長沼真太郎さん(株式会社BAKE 代表取締役CEO)

長沼真太郎さん(株式会社BAKE 代表取締役CEO)

ITスタートアップとお菓子屋さん。イメージの離れたこのふたつを結びつけて、ヒット商品を生み出した会社があります。株式会社BAKE。焼きたてチーズタルトで話題の同社は、日本の製菓業界の常識を覆し、お菓子に「新しい価値」を与えようとしています。代表取締役CEOの長沼真太郎さんにお話をうかがいました。

■行列のできるチーズタルト専門店

――チーズタルト専門店「BAKE CHEESE TART」はいつも長蛇の列ができていますね。

長沼:ありがとうございます。工場ではなく、店舗で焼いた出来立てのチーズタルトを提供しているので、本当に美味しいんです。一度食べていただければ、感動してもらえると思います。

――店舗で焼きたてのチーズタルトを提供するスタイルは、いつどのように始まったのですか?

長沼:もともと私は商社で働いていましたが、1年ほどで会社を辞めて父の経営する北海道の洋菓子屋「きのとや」に再就職しました。その時に任されたのが、きのとや新千歳空港店の立て直しでした。

店長の私はまず、冷蔵チーズタルトの販売に力を入れました。子どものころから、きのとやのチーズタルトが好きだったという理由からです。ところが、どうがんばっても1日50個程度しか売れない。

そんな時に、たまたまシンガポールで臨時出店することになったのですが、搬入機材の事情から冷蔵ができなかったので、鉄板の上に並べて販売することになりました。仕方なくやったことなんですが、焼きたての香りや視覚効果があったからでしょうか。これが思いもかけず好評だったので、北海道に帰ってすぐ、店舗でチーズタルトの鉄板をならべられるように10万円程かけて 店舗を工事して「焼きたてチーズタルト」を販売することにしました。すると1日1,000個を売り上げるヒット商品になって、テレビにも取り上げられるようになりました。

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店頭で焼き上げられるBAKE CHEESE TART(写真提供:株式会社BAKE)

――そのチーズタルトが、現在のBAKE CHEESE TARTの原点となる商品なんですね。

長沼:そうですね。ただ実際にはその後もさらに改良を重ねました。ブルーベリーをなくしたり、クッキーの厚さを変えてみたり、包装資材に凝ってみたり。チーズタルトという商品にフォーカスして、よりシンプルに、より本格感を出すことを追求しました。

■北海道の美味しいお菓子が広まらないワケ

――きのとやで1年間勤めた後、今度は起業のために東京に出てきます。将来的にお父さまから会社を継ぐという選択肢もあったと思うのですが、なぜ独立しようと思ったのですか?

長沼:周囲の人間から影響を受けていたからだと思います。私の大学の友人の中でも、優秀な人はだいたいIT企業のスタートアップをしているか、そういう企業の中に入って働いていました。彼らの活躍が自分にはとても輝かしく見えていて、自分もスタートアップをやりたいと思っていたんです。

――お父さまと意見の相違はありませんでしたか?

長沼:最初はもちろんありました。父は北海道をスイーツ王国にするのが夢で、地域に親しまれる会社を作りたいとつねづね言っているので、「別に外に出て行かなくてもいいじゃないか」という考えでした。でも私は以前から、「北海道には美味しいお菓子がたくさんあるのに外に出て行かないのはもったいない」とも思っていました。

――北海道のお菓子が「外に出て行かない」理由があるのですか?

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長沼:牧場がたくさんあって原材料を調達しやすい北海道には、お菓子の優良企業がたくさんあります。でもその多くは土産菓子を作っています。北海道土産は北海道以外で売ってしまうと価値がなくなるので、すごく美味しいお菓子なのに北海道でしか買うことができません。だから私の目的は、“脱土産”を図って北海道の美味しいお菓子をより多くの人に提供することでもありました。

■3年間での急成長は「最初の計画通り」

――東京に出てきて、まず何から始めましたか?

長沼:大学時代からの友人がeコマース(電子商取引)で成功していることを知っていたので、自分もインターネットにこだわってビジネスを始めました。きのとやにいた頃からデコレーションケーキをオンライン販売する「click on cake」というサービスを手がけていて、独立後もそれを続けていたのですが、配送中にケーキが崩れてしまうことが多く、クレーム対応に時間を取られるばかりでした。東京ではしばらく、click on cakeを細々とやりながら、新しい道を模索する日が続きました。

そんな時に目にとまったのが、ケーキに写真をプリントする「写真ケーキ」というサービスです。写真ケーキそのものは新しい技術ではなく20年も前からある古いものですが、その注文システムはお客さまがメールでパティシエと直接やり取りをするのが一般的でした。

そのやり取りにシステム化の余地があると気づいて、その時たまたま私の事務所兼住居の一室に泊まっていたバックパッカーのアメリカ人エンジニアのマックに、写真ケーキの注文をウェブ上で受けられるシステムを作ってもらいました。PCやiPhoneで写真をアップロードして、さらに画像の加工をして、注文までできてしまうものです。「PICTCAKE」と名づけてサービスを開始したところ、1日100件以上の注文が入る人気のサービスとなりました。現在、click on cakeは終了しましたが、このPICTCAKEは続いています。

――2013年4月の創業ですので、それから短期間で会社を成長させたことになりますね。
 
長沼:そうですね。最初は私ひとりで始めましたが、新千歳空港店で一緒に働いていた仲間(現在、国内店舗運営部マネージャーの田村涼さん)を誘って2人になり、その後、システムを作ってくれたマックが加わり3人になりました。現在は社員45人、アルバイト・パート含めて300人の所帯なので、(会社の成長が)早いといえば早いのですが、これは2014年2月に「BAKE CHEESE TART」の第1号店を新宿に出店した時から決めていたことなので、予定通りです。

――計画通りにいかないことはありましたか?

長沼:費用がかかってしまったことですね。2014年11月に自由が丘店をオープンさせましたが、最初は1階部分だけを借りるつもりが4階建てのビルをまるごと借りることになりました。新宿店が軌道に乗っていたので何とか乗り越えられましたが、これは予定外でした。ただ、店のクオリティーが上がったことで、お客さまからはご好評をいただくことができました。自由が丘店の成功が会社全体の起爆剤にもなったので、予定外でも予想外に良かったんです。

(後編につづく)

<プロフィール>
長沼 真太郎(ながぬま・しんたろう)
株式会社BAKE 代表取締役CEO
1986年北海道生まれ。2010年、慶應義塾大学商学部を卒業後、大手商社の丸紅に入社。食品流通部の菓子食品課にて流通菓子の国内営業業務などに従事。翌年、同社を退社し、父親の経営する「株式会社きのとや」に入社。2012年新千歳空港店の店長となり、大ヒット商品「焼きたてチーズタルト」を開発した。2013年、株式会社BAKEを設立。焼きたてチーズタルト専門店「BAKE CHEESE TART」など4つのブランドを展開している。
THE BAKE MAGAZINE

<クレジット>
取材・文/香川 誠
撮影/村上悦子