行かせています。自分が行ったことのある場所なら、お客さまにも安心して案内できるでしょ」と言うのです。しかも、担当者がおすすめのお店をメールでご案内する行為は、マニュアルで決められた仕事ではありません。大切なお客さまには、自分が体験して良かったことはお伝えしたくなりますよね。担当者を自然とそういう気持ちにさせる仕組みを、その会社はつくっていたのです。これには驚きました。

──HDIで3つ星を獲得している企業に共通して言えることはありますか。

山下:御社を含めて保険会社等で3つ星を取るところは、顧客のニーズが何なのかを、きちんと聞いた上で対応しているという点が大きいです。自社の商品を売り込もう、ではなく、顧客のニーズに合わせて適切な提案をする。これができるかどうかが、大きな違いを生んでいると思います。もうひとつは、顧客が聞いてきたことだけに答えるのではなく、顧客が問い合わせてきた背景は何なのかを考えて、先回りしてそのニーズに応える。質問に「答える」のではなく、ニーズに「応える」。それができているのが、3つ星企業だと思います。

■チャットやSNS、顧客との接点はどんどん増えていく

──当社はウェブサイトも引き続き3つ星をいただいていますが、ウェブサイトの評価ポイントはどのようなところでしょうか。

山下:少しだけ歴史を紐解きますと、コールセンターの格付けを始めたのは2006年で、ウェブサイトの調査は2009年からです。2006年当初は顧客の問い合わせの90%は電話でしたが、3年経過して60%まで落ちていました。残りは何なのかというと、ウェブだったんですね。そこで、ウェブも調査対象に入れることにしました。

ウェブの調査を始めたばかりの頃は、ウェブとコールセンターがきちんと連動している企業はほとんどありませんでした。ユーザーはウェブを見ながら電話をすることも多いじゃないですか。それなのに電話を受けるオペレーターは自社のウェブサイトについてよく理解していないし、中にはサイトを見たこともないスタッフもいる。またウェブのチームもコールセンタースタッフと話をしたこともない、というような状況でした。それでお客さまから満足な評価を得られるわけがない。HDIも、この状況はおかしい、と企業に対して口を酸っぱくして言ってきました。その成果もあると思いますし、特にスマートフォンの普及によって企業も放っておけなくなったというのもあり、ここ数年ウェブが3つ星のところは、電話も3つ星、電話が3つ星のところはウェブも3つ星と、いい相関ができ上がっています。

──2016年の新基準としてチャットやメールも評価対象にするとうかがいましたが。

山下:2009年で電話の問い合わせは60%だったという話をしましたが、2015年現在では50%を切っています。代わりに増えたのは、チャットサポート、ソーシャルメディア、シングルメッセージサービスです。この3つを足すと、約30%になります。またHDIのイベントで参加者にとったアンケートによると、LINEやFacebookメッセンジャー等を使って日常的にメッセージングをする人は9割にも及びます。一方、チャットサポートに対応している企業は、わずか5%しかありませんでした。これは明らかにギャップじゃないですか。このギャップは、間違いなく埋めざるを得ない部分になります。そうすると、どういうチャットサポートが望まれているのかを、HDIとしては調査していく必要があります。ということで、来年からチャットやメールサポートへの評価をスタートすることにしました。

──チャットにおいては、アメリカと日本では随分、利用の差がありますよね。

山下:いえ、日本でも急激に広がってきています。一部の大手銀行は始めていますし、保険会社、損保会社の一部も既に開始しています。今後さらに広がっていくのではないでしょうか。

■コールセンター世界一、フィリピンの秘密とは?

──主にアメリカと日本についてうかがってきましたが、他に特徴的な国はありますか。

山下:フィリピンのコールセンターが世界一だと思っています。

フィリピンの母国語はタガログ語なのですが、半数近い高校の授業は全部英語で行われています。フィリピン国内に主だった産業がないので、海外に人を送り出稼ぎで収入を得る必要がありました。それを実現するには英語力が必須です。だから国策として英語教育を徹底したのです。

アメリカの大手企業が約10年前にフィリピンに着目したことをきっかけに、10年前にはコールセンターが1件もなかったフィリピンが、今はコールセンターの数および売上ではインドを抜いて世界一になりました。100万人以上の人がコールセンターで働いています。その理由は2つ。英語が非常に流暢であること、ホスピタリティが高いということです。

また、コールセンタースタッフの平均月収は、サラリーマンの平均月収の約1.5倍になります。つまりコールセンターが憧れの職場になったのです。コールセンターの人達がこんなに輝いている国は、世界にも他にありません。

──ライフネット生命のコールセンター(コンタクトセンター)で働いている人たちにメッセージをお願いします。

山下:“ライフネットらしさ”を大事にして欲しいです。電話をかけるお客さまは、ライフネットに対して何かしらのイメージを持ってかけています。だから、そのイメージに合った対応をしてください。格調高いイメージの企業には、格調の高さを求めるだろうし、フレンドリーな企業だと感じていればフレンドリーさを求めるはずです。そこが僕はとても大事だと思っています。今はそれが実現できているから、高い評価を得ているのだと思いますし、今後も大事にしていってもらいたいですね。

<プロフィール>
山下辰巳(やました・たつみ)
米国系製薬会社ファイザー株式会社にて、営業、マーケティング、販売計画、IT企画管理を歴任し、初のヘルプデスクを構築。オーストラリア留学を経て株式会社ヤナセ入社。情報システム部門IT戦略担当として、社内ヘルプデスク、社外向けサポートセンター構築に従事。その後HDI(米国ヘルプデスク協会)に留学しHDI国際標準化委員会メンバーとして、数々の国際サポートスタンダードの作成にあたった。2001年HDI-Japan設立と同時に現職。アジアで最初のHDI認定オーディタとなり、国際的スペシャリストとして海外からの各種要請にも応え、世界各国との連携やアジアでのHDI普及にも携わっている。

<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナルオンライン編集部